第23話

「なによ!」

 振り向いた紅愛は、晴仁を見て固まった。


 険しい顔をした彼は、それがゆえにさらに凛々しく紅愛の瞳に映った。

 紅愛はすぐに表情をゆるめた。にっこりと笑顔を浮かべて晴仁を見る。


「どちら様かしら」

「彼女の夫だ」


「はあ!?」

「和未さん、立って」

 初めて彼に名を呼ばれ、手をとられ、立たせられる。


「あんたがゴミを……こいつを誘拐したの?」

「失敬な。妻を助けただけだ」


「警察に捕まえさせるから!」

「できるものならやってみろ」

 晴仁はせせら笑う。


 和未はおろおろして、自分が警察に捕まったときのことを思い出した。


 子供の自分には警察官はみな背が高くて、制服姿なのもまた怖かった。


 警察は殴ったり蹴ったりする家族の元へ自分を返した。正義の味方なんて嘘だ。紅愛が晴仁を誘拐犯だと言い付けたなら、真実を見極めることなく彼を捕まえるかもしれない。


「誘拐じゃないです。警察には言わないでください」

「ゴミのくせに命令する気?」


「申し訳ございません!」

 和未は必死に頭を下げた。


「いいこと教えあげる。この女はすごい淫乱なのよ。何人も男がいて、スマホには出会い系のアプリがいっぱい入ってて」


 そんなの嘘だ。

 和未は青ざめた。だが、自分が否定したところで、どうせ誰も信じてはくれないのだ。


 ぷは、と吹き出す声が聞こえた。

「スマホを持ってないのに、どうやって出会い系アプリを入れるんだよ」


「笑うなんて失礼よ!」

「それ以上に恥知らずなことをしている自覚はないようだな」

 笑いを消し、晴仁は紅愛をにらむ。


 紅愛はたじろいだ。

 晴仁は名刺ケースから一枚を取り出し、紅愛に差し出した。

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