第9話
「ホテルをとるから、しばらくはそっちで過ごしてもらう」
晴仁が言うと、将吾は渋った。
「この部屋で匿ったほうがいいんじゃないのか」
「申し訳ございません。そこまでしていただいても、私はなにもお返しできません」
和未はうつむいた。
家に戻って殴られてあの老人に嫁に行く。それが自分にふさわしい未来に思えた。
「家政婦が急病で辞めて困っていただろう。住み込みで家事をしてもらえ」
将吾が言う。
「ああ、それはいいかもな。住み込み家政婦の相場は35万から50万だったか。とりあえず35万にして、あとは能力次第でいいか?」
和未はふるふると首を振った。
「そんなに払えません!」
「払うのはこちらだ。いろいろと常識が欠けているな」
「……申し訳ございません」
和未は恥ずかしくてまたうつむいた。
しばらくなにかを考えていたようだった将吾が口を開いた。
「やっぱり婚姻届けを出せ」
将吾の発言に、晴仁はあきれた。
「はあ?」
「彼女とひひじじいの婚姻届けを偽造して出されたら終わるぞ。お前は人妻に手をだした間男になる」
「あいつらそこまでするか?」
「金に困ったやつらはなにをするかわからん。お前も含めてな」
晴仁は、う、と言葉につまる。
「誘拐されたと騒がれるのも面倒だ。結婚なら、本人の意志で家を出たのだと主張しやすい。さあ、書け」
婚姻届けを出して、将吾は記入を促す。
「なんで持ってるんだよ」
「用意してきたからに決まってるだろ。さ、早くしろ」
晴仁はしばらく考えるそぶりを見せたが、結局、記入した。夢をかなえるために。
「さあ、和未さんも」
茶色の枠に囲まれた紙を見せられて、和未は困惑した。
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