魔侯爵様との結婚を命じられました。ただし彼は前世の下僕。

御鹿なな(イチニ)

第1話

「ローナ!」


 机に向かい本を読んでいると、甲高い声で名前を呼ばれた。

 振り返ると、金髪碧眼の少女が、腕を組みムスッとした表情で私を見下ろしていた。


「メラニー。部屋に入るときは、ノックをして」

「あんた、またこんな気味の悪い本、読んでるの」

 

 私の言葉を無視し、メラニーが机を覗き込んで言う。


「魔術の教科書よ。気味悪くなんてないわ」

「そんなおぞましいものを学ぶなんて。あんたどうかしてるわ」


 人が魔術という力を得て、二百年余り。

 ヴェリテ王国が、王都に魔術学院を創立してから百年以上経っていた。

 魔術により人々の生活は豊かになり、王都では魔術師が持て囃されている。だというのに、王都から離れたこの領地では、未だに魔術への偏見が残っていた。

 時代遅れの古くさい考えだが、長年受け継がれてきたであろう差別意識を、私が変えられるとは思わない。

 そこまで傲慢でなかったし、暇人でもなかった。


「そういう、おぞましいものと関わっているから、あんたの親、早死にしたんでしょ」


 聞き流すつもりだったのだが、メラニーのその言葉はさすがに無視できなかった。


「そういうおぞましい力で、あなたも早死にさせてあげようかしら」


 にやりと笑んで見上げると、メラニーは顔を歪ませ、ヒッと小さく叫び、飛び上がる。

 怖がるくらいなら、煽らなければいいのに。


「冗談よ。そんなおぞましい力、私にはないわ」 


 あまりの怯え具合に呆れて肩を竦めると、メラニーの顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。


「お母様に、あんたに脅されたって言い付けてやるから!」


 告げ口され、今日の夕食は抜きになりそうだ。

 後先を考えないのは、私も同じだ。

 くだらない脅しなんてしなければよかった。

 大股で部屋を出て行く後ろ姿を横目で見ていると、メラニーが足を止め、振り返った。

 何かまだ言い足りないことがあるようだ。

 こちらも暇ではないのだ。さっさと出て行ってほしい。


「お父様が、書斎に来いってあんたを呼んでるわ」


 それを伝えるために私の部屋に来たのに、言い忘れていたようだ。


「何の用なの?」

「知らない。私はちゃんと伝えたから。お父様、忙しいんだから、さっさと行きなさいよ」


 メラニーは吐き捨てるように言って、部屋を出て行った。

 わざわざ呼び出すほど、重大な用件なのだろうか。

 嫌な予感がするので、できれば行きたくない。

 しかしメラニーの父親……私の叔父は、叔母以上に私を嫌っている。

 怒らせたら夕食どころか、明日の朝食も抜きになってしまいそうだ。

 面倒だけれど仕方がない。

 本に栞を挟み、ゆっくりと立ち上がり、叔父の元へ向かった。

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