第九話 再会(一)

 目が覚めた時、僕の目に入ってきたのは橘さんの顔のドアップだった。ピンクの前髪が目元に被っている。

 びっくりして声が出そうになったが、堪えた。そうだ、昨晩は橘さんと周の身体に入っている槙島夢を泊めたんだった。

 僕はいつも使っているせんべい布団を使い、女子二人には来客用のちょっと良い布団を提供した。妙な状況で寝られる気がしなかったが、いつの間にか眠っていたらしい。案外僕も図太いものだな。

 少しだけ上体を起こし、ローテーブルに置いている時計を確認する。まだ朝の七時前だ。もうひと眠りしてから荒叉ダムへ向かおう。

 「トイレ借りる……」

 橘さんが突然そう言って起き上がった。

 「うん。どうぞ……って、あれ」

 布団で寝ているはずの槙島夢がいない。先にトイレに入ってるのか。

 そう思ったが橘さんはスッとトイレに入っていく。

 僕は途端に血の気が引いた。目もすっかり覚めてしまった。

 「ヤバいよ! 橘さん!」

 僕は慌ててトイレの扉を叩いた。女性に対して失礼だとは分かっていたが気にしていられない。

 「えっ!? 何? いずみんもトイレ行きたかった?」

 扉越しに橘さんの呑気な声が聞こえる。そうではない。

 「槙島夢がいなくなってる! 周の身体でどっか行ったんだ!」

 僕はそれだけ伝えてから扉を離れた。そして部屋をぐるっと眺める。やっぱりいない。僕のこの狭苦しい部屋に隠れる場所などない。

 「どっか行ったって……いったいどこに行くというのかね。あ、もしかして先にダムに行っちゃった? ていうかそうとしか考えられないよね。絶対そうだよ! 探しにいったんだ」

 「うわっ、そうじゃん。もー、勝手なことを……」

 寝起きというのもあり頭が重い。僕は首の骨をぽきぽき鳴らした。以前噛まれた首が痛痒い。

 「始発で出て行ったのかもな。たぶんここからなら電車とバスを乗り継げば荒叉ダムに行けるだろうし」

 決して整頓されているとはいえない部屋の中を改めて眺めてみると周のカバンがないことに気が付く。ということはやはり衝動的に出て行ったというよりは計画的だろう。

 まさかこうなるとは考えてもみなかった。もしかして槙島夢は何か思い出したのだろうか。彼氏である松永のこととか。

 「あー! しょうがないなぁ。私たちも行こう! ひとりでゾンビの松永に出くわしたらどうなるかわからないよ!」

 確かにそうだ。僕みたいに噛まれてしまっては大変だ。

 僕たちは軽く身支度を整えた。橘さんは寝癖が酷いからと言って僕のキャップを勝手に被った。前髪も全てキャップの中に仕舞ったのでいつもより顔がよく見える。それに化粧をしていないから少し幼く見えた。

 既視感を覚えた。

 「橘さん、僕たちって昔に会ったことある?」

 そんな言葉が口をついて出た。前々からそうではないかと思っていたが、いま確信した。

 僕の唐突な発言に彼女はきょとんとした後、薄く笑った。

 「その話はまた今度ね」

 橘さんはゆるく握った拳を僕のお腹辺りに軽く押し当てたかと思ったら、そのままさっさと玄関へ向かった。

 「今度、かぁ……」

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