第八話 降霊術(三)
もう三度目になる槙島夢との対面は唐突なものだった。まだ彼女が乗ってくる駅に着いていないにも関わらず、既に、いた。
僕たちが乗り込んだ車両の連結部分に一番近い座席に俯いて座っていたのだ。思わず上げそうになった声をグッと飲み込み、努めて小さな声で橘さんにそれを知らせた。周には見えているはずだ。
「いるいる……! もう座ってるよ」
「マジ? フェーズが変わったのかな。このままだと……」
また橘さんはひとりでぶつぶつ言い始めた。この際、彼女は放っておいていいかもしれない。重要なのは周の降霊術だ。
ひとまず僕たちは槙島夢が座っているロングシートの前の席に腰をかけた。周を挟んで左に僕、右に橘さんだ。僕たちの他に乗客は数人いたが、誰もこちらを気にする様子はない。槙島夢のことは見えていないようだった。それなら静かに事を行えば無駄な騒ぎにはならないはず。
槙島夢は相変わらず陰気な雰囲気を醸し出している。
「さっそくやりますか……」
周が小さく呟いた。声が少し震えている。緊張しているようだ。無理もない。ただ見守るしかない僕も緊張しているのだから、当人が感じているプレッシャーは計り知れない。
「大丈夫。きっとうまくいくよ」
周の肩にそっと触れる。周は反対の手で僕の手に触れたかと思えば抓られてしまった。普通に痛い。
「別にビビってませんからね! 見くびらないでくださいよ!」
周はいつもの笑顔を浮かべていた。やっぱり生意気なやつだ。
しばらくして電車が滑るように走り出す。それと同時に周が立ち上がった。「やりますよ」と言い、槙島夢の隣に座った。
ついに始まる。
周は目を閉じた。それから身じろぎひとつせず静止し続けていた。やがて大きく深呼吸をひとつ。
「槙島夢」
静かな車内に故人の名前が響く。一番近くにいる乗客はイヤホンをしているらしく見とがめられることはなかった。
「私はあなたを受け入れます」
最後の手順。僕も橘さんも固唾を飲んで見守る。その時、電車内の電気が明滅を始めた。車内が明るくなったり暗くなったりを繰り返す。
「なんだ!? 失敗したのか!?」
「まだだよ。もう少し見守ろう」
焦って立ち上がった僕を尻目に橘さんは冷静な態度を見せた。周に槙島夢が降りてくる瞬間を見逃すまいと瞬きもしない。その目は爛々として少し怖くもある。
その間にも連結部分の扉が勝手に開閉し、窓に備え付けられている日よけが次々に下がり始めた。またポルターガイストか。幽霊にポルターガイストは付き物なのかもしれない。
同じ車両にいた他の乗客はギョッとした表情を浮かべ、バタバタと隣の車両に逃げていく。
周は繰り返し槙島夢の名前を呟き、彼女を受け入れようとしている。恐ろしいだろうに確固たる意志でひたすらに口を動かす。そして数えきれないほど「私はあなたを受け入れます」と呟いた後、少しだけ顎を上げて口を大きく開けた。
あとは待つ。ひたすら待つだけだ。
一分、二分。いつのまにかポルターガイストは治まっていた。
まだ待つ。電車の走行速度が緩やかになるのを身体で感じる。
まだまだ待つ。電車が駅に着いた。扉が開き、しばらく沈黙したあと閉まった。
電車が再度走り出す。
それと同時に状況が変わった。周の表情が苦痛に歪んだのだ。「痛い、痛い」とうわ言のように呟いている。
「こ、これ。これってマズイんじゃないか!? なんか苦しそうなんだけど!」
「わ、わかんないよ! 私も初めてやるんだもん!」
「え!? あんなに自信満々に解説してたのに!?」
情けなくも僕と橘さんはただ騒ぐことしかできなかった。周はますます苦悶の表情を浮かべる。
もう見ていられない。
「周!」
思わず叫んで身体に触れようとしたその時、カッと周の目が開いた。
「ごめんなさい。入り方がわからなくて、手間取りました」
周はそう言って僕と橘さんを見つめた。
「周?」
いや、周ではない。
目の中、雰囲気、仕草。
その全てから『瀬尾周』を感じなかった。
「もしかして槙島夢さん……ですか?」
橘さんが恐る恐る問いかける。
周の顔をした『その人』は一度だけ大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます