第三話 浮かれ気分で(一)
その後、三限目の講義には遅れて少し遅れて出席した。幸いにも点呼はなく、講義終了後にリアクションペーパーを提出することで出席を確認する形式だったので特に咎められることもなかった。
さて、これで今日受けるべき講義はすべて終わった。バイトも今日は休みだ。しかしこのまま帰宅する気にもなれなかった。かと言ってどこで何をしようも思いつかない。馴染みの古本屋は定休日だし……。
手持無沙汰のままどうしたものかと適当に学内を歩き回っている内に、図書館前のベンチでひとり座る周を見つけた。どこかの自販機で買ったのであろうペットボトルのお茶を両手で包むように持ち、ぼーっと空を見つめている。そういえば昼休憩の時、彼女が泣きそうな顔をしているところを見かけたと先輩が言っていた。いつもは陽気でハイテンションな周がそんな状態になるなんて一大事だ。僕は努めて明るく彼女に声を掛けることにした。
「周、さっきぶり。こんなところで何してんの」
僕に気が付いた周は沈んだ顔から一転、パッと笑顔を作り応えた。
「和泉君、お疲れ様っす。そっちこそ何してんすか? 私はちょっと……休憩中」
「そっか。僕は暇だなー何しよっかなーって考えてたところ」
周は「文字通り暇人すね」と言いつつ、ベンチに置いていた自分の荷物を寄せて、僕が座れるようにスペースを作ってくれる。
「座れば?」
「うん、ありがとう」
しばしの沈黙。
どう切り出そうか考えあぐねていると、彼女のほうから話題を振ってきた。
「あーあ、ヤなところ見られちゃったなぁ。『いつも元気で生意気な後輩』でいたかったのに」
周はそう言ってあははと笑った。明らかにカラ元気だ。というか、生意気な後輩であるという自認はあったのかよ。
「なんかあったのか? もしかして彼ぴっぴと喧嘩でもした?」
僕がシリアスにならないように少し冗談めいた調子でそう言うと、周は自嘲気味に笑って言った。
「彼ぴっぴなんていないっすよ。あれは嘘です。真っ赤どころか深紅な嘘です」
どういうことだ?
「あー、秘密にしてくれます?」
「大丈夫、僕の口の堅さは半端じゃないから」
僕の言葉に周は「ほんとかよ」と小さく笑ってから続ける。
「間宮さんの気を引きたかったんです。あの人って飄々としてるから、本音が分からないところがあるでしょ? だから『彼氏』っていうワードを出せば何かわかるかなって。でも脈はなさそうでしたね。あっけらかんとしてたし」
つまりそれは……。
「周は間宮が好きってこと?」
彼女はたちまち耳を赤く染めた。こんな周は初めて見る。普段、僕を弄り倒す様子からは想像できないほどのいじらしさだった。
ん、ということは、周と間宮は両想いなんじゃないか。思わずそれを言ってしまいそうになったが、どうなのだろう。こういうことは本人同士が自分の口から伝えるべきじゃないだろうか。
少しの面映ゆい感じともどかしい感じが合わさって、ついニヤケそうになる。僕はそれをグッと我慢して平静を装った。
「そっか。でもあれじゃないか、そんな回りくどいことしなくても、周なら……」と途中まで言ったところで、遮られる。
「えー! ムリムリムリ! だって間宮さんはキレイ系が好きだって言ってたもん。私ってほら、どっちかっていうとカワイイ系じゃないっすか! それにさっき私が彼氏いるみたいなこと言っても、あの人全然何とも思って無さそうだったし!」
謙遜しているのか自慢しているのかよく分からないが、とにかく間宮も周もだいぶ拗らせているということだけは分かった。ここは僕が人肌脱ぐべき局面なのかもしれない。
「ねぇ、和泉君」
先程までのハイテンションから一転、アンニュイな様子でまた空を見上げている。テンションジェットコースターか。
「恋って人をおかしくさせるね」
瀬尾周はそんな寝言を発しながらはにかんだ。
僕、やっぱり今日はもう帰って寝ようかな。
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