第一話 邂逅(三)
「んー? なんか絶妙に不穏な感じやな。俺も混ぜて」
いつもの如くスウェットにジーンズスタイル、それに加えていかにも重たそうなトートバッグを肩から下げて現れた間宮はこれまたのんきにそう言った。不穏な空気を感じ取っているのにそこに混ぜてほしいとは変わったやつだ。
「いや、別に不穏ってほどでもないんだけどさ」
僕と周はそれぞれ口々に昨日の出来事を説明した。すると間宮は何か考え込むように黙った後、口を開いた。
「その女の人は本当に槙島さんやったんかな。もしそうやったら色々おかしい話やな」
「まぁおかしな話だってのは同意だけど、槙島さんかもってところが問題なのか?」
「うん。問題も問題。大問題や」
間宮は一瞬ためらったものの僕らに顔を寄せ、周囲をはばかるように小声で告げた。
「だって槙島さんはもう亡くなってはるねんもん」
「は?」
僕と周の声がまったく同じトーンで重なった。だってそうとしか言えない。
「そうなんすか? そんな話、全然知らなかった。いつ亡くなったんですか?」
「俺もあんまり詳しいことは知らんのやけど、たしかここひと月くらいの話やったかと」
だとすると、どうなるんだ?
僕たちが昨日見かけた彼女が本当に槙島夢だったとしたら……。
僕は周をちらりと見やる。どうやら混乱しているようで形のいい眉を歪めて腕を組んだ。それから「見間違いです」と呟く。
「それなら私の見間違いだと思います。槙島さんに似た赤の他人! ほら、この世には同じ顔の人間が三人いるって言うし! うん、そうに違いない! ね、和泉君」
「でもさっき『槙島夢で間違いない』って断言してたじゃないか。『あんな美人、他にいない』って」
ボルテージが上がってきたらしい周はまた机をバンっと叩いた。
「ドッペルゲンガーだよ! そうじゃないと昨日の彼女は
彼女が何を言いたいのか手に取るように分かった。周の隣に座っていた間宮は、わざとらしく椅子から滑り落ちる。その姿勢のまま「それは、これやんね」と胸の辺りで、軽く折った手首をゆらゆらと揺らした。
またか。
またオカルトか。
僕はいつかの騒動を思い出した。そしてこういう話が大好物な
慌てて周囲を確認する。どうやら彼女に聞かれてはいないようだ。
「何? 和泉君、ちゃんと聞いてくださいよ」
僕が周の言うことを無視したと勘違いしたらしく、唇を尖らせて抗議してくる。そんなつもりはなかったが。
「あ、ごめんごめん。それで……なんだっけ」
「だから、昨日のアレがドッペルゲンガーじゃなければ、他人の空似じゃなければ、二人揃って幽霊見ちゃったってことすよ!? あんま信じたくないけど、ってか信じられないけど!」
「あら、周ちゃんは幽霊否定派なん?」
隣で足をバタバタさせて暴れている周に、間宮は優しい口調で問いかける。なぜだかこの二人が親子に見えてきた。実際、彼らは仲が良いようでたまに二人で出かけている。付き合っているわけではないみたいだが、まぁそれも時間の問題だろう。
「否定派というか……そういうオカルトなことって今まで経験したことないし、幽霊がいるかいないかなんて考えたこともなかったっすね。てか待って、ドッペルゲンガーでも嫌だわ!」
周はますます混乱してきたようで要領を得ない主張を繰り返している。ドッペルゲンガー、幽霊、他人の空似。どれもがどれも推測でしかない。
「待て待て、周。槙島夢って人がこの大学にいて、最近亡くなったということは事実だよな。それ以外のことはまだ何も確定してないんだから、そんなパニックになることないって!」
「それはそうですけど……。ってかそれこそが気持ち悪いんですよね。ハッキリしないところが嫌なんです」
「でも何が真実かなんて確かめられないだろ」
少し突き放したような言い方になってしまった。でも本心ではあった。この件に関して、ここでいくら話し合っても結論は出ない。各々その現実に気が付いたようで僕たち三人を沈黙が包む。
その時、聞き慣れたチャイムが響いた。二限目が終わったようだ。正直言って助かった。
チャイムを聞いた周はハッとして勢いよく立ち上がる。
「んじゃ、そういうことで。お先でっす」
喫茶スペースの壁に掛けられた時計をチラリと確認してから周はそそくさと席を立った。
「あ、あぁ。昼飯一緒に食べないのか?」
「えーと、彼ぴっぴと約束してるんで!」
なにが彼ぴっぴだ。
「そうなんや。そしたらまた後でな」
宇都宮もそう思ったに違いないが、おくびにも出さず朗らかに彼女を見送った。
「さてと、僕たちは食堂に行くか? それともコンビニで何か買ってここで食べる?」
周の背中を見つめている彼に問いかけるが、返事が無い。
「おーい?」
「周ちゃん、彼氏できたんや……」
間宮はがくっと肩を落として分かりやすく落ち込む。
なるほど、南無。
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