私の罪を数えましょう〜寿司ぺろで大炎上した少女は異世界で贖罪に励む〜

けんたウロウス

第1話 輝く頭部を手に入れた 布団からは怪異

「んー! 今日もいい朝だー!」


 白いシーツの敷かれた布団の上。大きく伸びをして、身体をほぐしたわたしはカーテンの隙間から差し込む日の光に目を細めた。


 日曜日の時刻は朝8時。空は雲一つない快晴。高校の課題は昨日のうちに終わらせている。うん、実に清々しい朝だ。


 わたしは布団から立ち上がると、顔を洗うために洗面所へと向かった。


 いつも通りギシギシと音を鳴らしながら、階段を下りて一階へ。その途中「ふわぁ~」と大きな欠伸あくびをする。それと同時に、わたしはなにか違和感を感じて首を傾げた。


 なんか……妙に頭が涼しいような、軽いような……


 そんな奇妙な感覚をぬぐいきれないままわたしは洗面台の前に立つ。そして蛇口を捻ろうとして……


「いいいいいやああああぁぁぁっっっ!?!?!?」


 鏡に映った自分の姿を見て悲鳴を上げた。ない! ないのだ! わたしの髪の毛が! 腰まで伸ばしていたはずの自慢の黒髪が! 


「ど、どうして!? どういうこと!? なんで、なんで、なんで!?」


 震える手で頭を確認する。しかしいくら触ろうと、そこに昨日まであったサラサラとした感触はない。あるのはツルっとした感触のみ。


 うん……意外と触り心地はいいかな。


 現実頭皮(逃避)にわたしはそんなことを思いながら遠い目をする。いや、ひょっとしたらまだ夢の中なのかもしれない。


「カエデちゃん? どうしたの?」


 遠くから自分を呼ぶ母の声に我に返る。そしてこちらに近づいてくる足音。


 こんな姿を見られてはたまったもんじゃない! わたしは急いで階段を駆け上ると、階下に向かって叫ぶ。


「な、なんでもないよ! ちょっと虫に驚いただけ!」

「そう? ならいいけど……近所迷惑だから、朝から大きな声を出すのはやめてちょうだいね!」

「はーい! 分かったよー!」


 近所迷惑? 知るかばーか! こっちは非常事態でそれどころじゃないんだわ!


 自身の部屋へと駆け込んだわたしは扉を勢いよく閉めると、スマホを手に取る。もちろん髪がすべて抜けてしまった原因とその解決法を調べるのだ。


「……い……」


 とそこでLIMEにおびただしい数の通知が来ていることに気が付く。その数じつに999+。いったいどうしたというのだろう?


「……-い……」


 いや、それどころじゃない。LINEも気になるが、今はとにかく髪の毛だ。しかしいくら調べても、AGA関連のサイトしか出てこない。クソ! 役に立たないネットめ!


「おーい。聞こえてますか~?」

「うるさい! さっきから誰なのよ!」


 先程から階下から呼びかけてくる女性の声。その声を怒鳴りつけながら振り返る。しかしわたしは次の瞬間、キョトンとした表情を浮かべる。見れば敷きっぱなしの布団がもぞもぞ、もぞもぞと動いているではないか。


「ひょ、ひょえええええ!? お、お化け!?」


 思わず腰を抜かして尻もちをつく。そんなわたしに女性の声は少し不服そう。


「違いますよう。そんなことよりもこの上に乗ってるものを退けて頂けますか?――って痛い! 痛いです! 踏まないで下さい~!」

「悪霊退散! 悪霊退散! この状況でだれが素直に布団を退けるかぁぁぁぁ!!!」


 布団の下からは「いや~ん、痛いですぅ……あ……でもちょっと快感……」などと頬を染めていそうな声が響く。ならばお望み通り何度でも蹴りつけてやろうじゃないか。


「冗談はさておき……」


 そこで先ほどまでとは打って変わって、真面目なトーンで語りかけてくる声。わたしはピタリと動きを止める。


「あなたの身になにが起きたのか知りたくはありませんか?」

「……あなた、わたしの髪についてなにか知っているの?」

「ええ、もちろん。だってあなたの髪の毛が消えたのはわたしが原因ですから」


 いまなんて? 咄嗟のことにわたしは理解が追い付かない。ワタシガゲンイン……わたしがゲンイン……わたしが原因!?


 遅れて言葉の意味を理解する。


「おまえが原因かぁぁぁぁぁ!!! わたしの髪の毛を返せごるぁぁぁぁぁ!!!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい! これはあなたを助けるためなんです!」


 布団を踏みつけようと振り上げた足をピタリと止める。わたしを助けるため? それはどういうことだろう? わたしは無言で、もぞもぞと動く布団を見つめる。わたしが黙っているからだろう。布団の下からは「あ、あの? 聞こえてます? そちらの様子が見えなくてカエデさんがお話を聞いてるのか分からないのですが……おーい! おーい!」などと聞こえてくる。


 しばらくの逡巡しゅんじゅんのあと、わたしは大きなため息を吐く。そして布団の端に手を掛け、一思いに布団をめくり上げた。

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