第15話 命の恩人
翌日から始まった武器を使用した訓練は、おれのうきうきした気持ちを一瞬で吹き飛ばした。
ハードになるとは聞いていたけれど、今までずっと自分の身一つで行ってきた動きが、何か一つ、剣でも銃でも持っただけで、重心から何から、すべてがコントロールのできない素人になってしまった。
今までの訓練が、すべて水の泡になったような感覚……また一からやり直さなければならないのか――そう思ってしまうくらいの絶望感に、襲われた。
武器を持つということは、ただ単に強くなる戦力強化――そんなプラスの意味を持っているわけではないという事実を、まざまざと突き付けられた。
おれは、ともすれば武器を持つことで、丸腰だった昨日の自分よりも弱くなってしまったのではないだろうか。
「こんなにも、難しいなんて……」
軽々と武器を操っていた
見ているだけなら、簡単に見えた。だけど、あんな軽やかな動き……しかし、確実に相手を倒す動き――それは、並大抵の努力では得られることのない動きで。
おれは改めて、兄弟子や先輩たちのすごさを、ひしひしと感じるのだった。
「まずは、何かを持って動くというところから慣れないと……」
訓練では、主とされている武器である剣、銃、弓の三種類の扱いを学ぶことになっていた。
いずれは、この中から自身に合った物を選び、実技試験に挑むことになるという。
まずおれは、剣の修行から始めていた。
「得物の大きさ、長さ、重さを考えて行動するんだ。常に最小限の動きを心掛けるように」
おれはただ、剣を腰に下げているだけの訓練をひたすらに行っていた。内容は、昨日まで行っていた実技訓練そのもの。近くの山を走り回ったり、先生の指定する薬草等を探索し持ち帰ったり。道場で素早く動く先生を追いかけたりするものだ。
しかし、今まで次々とクリアしてきた項目が、今日はすべてことごとく失敗に終わる。剣の長さを失念して引っ掛けてしまったり、重心のバランスを崩してしまうためだ。
これでは実際に使い方を学ぶところまでいくのに、どれだけの時間を要するのだろうか。
「体力より、精神面の方にきている……まさか、こんなにも過酷だなんて……」
剣を持っていると、今までできるようになっていたことが全部できなくなっている。ついついメンタルがやられてしまいそうになるが、しかしと、頭を横にぶんぶん振った。
「違う! おれは次のステージに進んだんだ。一歩目標に近付いているんだ! だから、めげるな!」
おれがこの訓練をさせてもらえているということは、先生がおれにはできると判断したからだ。このステージに進んでも問題ないと、判断してくださったからだ。
だったらこの訓練だって、おれにもできるようになるはず。初めて来たあの日とは違うんだ。
一つ一つできることを増やして積み重ねてきた日々は、絶対に裏切らない。
ちょっと躓いたくらいで、弱音を吐いている場合じゃない。できない今は苦しいかもしれないけれど、きっとまたこの訓練だって、できるようになる。
今までがそうだった。変わらない。同じだ。絶対にできるようになると、おれがおれを信じないで、誰が信じるっていうんだ。
だから、大丈夫。今日できなくても、明日。明日できなくても、明後日。明後日できなくても、明明後日――
一歩一歩進めば、確実にゴールに近付く。その一歩すら踏み出さなければ、いつまでたっても目的地には辿り着けない。
果てしなく感じたとしても、先が見えなくとも、この一歩は夢へ向かうための大きな第一歩だ。おれがおれに負けている場合じゃない。
「よし、もう一度!」
こうして、しばらくの間おれは、剣や銃などの武器を携帯しながらの動きを体得するべく、ひたすら訓練に励んだ。
「そろそろコツを掴んできたようだな。まだまだではあるが、同時進行でいくか」
そう先生に言われたのは、武器訓練が始まって一週間が経った頃だった。
「同時進行ですか?」
「持っているだけでは、話にならない。まさか、それで殴るわけにもいかないからな」
「それじゃあ――」
「ああ。メインである使い方の練習をする」
にやりと笑う先生の顔を見て、おれは喜びと同時に多少の不安に襲われた。
次のステージに進める喜びと、これから待ち受けているであろう試練への憂いが、おれの中でない交ぜになる。
「怖気付いたか、
「小野さんに、ですか?」
「思慮深いのはいいが、考え過ぎは良くない。
「感謝……」
「そうだ。努力してきた己自身に。学べた環境に。支えてくれる者たちに。新たに強くなれることに。願いへ近付けることに――それらを大事にしていた。だからだろうな。当時の試験も首位で突破し、今や
「よし、それでは五分の休憩を挟んだら、早速剣の使い方から始めよう」
「はい!」
先生が腰を下ろしたので、おれも隣に座らせてもらう。休憩の時は、いつもこうして座って水分補給をしたり、雑談をしていた。
「そういえば、家族の方はどうだ。相変わらずか」
「はい。ちゃんと、息をしてくれています」
「そうか。何はともあれ、廉清には感謝だな。医者が諦めようとしたというのに、延命治療を施すよう掛け合ったなんて、あいつにしては珍しいことをしたものだ」
医者が諦めたようとした……?
「……先生」
「どうした、相模。神妙な顔をして」
「今の話、どういう――」
「……まさか、廉清…………いや、そうか。そうだった。話すような男ではなかったな。この話も人伝えに聞いたのだった」
しまったと言わんばかりに額を押さえる
そうして一つ息を吐いた後、やれやれと首を振って口を開いた。
「廉清からは何と聞いている?」
「えっと……」
おれは病院で目を覚ました辺りのことから、先生を紹介してもらうことになった経緯までを、かいつまんで伝えた。
終えた頃にはとうに五分を過ぎていたけれど、先生は気付いていながら触れなかった。
「そうか……では、相模は自身と
「はい、そうです……」
先生の確認するような言葉に、おれは神妙に頷く。
この空気はいったい何だ? いったい先生は、何を言おうとしているんだ?
どうして先生は溜息を吐いているんだろう?
おれは、もしかすると何か思い違いをしているのではないだろうか。
その答えは、口の重たくなった先生からゆっくりと告げられることになる。
「相模の治療費及び、高階の手術費。それらを機関が請け負ったのだと、相模はそう受け取っただろう。実際、廉清の口振りはそう思わせるものだ。確かに、私も被害を受けたすべての人が、そういった待遇を受けることができる……そんなことが実現できたらいいと、そう思っている。だが、現実問題そう上手くはいかない。理想論だ。相模、お前が巻き込まれた例の事件。被害は甚大なものだった。被害者も相当数いた。他の地区でも同じようにというわけではないが、日々被害者が生まれている。そのすべての人たちの医療費を機関が請け負うことが可能だと、お前はそう思うか?」
おれは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
どうして考えなかった? どうして鵜呑みにした? そうだ。先生の言う通りだ。
救うことの叶わなかった命を弔う墓園の費用……それだけでもかなりのものだったに違いない。消毒もそうだ。シェルターの設置。サイレンの導入。壁の補修も――
たくさんのことが同時に行われていたあの時に、何故おれは疑問に思うことがなかったのだろう。
機関は確かにすごい。大きな団体だし、国から国防費として補助金も出ているし、さらりと言われてしまえばそういうものなのかと納得してしまえるだけのイメージ力を持っている。
だけど、そうじゃなかった。真実は、そうではなかった。
この訓練施設だって寄付で賄われている。機関のお金じゃない。寄付だ。先輩方や関係各所からの寄付で成り立っている。
補助金や寄付金だけでは、この機関は成り立たないんだ。
だけど人は必要だから、給金や保障が充実している。
お金が余りあるわけじゃないーー
おれは思い出す。あの時、小野さんがおれに言ったことを――
『君の治療費は、すべてこちらで負担する。この少年の手術代も同じくだ』
こちらでというのは、何を指していたのだろうか。おれは、てっきり機関のことだと思っていた。だけど違うなら、この言葉は――
「廉清は、いったいどういうつもりで……」
おれが目を覚ました時、タイミングよく現れた小野さん。隊員である彼が、忙しいはずの彼が、わざわざ一般市民であるおれを訪ねてきてくれた。
おまけに、おれのサポートをしてくれて、師匠まで紹介してくれて、いろんなことを教えてくれて……。
導かれていたかもしれない。だけど無理強いはしなかった。小野さんはちゃんと選択肢を与えてくれた。選択する時間を、考える時間をくれた。
その中でおれが選んだから。フィアス・レイヴンになることをおれが選んだから、今がある。
考えていると、ふいに菅原さんの言葉が蘇った。
『それともなんだ? お前はあんなことを言いつつ、この人材を惜しいと思っているのか? そうだよな。何しろ、
わざわざ接触した――助けてくれたあの日、小野さんの中でおれという存在は、ただの一般市民ではないと判断されたのだろう。
素質があると思われたのか……多くを語らないあの人のことだから実際のところはわからない。だけど、何かしらの理由があって小野さんはおれたちの治療費の一部や手術代を肩代わりしてくれたんだ。
医者に延命治療を掛け合ってもくれて……。
おれたちは、二度も小野さんに命を救われていたんだ。
感謝どころの話じゃない。こんなの、どうすれば恩を返せるというんだ。
「廉清なりに、何か思うところがあったのだろう。だが、いずれ知れること。隊員になれば、遅かれ早かれわかることだというのに……」
もしかしたら、修行に集中できるように……そんな計らいもあったかもしれない。
自身が勝手に病院に連れて行って、治療や手術をさせたからーーそんなことを言い出してもおかしくない気がした。
だって小野さんは、本当に優しい人だから。
「こうなったら、本当に一日も早く合格して、立派な隊員になるしかないですね」
きっと、それが何よりの恩返しになると思うから。
「たくさんお金を貰えるようになって、いつか返します。受け取ってもらえないかもしれないですけれど、でも、もう一つ目標ができた」
「そうだな。あの性格だ。
「首席で、ですか?」
「成績上位者から順に配属したい隊へ希望を出すことができる。スカウトという形もあるが、廉清はそういうことはしないだろう。力に覚えのある者ならば強襲部隊をまず希望する。人数が集中してしまえば別隊への所属命令が下ることになる。だから、確実に虎隊へ入りたいのならば、せめて上位五名の中に入ることだな」
それも、できるだけ早い段階で、ということになる。
おれの卒所が一年先や二年先となると定員が多くて入れない、なんてケースが起こりかねない。今のところそんな隊はないらしいが、今後どうなるかまではわからないからだ。
「であれば、しっかりと武器を使いこなさなければならないな」
「はい! ご指導よろしくお願い致します!」
深々と頭を下げて、指南を乞う。
やっと武器を携帯することに慣れてきたばかりだ。だけど、そんな悠長なことを言ってはいられない。
使い方はもちろん、特性を生かした戦い方を考えて動けるようにならなければいけないのだ。
できるようにならなければいけないことは、山ほどある。
都度変化する現場地域の状況判断に、仲間の状態や標的の動きなどなど……情報処理だけで頭がパンクしてしまう想像に陥る。一瞬の判断が命取りだ。いろんな状況を想定し、瞬時に的確な判断ができるようにならなければ。
そんな理想像に至るまでには、相応の経験も必要だろう。
だからこそ、死なずに多くの経験を積めるように最低限の技術を身につける必要がある。
おれは、ここでそれらを学ぶ。
大丈夫だ。先生についていけば不安なんてない。
しっかりと鍛錬して、まずは使えるようにしよう。
ぐっと拳を作って、気合いを入れる。
こうしておれは、気持ちも新たに訓練に臨むのだった。
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