メイド長、頭抱える
メイド長のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
「遅れました、すみません」
私は部屋に入り、そっと足で扉を閉める。が、風の勢いでバタン!と音を立て、勢いよく閉まった。うっかりいつもの癖が出てしまい、首をすくめてメイド長のダック夫人のほうを伺う。
幸いなことに、ダック夫人は目の前の書類を見ているままだった。
「ここに置いときますね。」
私は頼まれた資料を夫人の机の横にどさっと置いた。
「えーっと」
夫人は何かを思い出すかのように眉間に手をあてて資料のほうを見る。顔は憔悴しきっていて、ここ数日で随分と老けたようだった。
「頼まれた資料です。春迎祭の客人名簿をまとめるために、主要貴族の住所や領地、家系図の公式記録などが必要だからと」
「ああ、そうね。春迎祭、うん、そうね」
夫人は心あらずといった様子で相槌を打ちながら、資料を手に取り、一つ一つ見る。不備がないか確認する夫人の後頭部を見つめながら、もしかして白髪が増えたかしら、とか失礼なことを考えていると、
「ヴィー」
夫人が顔を上げて、私の名を呼ぶ。
「は、はい」
「姫様の事、他に何か思い出したこと無い?」
この部屋に入って初めて、夫人と視線が合う。
「思い出すも何も、私が姫様付きになったのは最近ですし、まだ数回しかお会いしていないので。昨日証言したほかには、特に」
「まあそうよね、あなたは。姫様付きとはいえかなりの新人だし。姫様による大抜擢だったけれど、結局そんなにお会いしてないものね」
「はい、そうです。おそらく先輩方のほうが私よりも有力な情報を持っているとおもいます」
「有力な情報、ねえ」
夫人は大きなため息をついて手元の資料に視線を移す。
「そんなのがあればもう姫様は見つかっているのだろうけど」
「まだ姫様の居場所は―—」
「分かってないわ。あらゆる手を使って探しているけど、証拠も一切残っていないの。もう、役立たずばかり!」
机の一番上にある、騎士団からの報告書にはいくつもの皺がよっていた。夫人が苛立ちをあらわにするのはめずらしい。
「このままだと、大変なことになるわ。姫様がいないと約束の真珠は無いし、兵士たちを治すこともできない!」
この国の姫様は不思議な力を持っていた。彼女は神の子であるが故に、真珠の涙を流し、その血はどんな傷も癒すという。
「真珠は姫様の涙じゃなくても良いんじゃないですか?傷だって医者がなおせば」
少し冗談めかして言ってみる。
「バカなことを言わないで。そんな簡単じゃないのよ、もう。とりあえず、資料ありがとう。また何かあったら呼ぶから、掃除に戻っていいわ」
「はーい。失礼します」
私は部屋を出て、手を添えてそっと扉を閉めた。
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