1-4 勝者に祝杯を
「神に祈れって――なんだよ、それ。畜生ッ! 諦めてたまるかッ!」
俺は宙に浮かぶ〈
「魔術師の才能は魔力の
それが助言のつもりなのか、メフィストは
不安と焦りが
クソっ、クソっ、クソっ、どうすればいい!?
プレッシャーに押しつぶされそうな俺に対して、上村には所持する〈
何か手掛かりはないかと、俺は眼前に広がる
視界の端で割れた酒瓶に目がとまったが、俺がこれを振るったところで大した役にはたつまい――と、牽制するように伸ばされた上村の左手が、瓶から飛散したであろう液体によって濡れているのに気がついた。
その
視界のARディスプレイ上に〝weak〟の文字が追加表示された。
これはもしや。
――試してみる、価値はあるか。
俺は
魔術は呪文毎に詠唱時間が決まっており、瞬間的に効果を発揮するものもあれば、儀式魔術のように長時間を必要とするものもある。メイガスフォンによって半ば自動化されているとはいえ、俺の狙いにはまだ幾ばくかの時を必要とした。
「させねえよ、クソ
俺の動きを見て取った上村は、遠慮なく強力な魔術をぶつけてきた。
再び俺を害する魔力が周囲で高まり、呪文に対する抵抗を試みるが、今度はあっけなく力負けしてしまう。
「ぐうッ――ぎゃあああああッ!」
スマホを握る右腕に激痛が走り、俺は思わず絶叫した。左手で右腕を支えて、なんとか取り落とさずにすんだ。しかし――。
うッ腕が、腕があああああァ!
俺の右腕は肘から先が黒く乾いて
ちくしょう、痛ッてえええええぞ、この野郎。
よく気を失わずにいたと自分でも感心する――その理由は、儀式魔術が完成するまでの残り時間に集中していたからだ。
激痛に耐えながら、そのカウントがゼロとなった瞬間。
俺は魔術の成立を宣言した。
「くッ――酒杯よ、満ちよ」
「はッ!? なァに気取ってやがんだ――ふん、何も起こらないじゃないか――ん――うッ、うん!?」
最初は何も変化がないように思われた。
しかし数秒後、眉間に皺を寄せた上村は、どんどん顔が赤くなり、その後蒼白になって――頭から床へとひっくり返った。
「ごぶぐぶげぶッ――げほッ――お、お前、いったい僕に何を、しやがッ――」
口から泡を吹き、
「〈
「ば、バカな――体中に、直接だとォ」
「なんだ知らなかったか? 消化器官は体内じゃない。胃の内壁は体外なんだ。お前が大好きなアルコールを、直接胃の中にブチこんでやったぜ」
――とはいえ、上村によって呪文を抵抗される可能性もあったから、この試みは一か八かの賭けではあったのだ。呪文をかけることには慣れていたが、同じ魔術師と対峙したことがなかった上村は、かけられることにな慣れていなかったのだろう。メフィストのいう虚空の神とやらに祈りと供物を捧げる事によって、俺は救われたのだと、そういえなくもあるまい。
「お前がアルコール・アレルギーなのは気がついていたが、まさかここまで効くとはなぁ――オイ、何とかいえよ。お前、先輩なんだろ?」
上村は白目を剝き、ぐうッと呻ってから急に静かになった。どうやら気絶しようだ。一瞬だけ救急車を呼ぶべきか迷ったが、本気で俺を殺そうとしてきた奴に、そこまでしてやる必要はあるまいと思いなおした。
「「カミムラユウタの戦闘不能を確認。よってサギタトモヒロを
再び二人のメフィストが、ゲームの終演を厳かに宣言した。開始宣言もそうだったが、終了についても合議制なのだろうか? 詳しく聞きたいところだが、俺はあまりにも疲れていた。魔術を行使するには、かなりの精神力と体力を消耗するようである。
「トモヒロ様、初勝利おめでとうございます。その右腕は速やかに〈
こちらのメフィストが特に感情を交えずに、あくまでも冷静にアドバイスをよこした――ああ、そうだった。
「ぐっ。思い出したら急に痛くなってきた――本当に魔術で治るのか、これェ?」
「対象のメイガスフォンの上に本機を重ねてください。対戦者の魔道書をこちらのライブラリへ移行できます」
俺はよろよろと歩いて上村に近づいた。そしていわれたとおり、床に転がる漆黒のスマホに、こちらの象牙色の本体を重ねた。すると、やはり「ピロリン♪」と場違いに軽薄な音が鳴り響いた。どうやら新しい魔道書、上村が保有していた〈無名祭祀書〉を入手したらしい。
――ああ、疲れた。
マジで死ぬかと思った。
何て酷いことをさせやがるんだ。
「勝利には栄誉が敗北には死が」なんてメフィストはいっていたが、本当に死ぬ可能性があったんだ。そう思ったら急に恐ろしくなってきた。
「――ところで、トモヒロ様。対戦者がまだ生存しております。私は対象の生命活動を完全停止させることを推奨いたします」
「生命を停止って――恐ろしいことをサラリというね、お前。そこまでする必要はないだろ、魔道書は奪ったんだから」
「――左様ですか。そのお慈悲が、禍根を残すことにならなければ良いのですが――」
「縁起でもないこというんじゃないよ、まったく」
メフィストは不吉な予言めいたことをいう。この
黒色に変化した右腕が、暖かな白い光に包まれた。痩せ衰えた筋肉や、渇きひび割れた表皮が、見る間に元に戻っていく。
「さて〝力ある書〟は残り八冊。私、この遊戯の魅力と価値について十分にお伝えできたでしょうか」
もう魔術を行使することの忌避感は薄れ始めていた。
「――ああ、
そして――どうやら俺の心の奥底に「
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