第6話 Girls have Hope

葉が揺れる音。木が折れる音。動物の鳴き声。


 それらが聞こえては、消える。緑の葉が飛び散り、赤い水玉が周囲に舞う。


 突然、何かが藪の中から飛び出した。地面を水平に飛び、影がこちらに向かってくる。


 サッチーだ。


 足に何かを掴んでいる。高い木々が影を作り、何かまでは見えない。


 ヒマリの口笛が響く。その合図でサッチーはくるりと方向を変えて、こっちに飛んできた。そまま獲物をクッション代わりにして着地。こっちに誇らしげな笑顔を向けてくる。メッチャ褒めてほしそう。


 私がサッチーの頭をなでている間、ヒマリはその獲物を検分していた。サッチーが私の指テクに満足して目を細める後ろで、眉間にシワを寄せながら何やら考え込んでいる。しばらくそうしていたが、急にこっちを向いた。すると、突然、右手でグーサインを作り、それを私とサッチーに見せて笑った。


「やるじゃん、サッチー。病み上がりでこんなビックなゴブリン、キャッチするなんて」


 サッチーが喜んで、ヒマリに突っ込む。


 やっぱし、私ごときでは飼い主とサッチーの蜜月の間には入り込めないか。


 まあ、冗談はさておき。


 今回、サッチーが捕まえたゴブリンはなかなかデカい。ヒマリの言う通り、怪我が治ったばかりのサッチーが捕まえたとは思えない。いや、さすがだな。サッチー。


 今回、捕まえたゴブリンは日本語で小鬼と呼ばれるモンスター。人間の子供みたいだが、体が緑色で、全身ツルツル。壁の中のモンスターでは最弱クラス。だけど、繫殖力が異常で知能も高い。ヒマリが言うには、食べられるわけでもないし、どちらかっていうと駆除とか狩りの練習で捕まえるモンスターらしい。


 とりあえず、ヒマリがゴブリンの解体し終わるのを待つ。解体の様子はなかなか気持ちが悪いので、見ないようにしている。


 さて、お菓子でも。


 そう思い、お菓子を袋から取り出した瞬間だった。


 サッチーと目が合った。


 私はリュックからサッチー用のお菓子を取り出す。サッチーにお菓子をあげながら、自分も袋を開けたばかりの人間用のお菓子を頬張る。


 そんな感じで休憩タイムは和やかにおわった。


 ヒマリがめっちゃ臭いので有名なゴブリンの肝を持ってきたトラブルがあった以外は本当に和やかに終わった。しかも、肝を持って追いかけてくるヒマリから逃げ切ろうとしたらコケそうになったし。あと、サッチーは飛んで逃げた。裏切り者め。


 ゴブリンの解体が終わったので、次の狩場へ。


 ちなみに五味さんは車で荷物番をしている。とゆーか、その原因はライフルのパーツを家に忘れたかららしい。割と玄人でもやるあるあるミスで、フツーはそういう時、「勢子」という獲物をの追い出し役をするのだという。だけど、今回はサッチーのリハビリ兼私の狩猟見学会なので、そーゆー役割は特に必要ない。とゆーわけで、今回は荷物番をしてもらっている。


 狩場への移動中、ヒマリが見慣れない白くて小さい布袋を持っていたので、声をかけた。


「そうだ、さっきから聞こうと思ってたんだけどさ」


「ん、なにー」


「さっきから、メッチャ臭わない?牛乳拭いた雑巾煮詰めたのを飲み込んでから吐き出したみたいな。」


「ちょっとわかんないなー」


「メッチャ失礼なんだけど、なんか、臭いそうなの持ってない?ヒマリの方から臭ってる気がするんだけど」


 ヒマリがあからさまにギクッとなる。確信犯だな。こいつめ。


 まあ、でも流石にいきなり疑ってかかるのはよくないし。ここは慎重に行こう。


「気のせいだったらごめん?思い違いかもだけど、さっき、ヒマリが肝持って追い掛け回してきたし、ワンチャンあるかなって。」


「こ、これ?」


「いや、やっぱりかい!さっきから怪しいと思ったら、まさかの犯人だったよ。気を遣って謝らなくてもよかったじゃん。」


「で、でも、他にスメルを感じさせるものはいっぱいあるんじゃない?ほら、ここ、森のなかだし。冤罪かもっしょ」


「いや、確かにこの匂いだよ。なんか、嫌な予感するなー。さっき嗅いだ気がするぞ。」


「き、気のせいじゃないかー」


「ちょっと、怪しすぎるでしょ。って、この白い袋さー、中身何入ってんの?」


 まあ、わかっているけど。


「ゴブリンの肝」


「いや、やっぱ、そうだよね。さっき嗅いだもん。めっさ、追いかけまわされたもん!覚えてるよ!


 ェ、なんで、まだ持ってんの?」


「服とかに塗ると、モンスターが人間の臭いか自然の匂いかわかんなくなるんよ。マジ、便利じゃね?アキもいるっしょ」


「いや、いらないから」


 わざわざ自分の服に匂いをこすりつけるほど、私は狩猟ガチ勢じゃないぞ。


「そういえば、今これ、水場に向かってるんだよね。」


「そうだよー」


「なに、捕まえるかって決まってるの?


「うん、ケルシー捕まえようかなって。」


 ヒマリが平然と言ってのける。


「ケルシー?ケルシーって、あの、馬みたいなヤツ?」


「そうそう、見つけさえすれば割とイージーな獲物だし、この時期だと水辺いけばすぐサーチできるから。サッチーもあんまし飛ばせたくないし。」


「まあ、病み上がりだしね。無茶はさせらないか。」


「まあ、あと。


 五味さん、あんまし待たせても悪いっしょ」


 ヒマリが苦笑いをする。


「そだねー。お昼までにはいけるかな」


「どうかな?まあ、2時間くらい粘って無理そうだったら、帰ってくればイイっしょ」


「確かに。そうだ、ヒマリ。そうするとお昼ってさー、ケルシー肉だよね。」


「そのつもりだけど。なに、どしたん?」


「ごめんなんだけどさー、私、あの肉あんまし得意じゃなくって。」


「アっキー、ケル肉食べたことあんの?」


「うん、いや、あるんだけどさー。でも、あれ、美味しい?」


「ェ、デリシャスじゃね?」


「えー、じゃあ、その時、食べたのが悪かったのかな?」


「アッキーが食べたヤツはBADだったん?」


「うん。いや、だって、癖強いし、肉硬いしで食えたもんじゃなかったよ。親戚が集まってるときに食べたんだけど、空気悪すぎて買ってきて人、顔面蒼白だったもん。」


 ホントにあの時はひどかったな。持ってきたときは自信満々だったオジサンの顔がどんどん青くなっていくのは可哀想すぎて見てられなかったもん。


 そこまで聞いてヒマリが不思議そうに首をかしげた。


「アレー、おかしいなー。ウチが前に仕留めて食べたときは癖はあったけど、そこまでじゃなかったし、肉なってとろケンタウロスって感じだったけど。


「とろケンタウロス?肉がとろけてたってこと?」


 私が食べたときは絶対にそんな感じじゃなかったぞ。


 私の疑問にヒマリが笑顔で答えた。


「Yes。Yes!」


「あれ、待って。今、ヒマリ、仕留めて食べたって言った?」


「うん。」


「あー、そりゃあ、わつぃが食べたのまずいはずだわ」


 今度オジサンにあったら教えてあげよう。


 私が勝手に納得しているとヒマリが質問してきた。


「どゆこと」


「私が食べたの。東京のスーパーで買ったヤツ」


「あー、それは。アッキー、安心してケロ。今回、食べるのが仕留めたての新鮮お肉だから」


「じゃあ、期待しているわ。」


 そーゆー事なら期待させてもらいますか。私は親戚の買ってきたあの味が上手く上書きされることを願って、山を登り始めた。


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