第2話 Girls have Find
あー、やってしまった。
せっかくの休日というのに。
机の上に開いたまま放置されている教科書とかドリルが恨めしそうにこっちを睨んでいる…気がする。私はちらっとそっちを見て、すぐに手持ちのスマホに視線を戻す。いや、動画が面白いのが悪いのであって、勉強に集中できない私が悪いのではない。断じて、私は悪くはない。たぶん。
その時、ドーンというすごい音がした。思わず、体がはねる。
あ、
そうつぶやいたときにはスマホが手から離れていた。
痛った!
スマホが顔面に直撃した挙句、大きく跳ねてベットの下に滑落していく。
私はスマホの無事を祈りながら、何とか起き上がった。恐る恐る下を見下ろすと、画面が上になったままのスマホが見える。良かった。割れていない。私は安心してそのまま、眠りに…ついている場合じゃない!慌てて起き上がって、壁掛け時計を見る。
愕然とした。現在時刻16時35分。課題を始めたのは13時くらいだったはずだ。で、サトウ 加ト吉(という配信者がいる。割と流行っているから要検索)の配信が13時30分だったから…あれから。
私は思わず笑いそうになった。ヤバい‼ どころじゃない。明日、テストがあるというのに。
何も進んでいないじゃないか!
そこまで気付いたところで、ふと、さっきの衝撃の正体が気になった。
現実逃避ではない。
これは大事な状況確認作業だ。大事なものが落ちた可能性もある。フィギュアとか。だとしても、あんな衝撃はしないか。まあ、とりあえず確認はしておこう。そう思って、私はベットから降りて、スリッパをはいた。お気に入りのウサミミ付きのやつ。そのまま、積みゲーやら中学の頃のもう使わない教科書やらをまたぎつつ、音がしたほうへ。皮肉にも、それは参考書とかが置いてある机の下あたりだった。どうやら、謎の轟音すら私に勉強しろと言いたいらしい。ため息をつきつつ、椅子を後ろに下げる。
その時、何かがつっかかって、椅子が動かなくなった。それをどかそうとして下を見た時、私は音の正体に気が付いたのだ。こいつが落ちたのか。確かにこれが机から落ちたら結構な音がしてもおかしくはない気がする。
そこにあったのは開きっぱなしの大学案内書だった。2000ページくらいあるそれが無言のまま、倒れている。
そういえば、まだ進路ひとつ決まっていない。もうすぐ、高校3年になるというのに。
その時、暖房が動き出して、案内書のページを勝手にめくりだした。寒くなる頃にちょうど部屋が暖っかくなるように入りタイマーをセットしてあったのだ。
恐ろしいほどの速度でめくられていくそれを見て、私はベットに戻ってスマホを開いた。
動画内の楽しそうな声が、部屋に響き渡っていく。だんだん灯りを失っていく黄昏時。机の上だけがどんどん暗くなっていく。そんな中、私の手元だけはいつまでも明るかった。
翌日の昼休み、友人の空音とお弁当を食べているときにこの話をすると空音は「ヤバいじゃん」と笑いながらも、「まァ、確かにね。サボっちゃうのもわかるよ」と同意をしめしてくれた。
あと、話を聞きながらしれっと私のから揚げ奪うのやめてくれない?
私が仕返しに空音の大好きな玉子焼きを奪いつつ、「でしょ」と応じた。抗議の声など聞こえなーい、聞こえない。因果応報じゃ。それにしても甘いなこれ。
「人の玉子焼きを盗み食いしておいて、文句を垂れるとは。いいご身分だな。ワレ」
おっと、声に出ていたか。ハンセイ。ハンセイ。あと、ついでにくらえ!カウンター!
「オー、人が楽しみにとっておいたから揚げを勝手に奪う人はいうことが違いますねー。」
「あにおー、言わせておけば」
そのまま、軽くじゃれあうがトートツに虚しくなってやめた。めしはゆっくり食うに限る。しばらく、黙々と食べていた。特に話題もないしね。
その時、教室の前のほうで大きな笑い声がした。思わずビックリして振り向くと、そこではギャルと陽キャの集団が楽しそうに食事をしている真っ最中だった。
いや、別にうるさいのはいいんだよ。昼休みだし。さっきはこっちもうるさかったし、ただ、よくあんなに笑えるような話題がポンポン出てくるなとは思う。感心するよ。もはや。
そう思って、正面に座る空音を見る。こいつは話題がなくなるとそのまま黙るタイプだ。しかも、本人は全く気にしない。私としてはそのほうがありがたいから一緒に食事までしているわけだが。それでもこいつはもう少し周りに合わせて盛り上がるという努力をしたほうがいいと思う。割と本気で。
その時、空音が身を乗り出してきた。突然どうした?ちょっと、近いって!なんだ、愛の告白でもする気か?!
私が(割と本気で)動揺していると、彼女は私の耳元で囁いた。
その声は優しく耳たぶを撫でられているかのような心地で、私の芯に何か暖かなものを生じさせた。
「あの、ギャルの食ってるのさぁ」
ェ、エロイ。わが友人ながら下腹部がムズムズして来た。
「コカトリスの肉じゃね?」
ふざけるな!
そんな普通のことをわざわざあんなェ、エロイ囁きボイスで伝えることないだろう。ちょっ、ちょっと感じちゃったじゃぁないか。
まあ、確かに冷静になると珍しいなとは思う。コカトリスのようなモンスターの肉は、言ってしまえばジビエだ。ギャルが弁当に入れてくるようなものでもない。よく聞いてみれば、陽キャ集団の話題も彼女が持ってきたコカトリス肉のようだし。
ただ、そこそこ田舎だ。モンスター狩猟許可区域との境界の壁もよく見える。モンスター肉だって、スーパーで普通に売ってるし、何なら親戚の猟師が届けてくれることだってある。
「ギャルが弁当に入れてきた」。この1点を除けば、別にそこまで珍しくもない。
ましてや、わざわざあんなエロイ声で囁く必要なんてなかった。断じて、なかった。
そのことで空音に文句を垂れると、「めんご、めんご、」と言いながら、テキトーに謝った。ぜったい、反省してないなコイツ。
しかも、この魔性の女はそれだけでは飽き足らず、ニヤッと笑ってこう言ったのだ。
「アキちゃぁん、以外とこういうの好きなんだね」
一回しばいたろか。コイツ。
その後、色々あって遂に週末が訪れた。部活に入ってない私は、休日は特にやることもない。ハッキリ言って暇なのである。
先週のテストの結果?聞かないでほしい。だから、こうして家から逃避しているのだ。そこから察してくれ。
今はテキトーにコンビニで食べ物を買って、チャリで山のほうに向かっているところ。モンスターの世界と日常を区切るあの壁は県道に沿って立っているわけではなく、モンスターの生息域の沿って建設されている。だから、ちょっと県道側にはみ出している所と逆にくぼんでいるところがある。で、今目指しているのはくぼんでいる側ってわけで。こういうところは特に木も少なくて、丘みたくなっている。モンスターの肉は基本デカい。だから、猟師は基本的に車で来る。それでも重労働には変わりない。それで、そういう人たちの為に、休憩所(フツーに木製の小屋だよ。大きい自然公園とかにたまにあるやつ)兼談笑場所みたいなものがあるのだ。一応、一般に開放はしてるけど、朝や夕方は猟師のおっさんや壁の監視員がだべっている。だけど、土曜日の真っ昼間なら、猟師は山の中で狩りの真っ最中だし、監視員は昼休憩か交代の時間で監視所にはいない。とゆーわけで、今の時間に行けば、ランチタイムは一人で優雅に過ごせるわけだ。自然の空気を全身に浴びながら食べる昼食は最高だし。まあ、食べるのは一個110円のおにぎりが2個とポテチとコンビニスイーツの一番安いのだけど。
それは置いておいて、自転車で走っていると妙なものを見かけた。例のコカトリス肉のギャルだ。
いや、地元の道だし、土曜日なのだからこの辺を歩いていること自体は別に不思議でも何でもない。妙なのは向かっている方向だ。
なんと、私と同じ方向に向かっているのだ。この先は山と壁しかない。人がいるのなんてせいぜい、壁の監視所くらいだ。それもさっき言ったように今は昼休憩だから、人はいないはず。ギャルが歩いて向かう場所にしてはいささか不思議すぎる。まさか、私と同じように休憩か?とも思ったけどそれにしては恰好が変だし。
それなら山を2つ越えて、隣町に行くのか?
だとすると、「徒歩で」というのはおかしい。山越えを徒歩ではちょっと無謀すぎる。バスに乗るにしても、休日に2本くればいいような田舎のバスだ。この時間から、山を2つ越して隣町に行くと帰ってくる頃には終バスがなくなっている。まあ、山から帰るだけならギリギリ間に合うかも知れないが、そうすると山になぜ行くのかという最初の疑問が…
私はなんとなく、探偵の気分になった。ちょっと楽しい。私は自転車から降りて、これを押しながらギャルの後をつけることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます