第2話 君は並行異世界の異邦人

 僕はにこやかに話しかける城崎という男を疑いの目で見る。僕は普段から無視されることに慣れている。僕をまともに認識できるのは陽菜子ぐらいだ。今では両親すらもあやしい。

 陽菜子だけがこの世界との接点だといっても過言ではない。

「そう警戒しないでくれ。そうだな、そのベンチで少し話さないかね」

 城崎は自動販売機で缶コーヒーを購入する。影山君も何か飲むかねと訊かれたので、コーラをおごってもらった。


 僕たちは並んで駅前のベンチに腰掛ける。

 コーラのプルタブをあけ、炭酸を喉に流し込む。この刺激がたまらない。

「こっちの世界はコーラがあるのがうらやましいよ」

 不思議なことを城崎は言う。

 まるで違う世界から来たような言い方だ。

「そうだよ。私は並行異世界からこちらにやってきたのだよ。君のような人間を探し出すためにね。故に探索者シーカーと呼ばれている」

 にこやかに城崎は微笑み、缶コーヒーを一口飲む。

 並行異世界とか厨二病過ぎる単語だけど何故かこの男が言うことは本当だと思ってしまう。それに妙な親近感を覚える。両親よりも近くに感じてしまう。

「はるか昔にこの世界と私たちの世界は接近遭遇した。神話の昔と言ってもいいほどの昔だ。私たちの世界とこの世界の人間はそのときに一時交わったのだ。やがてそれぞれの世界はもとの位置にもどり、二度と接近することはなかった。その時に我々人類とこちらの世界の人類との間に混血児が生まれた。そう、君はその混血児の遺伝子が強く表に出たのだ。我々の同胞と言って良いだろう」

 なんだか支離滅裂な話をされている気がするけど僕は納得してしまった。僕は並行異世界の人間の血を引いているからこちらの世界の人間ではないから、認識されないのだと。

「だから僕は誰にも見つからないのか」

 いろいろと言いたいけど言えたのはそれだけだった。

「君は賢明だね。そうだよ。だから影山君はこの世界では異邦人なのだ。この世界の人間ではないから認識されない」

 城崎は缶コーヒーを飲み干す。それをゴミ箱に投げ入れた。

「やがて君は誰にも気づかれなくなる。いや、もうなっているのではないかね」

 僕はその言葉に頷く。

 いや、でも……。

「陽菜子、陽菜子は僕を見つけることができる」

 そうだ。幼なじみの陽菜子だけは僕を見てくれる。大好きな陽菜子だけは僕を見つけることができる。

「その日向陽菜子という少女は審問官の血を引いているのだろう。かつてこの世界の残された子孫たちは見つからないことをいいことにかなりの悪さをしたのだ。まあ悪魔や魔女のモデルとなったのは彼らだ。そこでこちら側の人間は残された子孫たちを見つけることができる者たちである組織をつくった。それが教会の異端審問官なのだ。日向陽菜子という少女はその審問官の血をひいているか、その才能があるとうことだろう」

 常に笑っていた城崎が苦い顔になる。

 たしかに僕の能力をつかえばいろいろと犯罪行為ができる。正直、考えたことはあるが陽菜子におこられそうなのでやめておいた。陽菜子はそういう曲がったことが嫌いなのだ。


「さて、そこで提案なのだが……」

 城崎は言葉を一度区切る。

 何を提案されるのだろうか。

「影山君、私たちの世界に来てみないかね。そこは本来君が住むべき世界なのだ。そこでは君は異邦人ではない。本当の人間として扱われる。普通の生活ができるのだよ」

 城崎はそう提案した。彼の言葉がすべて真実だとしたら、僕はこの世界のイレギュラーだ。普通の生活にあこがれもある。陽菜子がいなければどうにもならないのは、やはり不便すぎる。それに陽菜子に彼氏でもできたら、僕は誰にも見つけられずに独りぼっちになってしまう。


「そうだ。見学してみてはどうかな。我々の世界を一度見てみたらいい。並行異世界というのを体験したいだろう」

 城崎の提案は男子の心を動かすのに十分であった。

 そうだ、城崎の世界に行くのは見てから決めてもいい。学校に進学するのにも会社に就職するのにも見学はつきものだ。一度、実際にその世界を目で見て、判断するのがいいだろう。

 全は急げということで僕は城崎について彼の世界に行くことにした。

 城崎は背広の胸ポケットから一本の黄金の鍵を取り出す。

 それは文字通り、異世界への扉の鍵であった。

「君らの世界が戦争に明け暮れている間に我々は時空移動の研究をしたのだよ。ある特定の分野の科学技術はこの世界をはるかに上をいっている自信はある」

 自信満々に城崎は言う。

 その黄金の鍵を何もない空間に差し込む。

 そうすると豪華な鉄の扉が一瞬にして姿をあらわす。

 城崎が鍵をひねるとぎいっと鈍い音をたて、鉄の扉が開く。

「さあ、着いてきたまえ」

 僕は城崎の後に続いて、並行異世界への扉をくぐった。

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