七、未来
城之崎小学校は、今日から夏休みに入った。例に漏れず、円、レイジ、ライトも浮かれきっている。だが、一番ノリノリだったのは、退院したクロシロだった。
終業式の校長先生のスピーチのときも、悪ふざけがすぎて馬込先生に怒られた。一学期最後のお説教が受けられるのは、手術に無事成功し、そのあと順調に回復していったおかげだろう。まだ通院しているとはいえ、学校に通って、また遊べることになったのは、円たちにとって嬉しいできごとだった。
「俺、DVDプレイヤー持って行くからさ、みんなで何か映画観ないか?」
提案したのはレイジだった。
終業式が終わったら、一泊二日でライトの家に行くことが決まっていた。彼の母親がまた出張だということもあり、ライトを一人にしないためでもある。
でも、何をして遊ぶかが問題だった。小学生の夏休みといったらプールだが、クロシロはまだあまり運動できないし、ライトもスポーツは苦手だ。外に遊びに行くという選択肢は、残念だが消えた。
ゲームという案も出たが、ライトの家にはテレビがない。携帯ゲームもライトは持っていない。彼の家で遊ぶには、色々と制約がある。それでも角田家にみんなで泊まりたかった。ライトには悪いが、大人の目がないので、思いっきり羽が伸ばせる。それに、ライトの手料理も魅力的だった。
一同は解散したあと、各自お泊りセットを持って校門前に集合し、荷物をライトの家に置くと、レンタルビデオ屋に直行した。
「あ、これ! 俺すっげー観たかったんだよな! 姉ちゃんも大ファンだし!」
クロシロが手にしたのは、イケメン俳優が勢ぞろいの特撮ヒーローものだった。
「朝やってたやつだろう? クロシロ、テレビで見たんじゃなかったのか?」
レイジが冷めた視線を送ると、クロシロは「だったらお前は何が観たいんだ!」と突っかかってきた。その質問を待っていたかのように、レイジは自分が手にしていたDVDを三人の前に出す。
「俺のは、アカデミー賞を獲ったやつだ!」
タイトルだけはニュースなどで聞いたことがあったが、パッケージの裏のあらすじを読んでも、難しすぎてわからなかった。
「……面白いの?」
スケールが大きすぎる異世界の話の上、インターネットも関わってくるものなので、ライトはあまり興味がないようだった。DVDのハデなパッケージを、表にしたり裏にしたりして見ているが、いまいちらしい。
「大体、レイジは通ぶってんじゃねーよ! みんなが楽しめるやつにしろよ!」
「あのな、アカデミー賞を獲ったってことは、大多数の人間に支持されてるってことなんだぞ?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
クロシロとレイジの間に険悪なムードが漂う。ライトがそれをおさめている隙に、円はテレビアニメの映画版DVDを探し出して持ってきた。
「これならどうだ! 文句はないだろ?」
いまや国民的アニメと謳われ、大人も見ていると大人気のものだ。これなら問題ないと、自信があった。それなのに、予想は大ハズレ。なぜか一番不評だった。
「それだったら、姉ちゃんと一緒に観た」
「俺も前に借りたな」
「アニメ見てないから、設定がわからないなぁ」
三人揃って却下。円ががっかりと下を向くと、ライトの背中にもDVDが隠されていた。
「ライトは何がみたいんだ?」
円がライトの手からDVDを奪うと、それはずいぶん昔の映画だった。パッケージには「ジャンル・青春」とシールが貼られている。
「『スタンド・バイ・ミー』?」
「四人の少年が死体を探す話なんだけど、僕らもちょうど四人だし、年も近いし。面白そうだなって……」
すかさずクロシロが異論を述べた。
「古い映画ってつまんねーよ。他のにしようぜ」
しかし、逆に興味を示したのはレイジだった。
「へぇ。死体は探してないけど、たまには古い映画もいいかもしれない」
レイジが相変わらず通ぶった台詞をはくと、クロシロは苦笑した。
「でも、俺も観てみたいな。ライトも面白そうって言ってることだし!」
円の一言にライトは照れたが、その言葉で他の二人は固まった。言った本人も失言したと思った。ライトの感覚はずば抜けて鋭いのだが、一般とはかけ離れているのだ。彼の言う「面白い」は、世間の言う「面白さ」とは違う可能性がある。
「ライト、ちょっと待て!」
「え?」
円が声をかけると、すでにライトの手には、レンタル用の布バッグがぶら下げられていた。
結局、『スタンド・バイ・ミー』を借りた四人は、おやつを食べながら、鑑賞会を開くことにした。クロシロは最後まで不満を漏らしていたが、ライトがあまりにも嬉しそうにレンタル用のバッグを抱えていたので、文句は言えなくなってしまった。
DVDプレイヤーの小さな画面に、四人は集中する。わきには麦茶とカップのアイスクリーム。それと、ライトが焼いてくれたバナナクレープがある。レイジとライトは、バニラアイスをスプーンですくってクレープにつけている。クロシロと円も二人のマネをした。
アイスが焼きたてのクレープ生地に溶けて、これがまたうまい。もちろんクレープ単体だけでも、店で買ったものよりおいしく感じた。
古いクーラーがゴウンゴウンと音を立てるので、レイジは音量を最大にした。それでも、ストーリーは静かに展開されていく。そのうち横からいびきが聞こえた。最初に脱落したのは、当然ながらクロシロだった。
「全く、クロシロは名作の良さがわからないのか」
ぶつくさ言っていたレイジも、おやつで満腹になったせいか、気がついたらクロシロとともに転がっていた。円は真剣に観ているライトの邪魔をしないように、二人に薄いタオルケットをかけてやった。
物語は静かに幕を閉じた。ライトは涙ぐんでいる。円自身も、ストーリーの最後に出てくる主人公の言葉に、胸を揺さぶられた。
自分たちはまだ十歳で、進路も何も決まっていない。一緒にいられるのは、今だけなのかもしれない。だからこそ、一緒に笑って、泣いて、時には悪ふざけして貴重な時間を過ごしたい。円は強く思った。
できることなら、大人になってもずっと友達でいたい。例え、進む方向が違うとしても。そう思う自分はまだまだ子供なのだな、と一人納得して笑うと、ライトが首をかしげた。
「何でもないよ」
そういうと、DVDプレイヤーの停止ボタンを押す。ボタンを押す役がすっかり定着してしまった自分に気がつき、また一人でにやりと笑う。月波のくせは、元々持っていたものだったのか。
彼のことを思い出した。不思議なダメサラリーマンの正体は、自分だった。なんでこんなファンタジーのようなできごとが起こったのかは、わからない。でも、あの大人と会えたことは、自分にとってすばらしい思い出になった。もう一人の、大人の自分。あいつに会っていなければ、今こんな風に四人で楽しく過ごせていなかったかもしれない。
ふと、画面に表示されている時計に目をやった。五時五十八分。
「ライト、二人を起こせ! あと二分だ!」
「え?」
「『シックス・ナイトフィーバー』が始まるぞ!」
溶けた地球は、もう円のてのひらに残っていない。それでも未来は待っている。
――だから、さあ、夢を見よう。
【了】
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