消えた太陽
目を覚ました瞬間、違和感を覚えた。
カーテンの隙間から差し込むはずの朝日が、どこにもない。暗闇が部屋を満たし、時計の針は確かに朝の七時を指しているのに、まるで真夜中のようだった。
「……停電?」
千夏(ちなつ)はベッドから起き上がり、スマホを手に取った。画面の明かりが眩しく感じられるほど、外は暗かった。ニュースアプリを開くと、目に飛び込んできたのは信じがたい見出しだった。
『太陽が消失。世界規模の異常現象』
まさかと思い、カーテンを勢いよく開ける。だが、外の景色は異常そのものだった。いつもなら燦々と輝く朝日が昇るはずの東の空は、漆黒の闇に包まれ、街の灯りが頼りなく光を放っていた。
「……嘘でしょ?」
慌てて窓を開けると、通りを歩く人々の声が耳に飛び込んできた。
「本当に太陽がない……」
「夢じゃないのか?」
「どうなってるんだ、これ……」
騒然とした雰囲気が街を支配していた。
その日、千夏は大学に向かうべきか迷った。授業があるのかどうかもわからない。しかし、外に出てみなければ何もわからないと思い、仕方なく家を出た。
街の様子は異様だった。朝のはずなのに、ネオンが煌々と光り、まるで深夜のような空気が流れている。通勤する人々の顔は不安に満ち、誰もがスマホの画面を見ながら情報を求めていた。
駅に向かう途中、見知らぬ子供が母親の手を握りしめながら泣いているのを見た。
「ママ、どうしておひさまがないの?」
「わからない……でも、大丈夫よ」
母親は子供を抱きしめながら、そう言った。しかし、その声は震えていた。
千夏は胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。太陽が消えるという、ありえない現実。その影響は、確実に人々の心を蝕んでいた。
大学に到着すると、構内は異様な静けさに包まれていた。普段なら賑やかなキャンパスが、どこか緊張感に満ちている。教授たちは緊急会議を開いているようで、学生たちはそれぞれスマホを覗き込んだり、誰かと不安げに話し込んだりしていた。
「千夏!」
後ろから声をかけられ、振り返ると友人の遥(はるか)が駆け寄ってきた。
「見た?ニュース! 本当に太陽が消えちゃったんだよ……」
「うん……信じられないけど、これは現実…だよね」
遥は唇を噛みしめ、空を見上げた。どこまでも黒く、まるで宇宙の闇が地上にまで降りてきたような空。
「ねぇ、これからどうなるのかな?」
「……わからない。でも、きっと大丈夫」
根拠のない言葉だった。だが、何かを信じていないと、気持ちが押し潰されそうだった。
夜が来ても、状況は変わらなかった。気温は徐々に下がり、政府からは節電と防寒の呼びかけがされた。異常事態にもかかわらず、社会はなんとか回り続けていた。
しかし、太陽のない日々が続くにつれ、人々の心は少しずつ擦り減っていった。
数日後、千夏の祖母がふと、こんなことを言った。
「太陽がないとね、心まで寒くなっちゃうのよ」
その言葉が、妙に心に残った。
暗闇が続く世界で、何ができるのか。千夏は考えた。
そして、あることを思いつく。
数日後、千夏は近所の公園に足を運んだ。そこでは、彼女と同じように不安を抱えた人々が、静かに集まっていた。
千夏はスマホを取り出し、スピーカーに繋ぐ。そして、流したのは──「朝の音」だった。
小鳥のさえずり、葉擦れの音、遠くで聞こえる新聞配達のバイク音。
すると、公園にいた人々が少しずつ立ち止まり、その音に耳を傾け始めた。
誰かが微笑み、誰かが涙を拭った。
遥が驚いたように言った。
「……千夏、これ……」
「太陽がなくても、朝は作れると思って」
暗闇に包まれていても、人々が「朝」を感じられるように。
それはほんの小さな試みだったが、確かに誰かの心を温めることができた。
それから数週間後。突然、世界に光が戻った。
それはあまりにも唐突で、まるで何事もなかったかのように太陽が空に輝いていた。
人々は歓声を上げ、街は一気に活気を取り戻した。
千夏は空を見上げ、目を細めた。
「……おかえり」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
この数週間で、人々は「光があることのありがたさ」を知った。そして千夏自身もまた、どんな状況でも希望を生み出せることを学んだ。
太陽が戻った世界は、以前よりも少しだけ、優しく感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます