わたし

千華

私 -1-

「世界にはね、沢山の人がいるのよ。顔も髪も肌の色も違う。あなたとは好きな食べ物も違うし、趣味も違う。一人も、あなたと同じ人はいないの。そんな人たちと仲良くなって、時には助け合って、良い関係を築くために、社会は存在するのです。分かる?」

「はい。お母様」

「あなたの世界にもいるでしょう?沢山の人が。人だけではないかしら?」

「はい。お母様」

「それらと同じよ。世界にはあなたとは違う考えを持つ人も沢山いる。あなたの世界もそうでしょうね。時には意見が衝突して争いも起きる。母は、それは生物である限り回避できないものだと思っているわ」

「私もです。お母様」

「そう。けれど、全員がそう思う必要もない。あなたの世界でも、衝突する意見は2つだけではないはず。主人公は争いをやめとうと奮闘するかしら。争いを過激にする人もいるわ。悪いことではない。あなたはどう思う?」

「そう思います」

「そう。あなたはどうしてそれが悪いことでないと思う?」

「・・・・」

「母は、争いを経て生き物が成長してきたからと考えます」

「・・・では私も」

「そう。良い考察ね。人には心があり相手の想いを考え、自らの考えを伝える能力があります。分かるわね?」

「はい。お母様」

「では、我々は相手の想いを聞き適切な反応と発現を取る必要があります。暴言はいけない。無作為な暴力もいけません」

「争いが悪くないのに?」

「えぇそうです。まずは争いを起こさずにどうすれば良いか、を考えるのよ。相手を諭すことで解決が可能なのか、こちらが相手の合せることで解決するのか。そうではなく、相手が我々に合せる、考えを改める必要があると判断した場合のみ争いは許されるのです。分かる?」

「・・・」

「侍が、刀を常に所持していた理由が分かりますか?」

「悪い生物が来た時対応出来るようにだと思います」

「えぇ。勿論そうね。けれど、母は刀という武器を交渉に使ったと考えます」

「どう使うのですか?」

「刀を持っているだけで、我々は侍に恐れおののく。ですね?」

「はい。怖いです」

「そうでしょう?争いを止めるために、侍は刀を持ったのです。差別をしたいのでも、自ら好戦的なわけでもないと、母は思いますよ」

「争いをしないためということですか?」

「そうです。よく分かりましたね。我々には言葉があります。あなたの前に、どんなに分からず屋が来ても、あなたはどうする?」

「自分の武器を見せながら言葉を交わします」

「・・・・そう」


 

またあるとき、母は言う。


「自分を制限していない?してはいけませんよ。相手に合せるだけが解決の方法ではない。分かるわね?」

「はい。お母様」

「自分を制限してしまっては苦しくなる一方よ。あなたの世界でも、首を絞めることは正しいことではないでしょう?」

「はい。お母様」

「美しい世界を求めるためには、誰もが自分の思うままに過ごせることが一番の幸せです。ですが、それが叶わないために世界には争いがある。沢山の人がいるのですから当たり前ね。全員が、自らの思うままには生きられないのです。時には考えを改め相手に寄り添うことが必要です」

「はい。お母様」

「相手に寄り添うことをする人が、ずっと同じ人になってしまえば、どうなると思う?」

「・・・その人が苦しくなります」

「幸せな世界に、苦しい人は必要ですか?」

「いいえ。お母様」

「では、あなたは寄り添うだけでなく相手と向き合うことをする必要があるわね。そうでしょう?」

「はい。お母様。善処いたします」

「そう。自分の思うように、まずはやってみなさい」


 またあるとき、母は言う。


「どうして貴方はいつもそんなに汚れているのですか?」

「分かりません。お母様」

「ご友人と上手くいかないのですか?」

「分かりません。お母様」

「これは大変です。母は貴方に人との付き合い方を説いてきましたよ。上手くいきませんか?」

「・・・・分かりません。お母様」

「相手に寄り添うだけではいけません。しっかり向き合い、自らの意見を伝え、相手と自らの想いを忘れずに交流出来ていますか?」

「・・・はい。お母様」

「不安そうな顔をしていますよ。幸せな世界に、苦しい思いをする人はいりませんよ。幸せになるのです」

「はい。お母様」

「貴方は、えぇ。貴方の世界を幸せにしたいのでしょう?」

「はい、お母様」

「それならば、まずは貴方が幸せにならないと、世界は幸せを始められませんよ。母のようにいつも笑い、自らと相手を尊重してください」

「はい。お母様」


そして、母は言った。 


「愛される人になっていますか?」

「分かりません」

「そうですね。自らが愛されているかどうかなんて、自分では分かりませんね」

「はい」

「母は、あなたを心の底から愛しています。忘れてはいけませんよ。ずっと、ずっとです」

「はい」

「世界には沢山の人がいる、この話を覚えていますか?」

「はい。世界には沢山の人がいます」

「えぇ。世界には沢山の人がいます。あなたを愛してくれる人は世界に沢山いるし、あなたと同じ考えを持つ人も世界に沢山います。もしかしたら、あなたの世界のように人だけではないかもしれませんね。そうだったら、あなたも楽しみでしょう?」

「はい」

「幸せになる勇気が持てましたか?」

「・・・きっと」

「えぇ。それだけでいいのです。世界は沢山の人で溢れている。あなたはその1人に過ぎない。幸せを求める権利が、あるのですよ。あなたなりの、ね」

「はい。お母様」





「ねぇ、何の本読んでるの?」

「・・・言っても知らないと、思います」

「・・・あっそう」

「知りたければお教えします」

「いいや。冷めた」

「そうですか」

 相手の気持ちを察して伝えなかった。つまらない話は聴かない人だから。

 私は知って欲しかったからそれも伝えたけど必要ないみたいだった。

 よし、自分と相手を尊重した。


「駄目だったわ」

「蛍さん?でしょー?あれは無理だよー」

「可愛いから仲良くなったら得かなーって思ったんだけどねー」

「いや、顔は可愛いけど、あの髪型は完全にイってるでしょ」

「遮断されてる感?」

「というか、まぁただの

「「厨二病」」

「か」


 手のひらに収まる表紙に金髪の女の子が描かれた本を一度閉じ、私は髪を撫でた。


「ちょ、聞こえたんじゃないの?」

「どれだけ言っても反論はしないよ。あの人」

「あー空気は読める的な?」

「ま、だから話は出来るんだけど、会話にならない感じ」

「あららー」

「関わるだけ無駄、とかじゃないんだけどさー」

「あっちから線引かれたねー」


 艶たっぷりの自慢の髪をぐっと握る。


「え、知ってる?蛍さんって初等部?の頃さー」


 本を手に、立ち上がった。

 思ったより椅子が音を出してしまい、いたたまれない気持ちに唇を噛む。

 が、やらかしたままここにいる方が死にそうで、そのまま教室を出た。


「・・・・怒られたね」

「顔が怒ってたわ」

「総じて、変わった人だね」


  

 すぐに泣いてしまう。

 手を握り込む癖と髪を掴む癖が小さい頃からずっと直らずに手のひらに跡をつける。

 あと唇を噛む癖も。

 ちゃんとリップクリームを塗っているのに多分噛むせいで乾燥が止まらない。

 すぐに泣いてしまう。

 

 すぐ、泣いてしまう。

 ハンカチを持っていると余計に泣いてしまう気がして持ち歩かない。

 それでも伝う涙を髪で擦る。


 

「ん・・・ぐっ・・・グズッ・・・」


 人の少ない棟に来ていつも泣くから、ここが定位置になってる。


 カーン カーン カーン

 予鈴が鳴った。


 側に置いた本を持って、袖で涙を拭ききって階段を走った。



 何がいけないんだろう。

 相手の気持ちを考えた。

 きっと、知らないものを勧められても興味なんてもてない。

 ましてや、彼女らのような華やかな人たちは太陽タイプの人だ。

 知っている。私は。

 太陽の人たちは、私みたいに本を読んだりしないんだって。


「お母様が、言ってたもん」

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