03-09:非日常の空間

 展望台そばにあるベンチで、お昼──。

 二つあるベンチに、蔭山さん&あたし、部長さん&先生。

 あれから、ちょっと移動するたびに部長さんがなにかを見つけては熱い説明、からの写真&動画撮影。

 距離的には校庭2周もなかったはず。

 午前10時に現地集合で、いまは正午ちょっと過ぎ。

 部長さんのトレッキング熱、舐めてた……。


「はぁい、それではお昼を配りま~す。灯さん、苦手なものがないと言っていたのでぇ、部の結束を高めるためにぃ、同じ具材のサンドイッチにしました~」


 部長さんのリュックの中から、スーパーのレジ袋。

 そこから二切れ入りのサンドイッチが、一人一個ずつ。

 具は一つがポテサラ、もう一つはハムとレタス。

 美味しそうだけれど、山歩きのお昼としてはちょっと少ないような?


「灯さん、それで足ります?」

「あ、うん。十分十分」


 やば、蔭山さんから心読まれた。

 不服が顔に出てたのかも……?


「わたし、最初のトレッキングのとき、『えっ、少ない』って思っちゃったんですよー。アハハハッ♪」

「へ~。そうなんだ」


 しまった、そっちが正解だったか。

 選択肢ミスった。

 好感度変わらず。


「行楽シート広げて、お弁当を並べて……的なのを想像してたんですけど、きょうと同じサンドイッチで。でも山歩きのときって、食事は軽めのほうがいろいろ楽なんですよ」

「確かに。行楽シートやお弁当箱はかさばるし、たくさん食べればトイレの心配も……か。はむはむ……」

「ですです。はむはむ……」


 自然の中で、街並みを見下ろしながら、蔭山さんと並んで食事。

 うーん……これぞ青春、思春期!

 部長さんと先生も、話……弾んでる?


「先生~。山へ入れるのぉ、夏前はあと2回ほどですかね~。気温も上がってますしぃ、蚊やアブも飛び始めましたしね~」

「うーん……1回だな。中間試験絡みで、わたしの週末が一つ潰れる」

「やっぱりぃ、先生抜きでの野外活動はぁ、ダメですか~? はむはむ……」

「ダメだな、女子だけというのは。蔭山がさっき痴漢の被害を口にしていたが、おまえたちにとって山で最も危険なのは、自然よりも人間だ。ぼりぼり……」


 あたしたちにとって山で最も危険なのは、自然よりも人間……。


「でもぉ、灯さんが入って3人になりましたよ~? はむはむ……」

「4人組の男連れに襲われたらどうする? ぼりぼり……」

「そ……それはぁ、そうですけどぉ……」

「きょうは人けのない道を通った。暗がりにも入った。同じシチュエーションで、たまたますれ違った男の登山者に、魔が差す──。ないとは言えない。むしろある……を、頭に置いておくべきだ」

「それはぁ……そうですねぇ。灯さんにぃ、一度でも多くフィールドに出てほしかったんですけどぉ……。はむはむ……」


 先生に諭されて、俯いてしょんぼりな部長さん。

 あたしのこと気に掛けてくれていたの、うれしい。

 けれど利賀先生の言い分、もっとも。

 人けなし、監視カメラなし、車のドライブレコーダーなし。

 こんなちょっとした登山でも、変質者に遭遇したらあたしたち女子高生は、ホント抵抗のしようがない。

 

「同じ登山者を疑ってかかるのは悲しいことだが、山というのは非日常の空間だ。日常から解放された……という感覚が、良いほうばかりへ作用するとは限らない。ぼりぼり……」

「はいぃ……」

「仁科は部の設立前、単独で山に入っていたようだが。それは危険なことだったし、ラッキーだっただけだ。安全な習慣を身に着けるのも、この部の趣旨の一つだろう」

「そうですねぇ……。ご指導ありがとうございますぅ、先生……はむっ」


 部長さんに笑顔が戻って、サンドイッチ最後の欠片を口へ。

 厳格な表情で語っていた先生も、ニッ……と微笑。

 ところでさっきから、あたし一つ気になることが──。


「……あの、利賀先生」

「なんだ?」

「どうしてさっきから、先生だけ咀嚼音そしゃくおん違うんです? どう聞いても、サンドイッチ噛む音じゃないんですけど」

「ん。トマトプリッツを挟んでいる。具にもよるが、サンドイッチと相性いいんだぞ?」

「ひ……一人だけ、おやつ持参っ! それも教師が! ずるいっ!」

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