11 なんか……ズルくね?


 闇の中、傭兵たちは小銃を構えて『対象』を待ち構えていた。ランタンの間隔は広く、その光に時折小さなターゲットの姿が浮かび上がってはすぐ夜に溶ける。『対象』の少女。そして行動を共にする第二目標の老人と若い男。男は拳銃を持っているようだったが、周囲は暗く、距離もあるため、大した脅威ではない。小銃の前では無力だ。


「次のランタンで撃つ。間抜けんなよ」

「ハッ。誰が」


 『対象』たちは闇の中。二人の傭兵は遮蔽物の陰から身を乗り出し、射撃体勢に入った。直後に何かが光り、二つの重厚な銃声。二人の肩を裂くように射抜き、焼けるような痛みが走る。


「ああっ! クソがっ!」

「今の音……! 本当に拳銃か?」


 二人の傭兵は身を低くして遮蔽物に隠れる。


「カバーする! 早く退け!」


 屋根の上の狙撃手が通信で割り込んだ。


「しっかしなんだ今のは……ただのエイムアシストじゃ考えられねぇ。まさか……戦闘用義肢? そんな骨董品どこで……?」

「グダグダ言ってねぇで狙え! 威嚇射撃!」

「やってる……ぐわっ!」


 さらに銃声がひとつ。狙撃手の銃を弾き、瓦の上に転がる。


「こっちに気づいてやがった! 目もヤベェ!」

「壁沿いに退避だ! 射線に入るな!」

「全班に報告! 第二目標の男の射撃精度が異常! 位置の特定を徹底しろ!」


 傭兵たちは頭を下げて後退を始めた。ランタンの前をサムが駆け抜ける。機械の手に握られた四角い印象の無骨な大型拳銃から細い煙が立ち上っている。ランタンの暖かな光が無機質な、それでいて鋭い右目を一瞬だけ照らし出した。


「サム! 倒したのか!?」

「いや、当たったけど逃げられた。距離がありすぎる。せめて脚を狙えればな……」

「しっかし驚いたわい。凄まじい腕前じゃな!」

「腕前というか、この腕の性能がいいんですよ」

「その義手? そんなすげーの?」


 サムが合図をして、路地が交わる地点で三人が足を止める。サムが壁に身を隠して路地の先を窺った。


「簡単に言えばこの腕と目は頭の中の神経制御システムとリンクしてる。右目の情報と銃と弾丸の仕様なんかをシステムが処理して、腕に照準を自動補正させるんだ」

「いや、簡単に言えよ」

「つまり……」


 サムは覗き込みながら左手を僅かに壁から出し、トリガーを引いた。分厚い銃声の直後に遠くから短い悲鳴。小銃が石畳に落ちた音が微かに聞こえた。


「見えていれば当たる」

「なんか……ズルくね?」

「奴らは立派な銃を使ってるんだから文句は無いだろ。でも次はこうはいかない。今のうちにどこかに隠れないとジリ貧だ」

「それなら……あそこなんてどうかの?」


 ファユンが暗闇の中に辛うじて見えるシルエットを指した。それはカンタリカを象徴するような建物だった。


「えー、アタシちょっと苦手だな」

「……いいんですかね?」

「大丈夫じゃて! むしろあそこしかない! ほれ、行くぞい!」


 ファユンがサムの背中を押す。サムは踏み出すのを戸惑ったが代案もなく、渋々と言った様子でようやく歩を進めた。



「いったいどうなってる! カカシか! キサマら!」


 依頼人の怒りはG班の失態によってピークに達していた。さらにその外周を担当していたF班までもが銃弾を受け、包囲網は崩れつつある。サイドテーブルを蹴り上げ、灰皿を払い飛ばして灰が舞う。


「男の腕前が想定以上だったんですよ。まさか拳銃だけであそこまでやるとは」

「所詮ひとりだろうが! 『対象』だって近づかなければどうということはない! さっさと殺せ!」

「逃しやしませんよ。だが……奴らこの街を熟知してやがる。路地を巧みに使って包囲網の隙を突いてくる。夜間戦闘は想定してなかったから装備も不十分――」

「ああっ! もういい!」


 モニターが乗ったテーブルに両手を叩きつける。男は拳を握り締め、興奮した獣のような息遣いと唸り声を漏らした。そして低く、呟くように言った。


「……燃やせ」

「なんですって?」

「……町を燃やせと言っている」

「本気だったんですかそれ」

「本気だ! 逃げ道を絶て! 建物が邪魔なら爆破しろ! 奴らが隠れるならヘリで空から探せ! 抵抗を受けても物量で押せ! 仕留めるまで破壊し続けろ!」


 しばらく応答は無く、男の息遣いだけが聞こえていた。


「そんな装備は……それにそこまでやってしまっては、揉み消すのも容易では――」

「やるんだよ! 必要なのは『対象』の体だ! それ以外のものに価値など無い! 言われた通りにやれ!」


 答えは聞かないとでも言うように、男の方から通信を叩き切った。デキャンタから水を直接がぶ飲みして口元をぬぐうと、モニターの前に両手をつき、それっきり動かなくなった。カチリ、カチリと、時計の針が小さく鳴っていた。



 サムの拳銃が火を吹く。拳銃とは思えない腹に響く音。強烈な反動を生み出す10mmHV弾に最適化された銃身と、機械の左腕の合せ技でリコイルを殺す。滑るように飛び出したフルメタルジャケットは僅かに弧を描いて着弾。豆粒のような影が倒れた。直後にもう一人。マガジンがするりと滑り落ち、すぐさま新しい弾倉が収まった。


「思った以上に数が多いかもな……」

「もう少しじゃ。慎重に行くぞい」


 脱出ポイントの門からはだいぶ離れてしまったが、ファユンの言う目的地はもう目と鼻の先だ。何度か包囲網に引っかかりそうになりながらも、ピンキーの鋭い感覚とサムの目、そして入り組んだ路地を知り尽くしたファユンの土地勘によって、遠回りしながらもどうにかここまで進んできた。


「う……おぇ!」

「ピンキー、どうしたんじゃ」

「タオリンな。山暮らしに慣れてたから久しぶりに嗅いだわ」

「何を?」

「ガス。家のやつ。くっさ」

「そうか? 特に何も感じないけど……」


 しかしサムは胸騒ぎがした。ピンキーの感覚には信用が置ける。ハッとして周囲を見渡すと、風が緩やかに背後から吹いている。


「ここを離れるぞ! 何かマズい――」


 直後、後方で爆発。有無を言わさず押し込むような熱風と轟音が三人を吹き飛ばした。ピンキーは反射的に衝撃をいなして立ち上がり、ファユンは地面に叩きつけられながらも即座に片膝立ちになった。サムは地面を転がりながら火の粉を浴びる。大破した木造建築の破片が舞い上がり、火の手が密着した両隣の建物を飲み込んで炎の壁を作り出していく。


「退路が……ヤツらの仕業だろうな」

「おいサム寝てんなよ! ここやべぇだろ!」

「いや、しかし……何かおかしい……」


 サムが身を起こしたとき、遠方でさらに爆発が起こって火の手が上がる。続けて二度、三度と続き、住人達の悲鳴まで聞こえてきた。サムはその狙いを見抜く。


「なんだよ……何してんだよこれ!」

「落ち着け、分かった。これは炎の包囲網だ。俺たちを特定範囲に縛り付けるためのもので直接狙われてるワケじゃない。でもこれじゃ奴らだって動きにくいはず……」

「そうじゃねぇよ! 町が……!」


 サムはその時気づいた。遠くを見るピンキーは歯を食いしばり、強く握られた拳がわなわなと震えている。

 その姿にサムはかつての自分を重ねた。言葉に詰まり、ピンキーの肩に手を置く。


「逃げるんだ。今は」

「でも、きっと怪我してる人が……助けなきゃ……」

「いいか、狙いはタオリン、君だ。それは変わってない。だから――」

「アタシが何をしたって言うんだよ!」


 ピンキーがサムの手を振り払う。その目は燃え上がるカンタリカの町をじっと見つめていた。


「アタシのせいで……こんな……」


 サムは小さく首を振って声をかけようとしたが、その前にピンキーが振り返った。


「だったらもういい! アタシが捕まれば済む話じゃねぇかよ!」

「それは違う!」

「違わねぇだろ! だって――」


 サムを睨み上げるピンキー。だが彼女が言い終わるよりも早く、頬に小さな痛みが走った。サムの平手だ。

 一瞬目を見開いて、直後に平手を返したピンキーだったが、それはサムの頬に当たる直前で止まった。深い悲しみを湛えた目がそこにあった。ピンキーは行き場を失った手をぎゅっと握り、そのまま体の横に降ろす。


「お前のせいじゃない。悪いのは明らかに奴らだろ」

「でも……!」

「それに、そこまで覚悟が決まってるなら、手はある。今は逃げよう」

「サムの平手を避けられんのが冷静さを欠いとる証拠じゃろて。まずは落ち着くんじゃ。捨て鉢になってはいかんぞい」


 ピンキーは黙りこくっている。それでも今すぐ飛び出そうという気は無くなったようで、眉根を寄せて自分の心と戦っている。その様子を見たファユンは僅かに微笑みをたたえて彼女の背中を軽く押した。ピンキーは彼の顔を見て何かを言おうとしたが、すぐに空を見上げた。


「何か来る」


 ピンキーが呟いた瞬間、空を裂くようなローター音が強烈な風を伴って彼らの上空を通過した。ヘリだ。それは即座に転回してサーチライトを向け、三人の姿が照らし出される。


「炎で縛って空から捜索ってワケか。随分やり口が変わったな」


 サムはピンキーをちらりと見て肩をすくめる。


「見ろよタオリン、元気出たか?」

「……うるっせぇなぁ!」

「出たようじゃの!」

「目的地はすぐそこだ! 走るぞ!」


 三人は角を曲がり、しゃにむに駆けた。路地の突き当り、やや開けた場所には質素な石の門。その先には特徴的な反った屋根と高い鐘楼塔を持つ寺院が、町を覆う炎に照らされて闇に浮かび上がっていた。


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