第32話 楽しいチョコレート狩り

 俺とミントは遠巻きにドラゴンの様子をうかがった。


「あのドラゴン、なんか怒ってないか?」


「そうですね、ご主人様。もしかしたら、お腹が空いているかもしれませんね」


甘味かんみのくせに生意気だな」


「そうですね。ですが、あれではご主人様の作戦がやりにくそうです……」


「とりあえず仕掛けてみるか。なんかあったらフォローしてくれ」


「はい!!」


 さてと……。


 ゴブリングミひとつにつき、素早さ20%アップ。


 もとの俺の素早さが142。


 現在の速さは……約6500だ。


「さあ、いくぞ……!」


 ドラゴンに向けて駆ける。


 シュンッ!!!


「ご、ご主人様、速すぎて……っ!!!」


 景色が高速で背後に流れていき、緑色と水色しか認識できなくなった。


 とりあえず止まると、上り坂の途中にいた。


「あれ……?」


 どこだ、ここ……?


 後ろを向くと、ドラゴンが遠くにいる。


 地形の端から端まで行ってしまったらしい。


「もう1回……!」


 今度は小走り程度で進む。


 シュンッ!!!


「きゃっ!!」


「うわっ!!」


 すると、ミントが目の前にいた。


「ご、ご主人様、風でスカートが……! ぽっ……!」


「ううむ……」


「ギャ、アオオ……?」


 ドラゴンも戸惑っている。


「あの、ご主人様……?」


「大丈夫だ、スピードには慣れてきた。しかし、ドラゴンが止まっている方が仕掛けやすいな」


「大丈夫です!! ミントがすきをつくってみせます!!」


「できるのか?」


「はいっ!!」


 ミントはメイド服のスカートの下から、ぞくから奪ったナイフを引き抜いた。


「ご主人様のおかげでミントは無敵です! 必ずお役に立ってみせます!!!」


「よし、頼んだぞ」


「おまかせくださいっ!!」


 ミントはナイフを片手にドラゴンに突っ込んでいった。


「やあ、やあ!! 我はミントなり!! ご主人様の甘味よ、いざ尋常じんじょうに勝負!!!」


「ギャアオオオッ!!」


 ドラゴンはミントを認識して、大きくえた。


 そして、大きく息を吸い、ボォォッ!!と火球を 吐いた。


「やっ!!」


 ミントはサイドステップでそれを避け、うような姿勢でドラゴンに駆けていく。


 草むらには、ドカン!!と爆発の跡ができる。


「ギャオオオッ!! ガァッ、ガァァッ!!」


 連続して放たれる火球。


 ミントはうような動きで、それらを避けていく。


「ギャオオオ!!?」


「いきます……! 生活魔法・照明ライトきょく!!」


 ピカッ!!


 激しいフラッシュが、アースドラゴンの目の前で炸裂さくれつした。


「ギャアオオオオオオオオ!!?」


 視界を奪われたドラゴンは、その場で激しく尻尾を振り回す。


「暴れないでくださいね。ご主人様のご迷惑になりますから」


 ミントは地面に両手をつけ。


「生活魔法・乾燥ドライきょく!!」


「ギャオオオ!?」


 ドラゴンの半身側の地面を、さらさらの砂に変えた。


 ドシィィィィィンッ!!


 ドラゴンはバランスを崩し、その場に転倒する。


「最後にこれを……! やぁーっ!!」


 ミントはびあがり、ナイフでドラゴンの足に斬りかかる。


 しかし。


 ガキィィィィィン……ッ!!


「あ……」


 ナイフの刃は、根本から折れてしまった。


「ご、ご主人様、すみませんっ!! わたしの攻撃では……」


「――いや、十分じゅうぶんだ」


 俺は早歩き程度のスピードで、ドラゴンの背中に跳び乗った。


 足の裏はべちゃりと粘体化ねんたいかさせ、剥がれないようにしている。


「ご主人様、いつの間に……!?」


「よくやった、ミント。離れていてくれ」


「は、はいっ!!」


 ミントは背後にジャンプし、ドラゴンから距離をとる。


「ガ、ギャオオオォォォッッ!!!」


 ドラゴンは体を震わせながら、大きく咆哮ほうこうした。


 おそらく、あと何秒もしないうちに体勢を整えるだろう。


「ま――そこまでの時間はいらないがな」


 俺は左手も粘体化させ、ドラゴンにしっかりと貼りついた。


「さてと……」


 転生前、ソシャゲのネット掲示板で話題になっていた問いがある。


 いわく、排出率1%のガチャを当てるためには何回引けばよいのか?


 100回引けば良さそうなものだが、その場合、数学的には1枚当たりを引ける可能性は60%程度なのだそうだ。


 直感とは反するこの答えに、掲示板ではいろいろな意見が出されていた。


 しかし、俺の記憶に残っているのは、その中で最も論理的ではない答えだ。


 その答えとは……。



 ――当たるまで引けばいいだけ。推しなら当然。



「はは……」


 俺はやっと、あの書き込みをした人間の気持ちがわかった。


「ラッキーパンチ発生確率1%のゴブリンパンチガチャ……。速さ6500で、当たるまで引き続けてやろう。まずは100連……!」


 俺は右手を振りかぶり……。


「それっ!!」


 ゴブリンパンチをドラゴンに放った!



 ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!ミス!



 ――その瞬間、こぶしに魔力が集まったのを感じた


 ガチャでいうところの、確定演出に近いだろう。


(ああ、思ったより早く当たったな……)


 そして。


「それ!!」



 ――ズガァァァァァンッッッ!!!



「ギャオアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 俺のパンチはドラゴンの外皮を割り、さらには地面に衝撃を伝え、大きなクレーターを生み出した。


 いや、気持ちいいな!


 転生前からストレス溜まってたんだな、俺。


 すっきりした。


「もし生きてたら、もう一発くれてやるかな。でも……」


 アースドラゴンは完全に沈黙。


 そして……。



 ――ポワンッ!!!



 いつもよりも大きな音がして、アースドラゴンがいたところから、茶色い包装につつまれた板状のものが大量に飛び散った。


 パラパラと草原に降り注ぐそれは。


「ご、ご主人様、これは……!!」


「――ああ」


 ひとつ拾いあげる。



 =======

【品名】ドラゴンスケイルチョコレート

【味】リッチミルク味

【通常効果】1時間、すべてのダメージを100カット(重複効果なし)

【適合効果】地竜の守り(0/1)

 =======



「板チョコだ……!」


 追い求めていた甘味が、大量に空から降ってきている。


 そして、頭の中に声が響いた。



 ――熟練値が300になりましたので、ジョブレベルが4に上がりました。「調理技術(冷)」を覚えました。


 ――次はジョブレベル5で「作成可能お菓子の拡充(塩気)」ができるよ!



「ジョブレベルまで……!」


「ご主人様、すごいです!!! すごい量のお菓子ですっ!!!」


「ああ、すごいな……」


 板チョコの雨の中で、俺はこの世界に来てから最大の充実感を味わっていた。


 食べてもいいし、売ってもいい。


 これで俺たちは、またひとつ自由になれた。

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