甘味が貴重な異世界で、ジョブ【お菓子マスター】転生者は気ままに旅生活したーい! 〜お菓子創造のスキルでメイドと一緒にスローライフ!〜

渡良瀬遊

第1話 【転生前】現実と憧れ

「お前、ナメてんのか……? クソ楽な作業なのに何日かかってんだ!! あ!? 納期に間に合わす気あんのか!!」


 金曜日の午前11時、俺・佐東守雅もりまさは課長のデスクに呼び出された。


 デスクの上には、複数の「進捗状況管理表」が広げられている。


 すべて、俺に押し付けられた案件のものだ。


「ですから、それは見た目ほど楽な作業ではないんです。システムの他の部分との組み合わせでバグが出ないようにする必要もあります」


「そんなのはすぐできるだろ!! このウスノロ!! サボるためにグダグタ言ってるだけだってのはわかってんだよ!!」


「…………」


「だいたいなぁ、お前はいつも……」


 こうなったら、何を言っても無駄だ。


 うちの会社は、大手の会社ベンダーからの下請したうけでシステム改修などを行っている零細れいさい企業だ。


 社長のワンマン経営であり、この課長も社長がどこからか連れてきたお友達……言いかえれば、現場を知らないカスである。


「で、どうすんだ? 来週にはまた新規が来るぞ。間に合うのか? 月曜日までに仕上がらなかったら、次のボーナスなしだぞ」


「……今日の夜で終わらなければ、土日でやります」


「は、当然だよ! じゃあ、さっさとやれ! 時間を無駄にするな!」


「……はい」


 休みには、久しぶりに茨城いばらきの海に行って回転寿司でも食べようかと思っていたけれど、それは叶わないようだ。


 最近は国の法改正を受けて、既存システムを改修したいというお客さんが山のようにいる。


 上層部はホクホクしているようだが、わりを食うのは俺たち末端まったんである。


 実際に、俺の席のとなりにいたやつは体調不良で休職に入ってしまった。


「はぁ……」


 小さくため息をつきながらデスクに戻ると、後ろからはやたらと明るい声が聞こえた。


「課長、今日の午後から有給もらいますねー」


「おお、リナちゃん。前聞いてたやつだね、いいよー。夕方の便で沖縄行くんだよね?」


「沖縄ですけど、本島じゃなくて石垣島いしがきじまの方ですぅ」


「いいねぇ、オレもそのうち行きたいなぁ。お土産みやげはアレ買ってくれるのかな? ほら、沖縄名物のアレ……」


「あー、課長。エッチっぽい言葉言わせようとしてます? 社長に言いつけますよ」


「思い出した、ちんすこうだ、ちんすこう。そんなつもりはないから許してくれよ、わっはっは……」


「……く」


 あの課長カスは、人を見て対応を変える人間だ。


 かわいい女の子や上司には丁寧な対応をするが、立場が下のものに対しては冷たい。


 さらには、ウマがあわない人間に対しては業務を多く割り当てるなど、あからさまな嫌がらせもしてくる。


「…………」


 俺は感情を殺して、PCの画面を開き、前任がつくったぐちゃぐちゃのソースコードを眺めた……。



 ☆★☆



「はあ……」


 結局、会社を出たのは深夜1時だった。


 当然仕事は終わらなかったため、明日の土曜日も明後日の日曜日も出勤である。


「俺って、何のために生きてるんだろ……」


 俺の人生は小さな三角形でできている。


 会社、コンビニ、アパート。


 会社、コンビニ、アパート。


 その繰り返しである。


 楽しみといえば、コンビニでお酒入りのチョコやクリーム大福を買ったりすることくらいである。


 今日もまた、コンビニで弁当とお菓子を買う。


「ありがとうございましたー!」


「…………」


 そして、俺の心を削るのは、アパートへの帰り道、ビルの一角にある旅行代理店のテナントである。


 閉店後の暗くなったガラスには、大きなポスターが貼られている。



『夏は待ってくれない 沖縄3泊4日の旅』


『憧れの地へ ローマ・フィレンツェ・ヴェネチア14日の旅』


『たまにはのんびり 箱根湯本温泉』



「はあぁ……」


 泊まりで旅行なんて久しく行っていない。


 特に、うちは両親の仲が悪かったため、子供のころすらどこかへ連れて行ってもらった記憶もない。


 そして、大学に行ってからは学費を払うために、バイト漬けの日々……。


「すべてを投げ出して、どこかに行きたい……。けど……」


 聞くところによると、優秀なwebデザイナーやエンジニアの中には、旅をしながらリモートワークをして気ままに暮らしている人もいるらしい。


 だが、俺にはそこまでのスキルもなく、会社に勤めるしかない……。


「……はあ」


 アパートに帰り、シャワーを浴び、淡々とルーチンを済ませる。


 ――ズキンッ!


「う……」


 頭が痛い。


 連日の無理がたたっているのかもしれない。


 半年前の健康診断で「要:精密検査」とされた項目も放置したままだ。


(このまま死んじゃったりするのかな……。でも……)


 涙をにじませながら、布団に潜りこみ、ふと思う。


 こんなつらいなら。


 希望なんてないのなら。


「明日なんか来なければいいのに……」


 そして、俺の意識は消えていき――。


 短い生涯を終えた、はずだった。




 ☆★☆




「じゃあな、追放者」


 ズゥゥゥン……、というにぶい音とともに、王都グランニュートの門が閉められた。


 その瞬間。


「あ――」


 俺は転生前の記憶を取り戻した。


 ああ、そうだ。

 なんで忘れていたんだろう。


 城門の外に広がる草原を見ながら、過去を思い出していく。


 俺は、この世界に生まれる前、日本という国で暮らしていた。


 社畜としてのろくでもない日々。


 いや、ろくでもない生活といえば、この異世界でも大して変わらないけれど。


 この世界では、ノエル・シュガーという名前で、16年間浮浪児ふろうじに近い生活をしていた。


 そして、つい先程、俺の出自しゅつじが明らかにされるとともに、国外追放処分がくだされたところである。


(勝手なやつらだよ、ホントに……)


 どうやら、俺は、昔大人気だった娼婦しょうふと前王の間にデキた子どもらしい。


 前王が亡くなる際に、看取みとりをした第一王子と一部の側近に俺の存在が知らされたようだ。


 そして、第一王子は、隠し子を探し出すよう近衛兵このえへいに命じ――。


(今に至る、と……)


 器の小さい新王は、かすかな火種すら排除したかったようだ。


 その結果が俺の国外追放である。


(アホらし……)


 あんなクズみたいな毎日、こちらからも願い下げである。


 もはや俺を縛るものは何もない。


 ――自由に生きていこう。


 そんなふうに思った。

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