第29話 たまにある緩やかな日常

 アウトドア部の部員に言われるまま、ミカと瞳はテントを組み立てていた。


 テントの本体を地面に広げる瞳をミカは二本のポールを持って眺めていた。


 校舎側では既にテントが二基も設置完了していた。むしろ、手伝いに来た荒部連のメンバーが邪魔になっているレベルに思える。


 それでも、アウトドア部の部員は文句一つ言わない。瞳は違和感があった。アウトドア部の目的が見えてこないのである。


 この作業もアウトドア部の部員だけで済ませることは容易だ。そうなると手伝いと言うのは名目上か、アウトドア用品の組み立てではなく別なことだろうか。


 ミカがあおから聞いた内容も唯を通している。直接聞いた内容ではない。


 アウトドア部部長の横川冥香よこがわくらかは、その事情も把握しているようだ。四人のバラバラな動きを見ていれば誰にでもわかるかもしれないが。


「瞳、ポール入れるよ」


「ええ」


 ミカはテントの本体にポールを通していく。テントは完成した。


「出来たようね。次は椅子を組み立ててくれる?」


 横川の指した方向には組み立てる前のキャンプ椅子が無造作に置かれていた。本体すら、収納する袋に入れたままであった。あくまで置いただけの形である。


 ミカと瞳は言われた通り、キャンプ椅子を組み立てていった。説明は座席の裏面に記載してある通りに行えばいい。説明する部員も必要ない。


 ミカは袋から本体を出すと、骨組みを組み立てていく。初めての人でも容易に出来る。瞳も袋から本体を出して組み立てる。時間はそんなにかからなかった。


「簡単やろ」


 二人の後ろから太い声が聞こえた。瞳が振り返ると、そこにいた人物は横川と同じ三年生だろう。


「はい」


 ミカは答える。


「まあ、こうやってハードルを下げて初心者をどんどん取り込みたいんやろけど、下火になり始めているからな」


 どこか哀愁のある発言である。


「寺田さん」


 その男性は振り返って、「今行く」と告げた。二人には「楽しんで」と口にしてその場を離れていった。


 まるで体験入部のような作業を繰り返す。どうやら他の部員曰く、この作業はゴールデンウィーク明けに使用するための点検だそうだ。そこまで言われれば、なんとなくでもわかるか。しかし、椅子の数はそれほど多くない。


「わぁ、椅子が出来ているね」


 ももがやってきて、ミカが組み立てた椅子に座った。


「しっかりしているね」


 そういってももは揺らし始める。ミカも便乗して椅子をロッキングチェアのように扱い始めた。


 そんな二人を瞳は眺めていると、稔がスカートを畳んで隣にしゃがみこんだ。


「なんだか、楽しそうだね」


「たまにある緩やかに進む日常じゃない」


「そうだね」


 何か続けて言いたさそうな気配を感じた。瞳は稔の方を向く。稔は気づいているが、顔は椅子で遊んでいる二人の方向を向いたままである。


「どうしたの?」


「いや」


 思ったことを口に出すのはよそう。瞳はあえて口にしなかった。


「ももとミカってずっとああなの?」


 瞳はおでこに垂れてきた前髪を横に払ってから答えた。


「私が知っている限りではそうだね」


「そうなんだ」


「ももといるときは、ミカの張り詰め方が異なる。少し肩の力が抜けている気がする」


「ももも同じだね。私とミカじゃ、なんだろう。信の置き方が違うというか」


 稔の言いたいことは瞳にも何となく伝わっていた。


「ミノ、何してんの?」


 また、近づいて来る生徒がいた。瞳は知らない男子生徒である。


「カキじゃん。なんでここにいるの」


 その生徒は後頭部を右手でかきながら、ミノの隣にしゃがみ込んだ。三人が横に並んでしゃがみこんだ姿は串のない三色団子のようである。


「いや、俺アウトドア部だし。ミノこそなんでここに」


「私達は手伝い。随分多いね」


「まあ、部員数は四番目だからな」


 瞳は何も感じずに話す稔に対して、何処かぎこちない男子生徒を見て、何かを察したように立ち上がる。


「どうしたの?」


「ちょっとね」


 瞳は椅子をロッキングチェアのように揺らして遊ぶ二人の元に駆け寄った。


「瞳も座る?」


「いや、いいわ」


「急にどうした」


「何となくね」


 ももは稔と男子生徒が話している姿を見て理解するが、ミカは特に何も思わない。


「三人とも」


 横川の呼びかけに三人は同じ方向を向いた。ももの正面から横川は歩いてやってくる。


「申し訳ないけど、アウトドア部うちの部室から取ってきて欲しいものがあるんだ。今、部員は手が離せないから代わりに行ってもらえる」


「はい」


「ロッカーの上に上がっているタープなんだけど。ロッカーは部室入ってすぐに」」


「わかりました」


 瞳がそう答えると、横川はズボンのポケットに入れていた鍵を投げ渡した。鍵は瞳の頭を越すが、ミカがジャンプしてキャッチした。


「ナイスキャッチ」


 いや、大暴投だろう。そう突っ込みたくなる投げっぷりだった。ももを残して瞳はミカを連れて、部室棟へと向かった。


 二人はアウトドア部の作業を邪魔しないように、校舎に寄って進んでいく。


 どんどんテントは立ち上がっていく。二人用から大人数用まで、アウトドア部が持っているテントは次々と整備の為、一度組み立てられていた。


 アウトドア部の部室は部室棟の一階である。二人は一階の入り口の引き戸から入っていった。


 部室棟は校舎の二階と渡り廊下で繋がっている。しかし、一階はそういった類のものがない。理由としては校舎南側に面しているグラウンドに車両を乗り入れるからであった。


 手前から三つ目の部屋がアウトドア部の部室となっている。同じ一階にある他の部屋からは、声が漏れていた。二人は足音を立てずにスタスタと歩いていく。


 ミカが鍵を開けて室内に入った。室内は様々な物でごった返しあった。いつもこうなのか、今回だけか。それはわからない。


 足の踏み場もない室内に二人は忍者のようにかかとを付かずに踏み入った。瞳が部屋の扉を閉めた。タープは横川の言った通りの場所にある。


 だが、ロッカーは二人の背丈よりも少し高い。何とか手は届くが、引っ張り出せるような感じではなかった。


「椅子使いましょう」


 瞳が近くにあった椅子を持ってきて、ロッカーに寄せた。ミカは座面に上がり、両手でタープをロッカーから下ろす。瞳は椅子を支えていた。


 タープはやや重たい。ミカが床に立てると鈍い音がした。タープに使用する骨組みの音だろうか。


 すると、扉の方から物音がした。何かが寄り掛かったような音である。ミカと瞳は反射的に身を潜める。その場で静止していた。


 音が鳴り止む。誰かが扉の近くにいたのだろう。瞳は室内から出ようとノブに手をかけた。


 扉は引いても動かない。鍵がかかっているようだった。


「どうしたの?」


「開かない」


「えっ」


 ミカは持っていたタープを壁に立てかけて、扉のノブを引っ張った。扉はピクリとも動かない。隙間は一ミリも開かない。


「鍵は?」


「持ってる」


 ミカは鍵を取り出して、鍵穴に入れようとしたが、扉には鍵穴が一切ない。


「内側から鍵は掛けられる筈」


 ミカの指摘通り、内側から鍵を掛けられるようにツマミはある。しかし、ツマミは開く状態になっていた。


「閉じ込められた」


「そうね」


 瞳は周囲を見渡した。すぐさま目に入ったのは南向きの窓ガラスであった。


「ミカ、窓から出られない」


「……やってみる」


 二人は四枚の窓ガラスをそれぞれ開くかどうか、窓枠を確かめる。


「これ、はめ殺しだ。それにレールが無いから開かない」


「そうね。これは本当に閉じ込められたわね」


 廊下側の出入り口は一つ。扉は何故か開かない。南側の窓は全て開かない。二人に残された手段は限られた。

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