第27話 透き通った声

 火曜日の昼休み、ももと稔は屋上にいた。


 コンクリートの上にブルーシートを敷いて、二人はコンビニで買ったパンを食べていた。


 軽快なリズムでスカートのポケットから鳴り響くメロディ。ももは持っているパンを膝の上に置いて、スマホの画面をスワイプした。


 耳に当てると聞こえてきたのは自動音声の声であった。何も口にしないももの様子に気付いて、稔が声をかけた。


「どうしたの?」


「世論調査だって」


「答えてみれば?」


 ももはスピーカーにして、二人の間にスマホを置いた。自動音声はそんな二人を気にもせず、話続ける。


「貴方は現在の政権を支持しますか。支持するならば1を、支持しないならば2を、わからないなら3を押して下さい」


「どれがいい?」


「ももが好きなの選んだら」


 ももは4を押した。すぐさま自動音声から返事が返ってくる。


「そうですか、よくわかりませんが」


「なんちゅうこと言ってくるんだ」


 稔は自動音声ツッコミを入れた。


「貴方が与党を支持しない理由はなんですか。気に要らないなら1を、それ以外なら2を押して下さい」


「随分乱雑な選択肢だね」


「とりあえず、2を」


 ももは2を押した。押してからタイムラグのような微妙な間があった。自動音声が再び流れる前に、ガタっと音が聞こえる。


「どうした?」


「野党は……」


「無視なの?」


「野党は内閣不信任案を提出する予定でしたが見送りとなりました。それについてどう思いますか。提出すべきだったと思った場合は1、提出する度胸のないと思った場合は2、意気地なしと思った場合は3、提出しても否決だろうと思った場合は4を押して下さい」


「誰が選択肢を考えているのだろう」


「どれ選ぶ?」


「じゃあ、まだマシな1で」


 ももは1を押した。選択肢には何処か嫌味が隠されている。本当に調査になっているのか。疑問しか浮かばない。しかし、その疑問をよそに質問は続く。


「次に与党は政治と金の問題に幕引きを図ろうしていますが、貴方はこれをどう思いますか……」


「選択肢はないの?」


「次に――」


「こっちの答え聞いてないけど」


 質問はマシンガンのごとくに続いていった。それに対して、ももは適当な数字を押していく。全部で十三問の質問にももは適当に答えていく。それほど真剣に答えている感じはしない。これが、世論調査どれぐらいの影響をもたらしたのか知る由もない。


 世論調査が終了すると二人はコンビニで貰ったビニール袋に食べたパンの袋を詰め込んでいく。


 屋上は風が吹いていない。太陽に照らされ続ける中で、稔は手首まで袖のあるパーカーを着ていた。


「暑くなるね」


「これからはもっと」


 昼休みも残り時間が少なくなった。二人は校舎内に入って下の階へ降りていった。


 二階の南側は特別教室が並んでいた。スピーカーから聞こえる校内放送を無視すれば閑散としている。


 特に用事はない。ただ、そのまま教室に戻るには少し味気なかった。時間を潰したいのだろう。ももは稔の後ろをついていく。


「ちょっと止まって」


「うん」


 ももが声をかけて稔が止まった。ももが廊下の端に寄ると、稔もそれにあわせて端に寄った。二人の前を二人組の男子生徒が横切っていく。ももは過ぎ去っていくのを待ってから話始めた。


「それでね、髪にゴミが絡まっている」


 ももは自身の右耳の上を指差す。稔は同じ所を手で触った。すると手に取れたのは黒くて短い糸である。髪の毛よりも太い。稔はそれが何かわかっていた。


「パーカーの糸か。指定だから着ているけど、糸出るんだよね」


「そうなんだ。その話は聞く。あんまり製法が良くないんじゃない」


「やっぱり。生地は乾きやすいから洗っても乾きやすくてね。いいけど」


 稔は服の袖の生地をやさしく引っ張って離す。二人の会話に若干の間が開いた。


 他の人といた場合、この間は微妙にぎこちない。何か無理に話題を作ることをやってしまいがちであった。けれど、二人の間にはそれがなかった。


「時間に追われるって嫌だよね」


「仕方ないって割り切っていた」


 何となく、ももはそう返してくることが予想出来ていた。ももの普段は会話の中で注意深く聞いていると浮かびあがる。


「ねぇ、知っている」


「何?」


「この町の北にある當奨高校では昼休みに路地でバザールが開かれるんだって」


「荒環史高校も北にあるけどね」


當奨とうしょう高校は複数のキャンパスに別れているからね」


「ももは行ったことあるの?」


「オープンキャンパスでね。この前、黄輪祭のプリント配られたの覚えている?」


「プログラムと大まかな地図書いてあるやつのこと?」


「うん、あのチラシ見ていて思い出したんだ」


「へぇ~」


 他愛もない会話が続く。稔は興味が全くないようであるような曖昧な返事をした。


「黄輪祭は保護者来ないからいいよね。小学校の運動会とか見に来るのがあまり好きじゃなかったな」


「親御さんに何か言われるの?」


「親と言うよりは弟にね。足が遅いのを家に帰ると散々に言われるから、あんまり好きじゃなかったなって」


「やっぱり兄弟とかいるとそうなんだ。私は一人っ子だったから、いつもただ一人」


「気楽に見えていたな」


「その分の圧もあるから」


 時間はある程度潰れた。五分前の予鈴が流れる。二人は教室を向かって歩き始めた。


 窓辺に寄りかかっていた影響か、背中が温まっていた。暑くなる手前である。


 教室に入ると、二人に気付いて声をかけてきた生徒がいた。稔と同じ色のパーカーを着ている。


「おう、ミノ。阿部。戻ったか」


「宮川、どうしたの?」


 その生徒は透き通った声で居ない間に起こったことを説明した。


「二人を探していた生徒がいたぞ。確か、隣のクラスにいる目つきの悪い奴。名前は何だったかな」


 それだけ言えば誰かはわかる。ミカのことであった。だが、急用ならば電話をかければいい。そうしない理由は何かあるのか。


「どうもね」


 稔がそう言うと、宮川は手を振った。ももは教室に備え付けられていた時計を見る。今から隣のクラスに行くことは出来るが、隣のクラスは電気がついていない。移動教室なのか。


 ももは席についてスマホを開いた。通知欄に着信のマークがついている。ミカからである。


 何故、着信に気付かなかったのか。それは昼休みの出来事を思い出せば簡単にわかることだった。






 ももと稔が屋上にいた昼休み。瞳は一人で食堂に来ていた。


 上空から見るとカタカナの"ロ"のような形をした校舎の真ん中にある食堂は、校舎の北と南で行き来出来るように結ばれていた。


 食堂は二階建てとなっているが、二階の中央は吹き抜けという造りであった。四辺を囲うようにテーブルは設置されている。二階の席は生徒に人気があった為、すぐに満席になりがちであった。


 瞳はその中の一席にある人物と座っていた。


「失礼ですが、織姫の生徒と交流がありますよね」


 瞳の前に座る女子生徒は、顔色を変えることなく質問を行う。懐疑心が先行した表情は瞳にとって、よりわかりやすい表情である。


「知り合いはいますよ」


 瞳は誤魔化すことなく、はっきりと答えた。


「やっぱり……」


「それが何か」


「あまり、仲良くしない方がいいと思います」


 相手を知っているかの言い方である。その考えはあながち間違いではない。


「知っていると見ていいかしら?」


「有名ですから、若月樹乃は。織姫の新御三家」


「肝に銘じます」


 生徒会から選出されたこの生徒はすずとは異なるタイプであった。何処か融通が利かない。まるでこちらを監視する目的で動いている。そのままの人物であった。


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