第9話
「ええと、私の、絵?」
携帯を持つ手を下にさげつつ、ぱちりと長い睫毛を上下させて瞬いた
それからメグリは、
明らかに作為的な、少女らしさを装ったポージングと、上目づかいの表情。まるで、あたりにキラキラと金粉をまき、蝶を飛ばし、花でも吹雪かせているのかのような空気を演出しながら、メグリは四方津に交渉を続けている。
トウマは、ごくごく短時間しかメグリと接触していない。彼女の何を知っているといって、そのほとんどは
『メグリさぁ、今めちゃくちゃ必死にぶりっ子してるよね』
横からぽつりとつぶやいた白家星に、(あ、身内から見てもやっぱりそう思うのか)と思いつつ、トウマは小さく口元を引き攣らせた。
「星さん。令和ではね、あざと女子って言うんだよ……」
『あっ、ちょっと。さすがにあたしだって、あざといくらいは知ってるよ⁉』
「咄嗟のときに出てくるのが、本音と年齢って親父が言ってた……」
『
「――とり憑かれても面倒なんで、とりあえず南米とだけ……」
『まって、南米? 国外なの?』
二人が小声で、とてつもなく、どうでもいいやり取りをしているうちに、どうやらメグリは交渉を成立させたらしい。
「じゃあ、ほんとに十分だけね。このあと職員会議があるから、遅れられないのよ」
「はい。ほんまにありがとうございます。キレイに描けてたら、後日もうちょびっとだけ、仕上げのために時間とったってくださいね」
「はいはい」
メグリに促された四方津が、近くにあったベンチへ腰かける。ふいと顔を上げたとたん、四方津とトウマの目が合った。
「ええと、清末さんよね?」
「あっ、はい」
「どうしたの。あなた、美術部じゃなかったわよね?」
思わず「ふぐっ」とつまる。確かに、自分が今ここにいる理由など、他人の目からしたらわからないことだ。というか、思い切り不自然だ。
どうしようどうしようと、トウマが頭の中だけでサンバを踊っていると、四方津が座ったベンチの、隣のベンチに腰かけたメグリが、スケッチブックをめくりつつ「見学です」と助け船を出した。
「入部希望だそうで」
付け加えられたメグリの言葉に、トウマはありがたく乗ることにした。にへらと笑って「そうなんです」と頷く。
「でもあなた、たしか外部受験希望してなかった? バスケ部も引退したから、そのまま勉強に本腰入れるのかと思ってたけど」
学年も違うのに、よく把握しているなと驚く。
『彼女、いい先生だね』
白家星がつぶやくのに、本当にそうだとトウマは小さく頷いた。
だがしかし。
トウマは邪魔にならないよう、ひっそりと音もなくメグリの背後にしのびよった。メグリは早々に鉛筆を走らせている。写し取っている四方津の姿は、膝上の全身像だ。瞬く間に当たりがつけられてゆく輪郭は、筆を急がせているからなのか、先日見た少女のバストアップの絵とは、少し筆致が違うようにも思える。そして、そこには実体だけではない、トウマの目が捕らえている、黄金色の影も描き込まれていた。
「見えてるのか」
『そういうこと』
隣から白家星が肯定したのと同時に、はっとメグリの目がトウマに向けられた。トウマの目と、自身がスケッチブック上に描いたものとを交互に見てから、メグリは鋭い目で鉛筆の先を、描いたばかりの黄金色の影の輪郭にざざっと走らせた。
トウマは眉間に薄く皺を刻んで、こくこくと頷く。
あんた、見えてんの?
ああ、見えてる。
無言の内の問いと答え。
「――話はあとや」
「了解」
メグリは、それから再び作業に集中しはじめた。残り五分と少々。筆の走り方が早く細かくなる。
「先生って、中学からずっと白玉だったんですよね?」
「ええ、そうよ」
メグリの問いに答えた四方津の後れ毛を、風がさわさわと揺らしてゆく。
「そうね。十二のときからずっとここ。あんまりにも様子が変わらないから、なんだか私もあの頃からあんまり変わりがないような気もするんだけどね」
「タイムカプセルみたいですもんね、ここ。ああ、でも共学にもなったわけですし、どこかしら変わりはしたんと違います?」
「それは多少はね。でも、基本的に男女はクラスも棟も別じゃない? だから女子部の担当をしていると、景色はあんまり変わらないのよ」
「確かに。男子だけ旧棟に押し込められてる感じはしますよね」
「旧棟っていっても、あれもわりと近年の建築なのよ?」
「そうなんです?」
「本当の初期の棟は潰してしまって、その上に建っているのが新棟――つまり今の女子棟ね。資料館に当時の写真があるわよ」
「へえ、今度行ってみますね。ありがとうございます。――でも、アレですね」
「アレって?」
「十代の長い期間、ほとんどここで過ごさはったんやったら、恋の噂のひとつくらい、聞いてはりません?」
ゆらり、と、四方津の肩から
『ビンゴ』
白家星がつぶやくのと同時に、メグリの視線が伏せられたまま、きらりと光った。
「――ええと、白家さん。それは、学内で、という意味で聞いてる?」
「はい」
メグリは「ふふ」、と微笑むと、増した分の黄金の影を描きたしていった。
「そういう先輩方がいらっしゃったなら、どんな気持ちでここでの日々を過ごさはったんか、聞いてみたかったなって。――同じ気持ちでいてはったんかなって」
ぱちり、と四方津が瞬いた。そして、「ああ、そういうこと」と微笑むと、なぜかちらりとトウマを見た。
「まあ、そういうことと、思といてくださって大丈夫です」
メグリの言葉で、さすがにトウマも察した。
なるほど、と白家星へ視線を投げると、星は薄く目許を細めて微笑み頷いた。
『あの影はね、憑いた者の恋愛感情に反応するんだ。自身の感情でも、外部刺激であっても、どちらでもいい』
「――つまり、アタシを話の
『ぴんぽーん』
白家星は両手でおおきく丸をつくって、そう口に出した。
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