第3章 ヒトならざる者との相違点——The struggle for survival





 二〇四五年四月十六日 土曜日



 最初のフェノメノン討伐から5日が経った。

 あの日以来本気の戦闘をするような事態はおきていない。せいぜいツチノコ(当然ながらフェノメノン)探しの為に山を駆け回って筋肉痛になったくらいか。

 ちなみに見つけたツチノコは、特に危険性はなかったとのため、現在はフォルトゥナが飼育しているらしい。……いいのかそれは。

 


 そして今日は土曜日。当然ながら学校は休みだ。

 中学生の妹は友達と遊びに出かけ、大学生の兄はバイトで不在。両親は夫婦水入らずで朝からラブラブな雰囲気なのでとてもじゃないが家には居られない。

 となれば、外をぶらつく以外の選択肢はなかった。


「ったく、二人とも四十過ぎてんだぞ……夫婦円満なのはいいけどもっと自重しろっての。恥ずかしいんだよ」

『それに関しては私も同感…………それはそうと、今日はどうするの?』

「そうだよなぁ。玄野達は用事あるみたいだし、永羽はアートラウザーのメンテの為に『RECORDER』本部に行くって行ってたし……」


 外に出てきたはいいが、予定がない。

 春休みに調子乗って古本屋でマンガを買いまくったせいで財布の中身も心許く、金を使った暇つぶしもできない。

 両親のイチャイチャは無駄に長く、夕方くらいまで帰れなくなることもザラにある。

 さあどうしたもんかと八織と共に考えながら歩いていた大悟だったが、住宅地の外れまで来た時、ふとあるものが目に入り足を止める。


『どしたの大悟。立ち止まっちゃってさ』

「…………いや、あれ」


 大悟が指さした先。

 そこには、黒いワンピースを着た無塚叶恵なしつかかなえがいた。

 右手には店で買ったらしい花束を抱え、左手には柄杓ひしゃくと水の入ったバケツをぶら下げている。


 彼女がいたのは、住宅地の外れの小高い丘の上にある墓地、その入り口だった。

 花束を持って来ているあたり、墓参りに来たのだろう。手に持っているバケツや柄杓はおそらく墓地の備品なのだろう。


 叶恵は大悟に気付いていないのか、そのまま墓地の中へと入ってゆく。

 周囲には他に誰もいない。この場だけが、まるで異空間と化したかのように静寂に包まれていた。


「墓参り、か」

『…………………………』

「……………………その沈黙はなんですか八織さん?」


 まるで何もないところを見つめる猫のように沈黙している八織に、大悟はわずかながら嫌な予感を覚える。

 そして、ソレはすぐに現実となった。


 



 


     ◇      ◇      ◇



 ――時折。

 好奇心から、ヒトは思いもよらぬ愚行に走るという。

 

 端的に表現するならば、大悟達は叶恵の後をつけはじめていた。

 主導はもちろん八織。大悟はとめようとしたのだが、八織があまりにもしつこいので根負けしてしまい、こうしてこそこそと木の陰から叶恵を覗く羽目になってしまった。

 

「あのさあ八織。いくら気になるからといってもさ、人には踏み込んでほしくない領域ってもんがあると思うのよ。特にさぁ、他人の墓参りとか絶対覗くもんじゃないだろ」

『互いのことを知るきっかけを作ってあげようとしてんのよ。歳上なりの気遣いだってのそれくらい理解しなさいよ』

「お節介極めすぎなんだっての、母親かお前」

『多分だけど、アンタの母親も似たようなことするでしょ』

「否定できねぇ……」


 二人がしょうもないやりとりをしている間に、叶恵は目的地に辿り着いていた。

 叶恵が立ったのは、墓地の外れにある、大きな桜の木の下にぽつんと生えている墓石の前だった。

 叶恵は墓石に打ち水をし、線香を立てて手を合わせる。


 しばらくの間手を合わせた後、叶恵は空になったバケツを手に持ち、背後を振り返る。

 そして、


「――あのさ、尾行するならもっとコソコソしたら? そんなだいたんな尾行をする人初めて見たかも」

『………………ごめんなさいゆるしてください』

「…………ごめん」


 ――普通にバレていた。

 至極真っ当な指摘をいただいた大悟は、その場で縮こまる他なかった。言い出しっぺの八織も、流石にバレた後も開き直るだけの胆力はなかった模様。


『たまたま見かけてさ。そしたら気になっちゃって……』

「別に構わない。隠すつもりもなかったし」

「その墓……お前の親のだったりすのか?」

「フェノメノンには基本的に親子関係は存在しない。ただ、一定量の幻想と認知が集まった瞬間に実体化ポップするだけ」

「じゃあ、この墓は……」

「人間的な表現をするならば、育ての親――あるいは恩人と言うべきかも」

『恩人、か』


 その表情が何を示しているのか、大悟は痛いほどに知っている。

 戻らない何かを懐かしむ顔。失ったものに想いを馳せる眼差しだ。

 

「…………俺もちょっとだけ、お前の気持ちが分かるよ」

「?」

「俺もさ、中学の時に友達を事故で亡くしてて。だからかな、自分の周りから何かがなくなるのがたまらないほど怖いんだ。欲張りなんだよ、俺は」


 大悟は自らの手のひらを見つめる。

 お世辞にも強く大きいとは言えない、どちらかといえば頼りないという言葉の方が似合う、矮小な手。

 それでも、一度手にした物は手放したくない。

 そのための手。


 しばらくして。

 叶恵が口を開く。

 

「墓場で立ち話ってのもあれだし、ちょっと移動しようか」




    ◇     ◇     ◇

 



 叶恵に連れられて大悟がやってきたのは、寂れた神社だった。

 鳥居の傍に立っている汚れた看板には、掠れた字で『長巻神社』と印字されている。

 石段を登った先にある境内は、長年放置されてきたのかかなり荒れていた。そこかしこに雑草が生い茂り、本堂の瓦はそこかしこがなくなっている。賽銭箱に至ってはヒビが入ってそこから中には溜まっていた雨水が漏れている。こんな有様ではわんぱく小僧すら近寄らないだろう。


 大悟と叶恵は、境内の端にある木製のベンチに並んで腰掛ける。

 ベンチからは、天ツ橋の街並みが一望できる。荒れ放題の神社とは対照的に、そこからの眺めは圧巻だった。


「ここで私とお父さんは出会った。人間に追われて行き倒れてた私を拾ってくれたんだ。お父さんは私に色々なものをくれた。衣食住から人並みの愛情、今使ってる“連理の大鎌チェインリーパー”だってそう」

「人間に追われて、って……」


 初っ端から壮絶なワードが飛び出してきた。

 大悟は深く言及する気にはなれないが、恐らく叶恵は相当な苦労を経験したのだろう。


「フェノメノンがどうやって誕生するか知ってる? フェノメノンは人間や他の生き物のように、親から生まれるわけじゃない。ただ、何も無い場所から自然発生する。だからかな、私には実感がないんだ。自分がちゃんと存在しているという感覚が」

「存在している感覚?」

「多分、他のフェノメノン達も同じだと思う。私達は人の描いた幻想から生まれる。裏を返せば、誰かが空想しなければこの世に生まれることができない。その存在の不安定さが、フェノメノン達を駆り立てるんだ。“自分を見て欲しい、認めて欲しい”って。それが行き過ぎると、人間に危害を加え始める」


 あくまでも私個人の見解、と叶恵は最後に付け加える。

 だが、あながち間違いではないのかもしれない。

 思い返してみれば、紫ババアも口裂け女も、そしてムルクスも。大悟達が戦ったフェノメノンは皆共通して、己の存在を主張するかのような言動をとっていた。

 彼らはただ人間を見下し、憎んでいたわけでは無い。自身の存在を誇示していたのだ。

 『自分達を幻想と断じないで欲しい』『自分達は今ここに居る』――あれは、フェノメノンの人間に対する存在証明の一種なのだ。

 人間に危害を与えるという点では間違っているが、その動機までもを否定することは大悟には出来なかった。


 しばらくの間、大悟は眼下の街並みを眺めていた。

 そして、叶恵に訊ねる。

 

「じゃあさ、叶恵はなんで人間の為に戦ってるんだ? この間言ってただろ、人間にもフェノメノンにも嫌われてるって。そうまでして人間の為に戦って、何があるんだ?」

「……………………」


 沈黙に包まれる叶恵。

 フェノメノンからは同族殺しの裏切り者と罵られ、人間からは得体の知れないバケモノとして排斥される。

 人間とフェノメノン、どちらにも居場所を持つことが出来ない溢れ者。それが、無塚叶恵という少女だった。

 しばらくして。

 叶恵がぽつぽつと語りだした。


「お父さんに拾われてしばらく経った頃だったかな、なんで私を助けたのか聞いてみたんだ。そしたらなんて返ってきたと思う? “君はこうして話せているし、触れられる。ならそれは一個の生命だろう。幻想なんかじゃない”って」

「………………」

「お父さんは、私という幻想を認めてくれた。だから私も、あの人の理想を肯定してあげたい――いや、現実のものにしたいと思ってる」

「理想って?」

「人間とフェノメノンの共存」

「‼︎」


 叶恵の口から出た言葉。それは紛れもなく、飛馬が掲げていた理想と一語一句違わず同じだった。

 

「あの人はいつも語っていた。“人間と人間から生まれた幻想、それらは本来共存しうるものだ。だが愚かな私達は自らが生んだ幻想を恐れ、世界から抹消してしまった。だから自分は償いたい。あるべき世界に戻したい。それが生き残った自分の役割だから”って」


 その人がどんな人間だったのかは、大悟にはわからない。

 でも、その人はきっと後悔していたのだ。

 おそらくその人はフェノメノン封印に関わってしまったことを悔いて、それを清算するために全てを費やした末、志半ばで死んでしまったのだろう。しかし、その意思を受け継いでくれるものを見つけられたことは、彼にとって幸福なことだったのかもしれない。

 

「人間とフェノメノンの共存……その為のフェノメノン退治、か」

「うん。私にできるのは戦うことだけだったから。人間とフェノメノンの衝突を少しでも減らそうと思って、私は戦った」

「その結果が、双方から恐れられる今ってわけか」

「うん。でも、辛くはないんだ」

「え……?」

「過去に一人だけ、私の差し伸べた手を取ってくれた人がいる。お互いにボロボロで、意識も途絶えかけていたけど、その人は私を信じて手を伸ばしてくれた。あの手の温かさは忘れたくても忘れられない。その人が居るから、今も私は戦える。迷わないでいられる」

「………………そっか」


 叶恵の言葉を耳にした大悟は、そっと笑みを浮かべた。

 拾ってくれた父親に、手を取ってくれたどこかの誰か。希望の星としてはあまりにもちっぽけで微かかもしれないが、それらは確かに今の叶恵を生かしてくれている。その思い出がある限り叶恵はひとりなんかじゃない。 

 ――願わくば、自分もその星のひとつでありたいと大悟も思う。




 しばらくの間、二人は桜吹雪に晒されながら眼下の街を眺めていた。

 天ツ橋の街は変わらぬ平穏を保っている。北部の市街地や西部の田園地帯はもちろん、中央部に浮かぶ人工島、その中心に鎮座する『RECORDER』本部さえ傍から見れば何事もないように見える。

 きっとここから写真でも撮れば、絶対にいい画になるだろう。


『――それにしても、懐かしい場所ね』


 数分ほど経って、沈黙を破ったのは八織だった。

 大悟の左腕の”虚降現想ヴォイドモーフ”から飛び出して姿を現した彼女は、ずっとアートラウザーの中に籠りっきりだった分の自由を取り戻すかのように、悠々と桜舞う空を泳いでいる。


「なんだよ八織、さっきまで黙り込んでたくせに」

『年長者として気を使ってあげてたのよ。若者同士の甘いひと時の邪魔になると思ってたのだけど……ひょっとして邪魔だったかしら?』

「余計なお世話だばーか」

『素直じゃないわね。いつの世もツンデレは損するだけよ』

「男女の関係をなんでも恋愛に直結するな。俺はそういう風潮が嫌いなんだよ」


 ふわふわと大悟の周りを滞空しながらおちょっくってくる八織の額を目掛け、大悟のチョップが振り下ろされる。が、実体を持たない八織に大悟が触れることは敵わず、振り下ろした腕は虚空を切る。こういう時だけは八織に実体がないのが悔やまれる。


「懐かしい場所、って言ってたけど……ここに来たことあるの?」

『そりゃそうよ、なんてったってここは私が祀られていた神社なんだから』

「まじ?」


 唐突過ぎる告白カミングアウトに、目が点になる大悟。

 神社で祀られていたということは、つまり八織は――

 

『そ。私はね、もともとこの神社で祀られてた天ツ橋の土地神みたいなものなの。まあ、今ではすっかり忘れられちゃったから、こうしてアートラウザーの中で隠居生活してるのだけども』

「ちょっと待って、数カ月一緒にいたけど全然そんなの聞いてない」

『そりゃそうでしょうね、話してないし』

(…………そうか、俺って全然八織のこと知らなかったんだな)

 

 八織の素性を初めて知った大悟は、内心少し落ち込んでいた。

 これは、八織のことだけではない。

 永羽の時だってそうだ。大悟は幼馴染みであるにも拘らず、永羽の事情を全然知らなかった。

 自分は身近な人の素顔を知らないのだと思い知らされることが、ここ数日で頻発している。あんがい人は自分にとって間近なものですらよく知らないのだ。大悟はそのことが少し、情けなく思えた。

 

『千年ほど前、私は人々の信仰から生まれた。当時はまだ信心深い人が多かったから、私みたいな神様気取りのフェノメノンがうじゃうじゃいたのよね。村人の悩みを解決してやったり、凶暴なフェノメノン相手に村を守ってやったりと、色々やってたわけ。近代になって私の信者が減ってからは、神社出ていろんなところをふらついては悪い奴をぶっ飛ばしたり強そうなやつと戦ったりと自由に過ごしてたわね。そしたら今度はフェノメノン共から信仰されるようになって…………と、そんな波乱万丈な道を歩んできたのよね』

「後半でいきなり自由謳歌しすぎてない? てかフェノメノンからの信仰って、それどちらかというとヤンキーの舎弟とかその辺のノリじゃないのか」

『まあね。今では皆私のことを忘れてしまった上、私はアートラウザーの中に封じられてしまっているけど。人間達から頼られ、信仰され、共に過ごした思い出は今でも大切に思ってる。これがあるから私は私で居られる。これからも人間と共に生きていける』


 叶恵と八織。人間に拒絶され続けながらも、人間の傍にあり続けようとする幻想達。

 そんな彼女達を支えているのは、どれだけ辛い目に遭おうとも忘れられない光。それは微かで、目を離せばたちまち見失いそうなほどに儚いものだけど。それを知っているから、覚えているから進んでゆける。その尊さは、何があっても汚れない。

 

 コレを幻想という言葉で終わらせるわけにはいかない。

 その為に大悟は何ができるだろうか? 何をすれば彼女達を守れる?


 ――答えは既に提示されている。


「俺は決めた」

『?』

「飛馬の言っていた人間とフェノメノンの共存、その夢に乗っかってやる」


 それはきっと気が遠くなるほどに険しい茨の道かもしれない。

 でも、大悟が考え付く最善の道はそれしかなかった。

 叶恵も八織も幻なんかじゃなくて、ちゃんと今ここにいる。こうして会話できて、互いに触れられて、体温もあるし、腹が減ればご飯を食べる。ただ生まれ方が既存の生命と違うだけで、ちゃんと生きている。

 だからこそ、彼女達が幻想として否定される結末だけはなんとしても抗いたい。そのために、飛馬の理想に賛同する。


 街を眺めたまま、大悟は膝に置いていた両拳を固く握りしめる。

 その時だった。

 大悟のズボンのポケットに入れていたスマートフォンが、けたたましく着信音を鳴らし始めた。

 否、大悟のだけではない。叶恵のスマートフォンも同様に、大音量の着信音を発している。


 先程までの静かな雰囲気を粉々に打ち砕くように、廃神社に着信音が響き渡る。ここが満員電車の中だったら、今頃大悟達は全乗客から視線の針で刺されまくっているだろう。


 スマートフォンの画面を見ると、そこには飛馬からの着信を知らせる通知文が表示されている。

 このまま着信音を鳴らし続けていても煩いだけなので、とりあえず大悟は通話に出ることにした。


「もしもし飛馬さん? 突然何なんですか、ひょっとしてまたフェノメノン絡みの事件かなんかですか?」

『もしもし大悟くんッ、僕だ飛馬だ!!!!』

 

 通話に応じるなり、切羽詰まった飛馬の声が飛び込んでくる。


「どうした? そんなに焦って――」

『緊急事態だっ、『RECORDERレコーダー』本部が襲撃されているッ!!!! 直ちに来てくれッ!!!!』

「なっ⁉ 」 

『敵の素性はまだ把握できていないが、本部最下層に向けて移動中なのは確か。奴らの狙いは恐らくモルグボックスだ。あれには大量のフェノメノンが封印されているからね。解放、強奪、破壊――何が起きてもおかしくない。今永羽ちゃんや心音ちゃんが交戦中だが、それもいつまで持つか…………大至急加勢し――』

 

 そこまで言って、轟音と共に飛馬の声が途切れる。

 スマートフォンのスピーカーからはそれっきり肉声が発せられることはなく、大悟の耳に届くのは壮絶な破壊音だけだった。


 目の前の街並みに再度目をやると、そこには先ほどまではなかった黒煙が立ち上っている。

 その根元は勿論、『RECORDER』本部のある人工島だった。


「…………大悟、どうするの」

  

 傍らにいる叶恵が訊ねる。

 答えは決まっている。

 

「行くぞ、叶恵」

「うん」

『私もいるのを忘れないでよね』


 二人の幻想しょうじょを伴い、少年はベンチから立ち上がる。

 めざすは一点、『RECORDERレコーダー』本部だ。

 

 

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