第2章 つまらない世界の裏側は———Phenomenon④



 夜の校庭グラウンドに轟音が生じる。


 なんてことはない。

 魔神ムルクスが四階の音楽室から突き落とされたのだ。


「ッ、小娘共ッ‼︎ まだ演奏は始まってないってのにッ‼︎」

「先手必勝は対フェノメノン戦の定石だよ」

「誰がフェノメノンの演奏なんか聴くかっての‼︎」


 グラウンドに半分埋まったムルクスの巨体、その上から無塚叶恵なしつかかなえ現辺永羽うつつべとわが飛び降りる。

 両者の手には起動済みのアートラウザー。

 どうやら速攻でケリをつけるつもりらしい。


 一方。

 黒鋼大悟くろがねだいごは、半壊した音楽室に取り残されていた。

 

「まっ、二人とも早っ…………、つーかよくこの高さから臆せず飛び降りれるよな……」

『何怖気ついてるの、早く飛び降りなさい。大丈夫、アートラウザー起動中は私の力が貴方の身体能力に加算されてるから、これくらいの高さから落ちたって怪我しないわよ』


 八織が発破をかけてくるが、だからといって飛び降りれるわけがない。これは気持ちの問題なのだ。


 しかし、ここで怖気付いていても仕方がない。

 アートラウザー使いとして戦うと、自分で決めたのだ。ここでやらなければ男どころか人間としてみっともない。


「ええいままよッ‼︎」


 意を決し、大悟は崩れた壁を越えてグラウンドへと飛び降りる。

 着地の瞬間、全身に強烈な振動が伝わったが、痛みは殆ど無かった。足が砕けていたりもしない。大悟は五体満足でグラウンドに立っていた。


「遅いわよ大悟」

「数日前まで一般人だった奴が紐なしバンジーできると思わないでください」

「いつまで吾輩の前で呑気におしゃべりしてるつもりだァ……?」

「ッ、来る!」


 ムルクスが口部を形成しているシンバルを大きく打ち鳴らす。

 すると、その音は予想を遥かに上回る爆音となって大悟達に襲いかかった。


「だっ……………………なんだこの音ッ⁉︎」

「煩ッ……てか耳潰れるッ‼︎」


 あまりにも音が大きすぎて互いの声も聞き取れないどころか、平衡感覚すらあやふやになってゆく。まるで脳を直接掴まれてシェイクされているような気分だ。

 おまけに。

 

「なん、だ…………身体が重い…………!」

『どうしたの大悟⁉︎』

「ただ煩いだけじゃない、身体がめちゃくちゃ重くなってる……‼︎」


 まるで全身に泥を浴びせられたかのように、身体が重たくなっている。

 立っている事なんて到底できそうになく、大悟はその場に四つん這いになってしまう。

 隣に目をやると、永羽も似た様な状態になっているのか、剣を杖代わりにしてその場に膝をついている。


 おそらく原因は、ムルクスの爆音。

 爆音と共に周囲に撒き散らされている特殊な振動波、それにより生じたプレッシャーが大悟達の動きを阻害しているのだ。


「ははははははッ、その軟弱っぷりで吾輩を倒そうなど、その気になっていた貴様らの姿はお笑いだったぜ‼︎」




「――へえ、じゃあコレに気づけない貴方の方がもっと間抜けってことだよね」



 その時、ムルクスの背後から声があった。

 声に反応してムルクスが振り向こうとした直後。


 ゴバァッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ と。

 ムルクスの真下に生じていた影から“連理の大鎌チェインリーパー”を携えた叶恵が出現し、ムルクスの頭部を下から真っ二つに両断した。




「小娘……………………ッ、なぜ動ける⁉︎ 吾輩の音楽こうげきはあらゆる人間に作用する筈……!」

「残念だけど、私は人間じゃない。だから貴方の音楽そうおんには何も感じない」


 頭部を縦に両断されながら困惑するムルクスに、続けて叶恵の“連理の大鎌チェインリーパー”の刃が襲いかかる。

 甲高い金属音が響き渡り、ムルクスね左肩にあるチューバが切り裂かれる。

 

 ここで、ムルクスの脳裏に浮かぶ一つの疑問。

 ――初撃では全く通じなかったはずの叶恵の攻撃が何故通じている?


「一つサービスしておく。このアートラウザーに封印されているフェノメノンは、魔犬オルトロス。その能力は『一度の攻撃で二撃分の傷を負わせる』。二首の魔犬による寸分違わぬ同時攻撃、貴方に防げる――?」

「っ、聞いた事がある……人間の味方をする裏切り者のフェノメノンがいると……まさかお前がッ‼︎」

「人に害なすバケモノに裏切り者呼ばわりされる謂れはない。だから死んで」


 ムルクスが足で叶恵を押し潰そうとするが、叶恵はその際に出来た影にすかさず潜り込んで回避する。

 そして、ムルクスの背後に伸びた影から出現し、その背中に三度目の攻撃を命中させる。


「凄い……あれが叶恵の本気」

『影に潜航していた……? つまり、あれが叶恵ちゃんの能力って事なのか?』


 腕章を介した通信越しに飛馬が呟く。


『すまない、先程のムルクスの攻撃で待機してた職員達が軒並みやられてしまった。僕一人で支援をするつもりだが――あまり期待しないで欲しい』

「っ、でもやるしかない‼︎ 行くわよ大悟、いつまでも叶恵フェノメノンに遅れをとるわけにもいかないでしょ‼︎」

「あ、ああ‼︎」

「馬鹿めっ、たかが手札を一つ潰したくらいで勝った気になりおって!」


 叶恵の反撃を機に攻勢に移ろうとする大悟と永羽。

 そこにムルクスが、マラカスでできた左腕を振り下ろしてくる。


『防御して大悟‼︎』

「分かってる‼︎」


 八織の言葉にそう返しながら、大悟は自身の前方に氷の防壁を生成する。

 大ムカデの腐食液ですら溶かせない強度を誇る氷の壁。それを突破するのは至難の業――の筈だった。


「――甘い」

「なっ⁉︎」


 振り下ろされたムルクスの左腕は、氷の防壁を最も容易くぶち破り、大悟の身体をサッカーボールの様にぶっ飛ばした。


「大悟ッ‼︎」

「ッ――」


 グラウンドの端にある体育館、その外壁に叩きつけられた大悟はよろよろと立ち上がる。

 八織の力で身体強化されているとはいえ、今の攻撃を受けてまだ五体満足である事が不思議なくらいだ。


『ッ、来るぞ大悟くん!』

「くそっ、防御できないってんならカウンターだ‼︎」


 立ち上がったばかりの大悟に、ムルクスの追撃が迫る。

 大悟は手足に氷の装甲を纏うと、ムルクスを迎え撃つべく構える。


 しかし。


「効かぬわッ‼︎」

「がっ――」


 大悟の氷の拳とムルクスのマラカスの腕が触れた瞬間、大悟の氷が砕け散り、そのまま大悟は体育館の壁を突き抜けて殴り飛ばされてしまう。


「コレで一人脱落。あの蛇女を調伏したと聞いていたが、大した事ないでは無いか」

「へえ、じゃあアタシはどうだってのよ」

「ッ‼︎」


 大悟を倒した事で気が大きくなっていたムルクスは、いつの間にか永羽が自身の頭上に乗っていることに気づいていなかった。

 ムルクスは永羽を振り落とそうとするが、それよりも早く、永羽の双剣がムルクスの眉間に突き立てられる。


「ッ、何故コイツの攻撃も効いている⁉︎ まさかあの裏切り者と同じく、武器に細工がッ――」

「教えるわけないでしょ、大人しく死ねッ‼︎」


 そのまま永羽は、傷口を押し広げる様に双剣を振り上げると、ムルクスの反撃を交わして地上へと降り立つ。

 そこに、影に潜航していた叶恵が現れて一言。


「――やるね永羽」

「アンタに褒められるくらいなら死んだ方がマシよ、この人間モドキ」




      ◇     ◇     ◇

 


 

 少女達が戦っている中。

 瓦礫に半ば埋もれながらも身体を起こそうとする大悟に、飛馬からの通信が入る。


『――共振現象だ』

「何?」

『ムルクスのやってたトリックさ。物体の固有振動数に合致する振動を与える事で、その物体を振動させて破壊することができる。音とは振動、故に音を操るムルクスには共振現象を意図的に引き起こす事も可能なんだ』

「っ、じゃあいくら氷を生成しても砕かれるって事じゃないか⁉︎」


 大悟の視界の先では、叶恵と永羽がムルクスと交戦を続行している。

 その上空では、心音が未だにベートーヴェンの肖像画と激しい空中戦を繰り広げており、とてもじゃないが彼女の加勢は期待できない。


(落ち着け俺――他に出来ることは無いのか⁉︎ この程度で役立たずになってしまっていいのか⁉︎)


 大悟の中で焦燥が膨らむ。

 皆が命懸けで戦っている中、自分は何もできてはいない。

 ――また、守られるだけ。


(俺に、出来ること――)


 その時だった。

 突如として、原因不明の頭痛が大悟を襲った。


「が――がはっ……………………⁉︎」

『大悟っ⁉︎ どうしたの⁉︎』

『何がおきたんだっ⁉︎ くそっ、医療班も全員気絶してしまっているしどうすれば――』


 心配する八織や飛馬の声が耳に届くことはない。

 大悟はただひたすら頭を押さえながら、断続的な叫びを上げることしかできない。


 この感覚を、大悟は知っている。

 アートラウザーを初めて起動した時も、同じような痛みを感じていた。

 まるで自分の中に何かが入り込んでくるような、そして何かが自分の身体を内側から突き破ろうとしているような。そんな得体の知れない痛みだ。


「が、ばっ…………ががっ、あああああああああああッ‼︎‼︎」


 夜空に向かって、声を枯らす勢いで大悟が叫ぶ。

 ――その瞳は、紫色に輝いていた。





      ◇     ◇     ◇


 


 その絶叫は、永羽達の元にまで届いていた。


「ッ、大悟‼︎ 何が起きたの⁈」

「何が……いや、前にも同じようなことが……⁉︎」



 永羽と叶恵が大悟のいる体育館の方を向く。

 そこには、ゆらりと立ち上がった大悟の姿があった。

 まるで突然電撃の切れたロボットのように、少年はその場に棒立ちとなっている。

 

「なんだぁ……? まだ生きていたのか」

「……………………」


 怪訝そうな反応を見せるムルクス。

 対して大悟は、無言で左腕の“虚降現想ヴォイドモーフ”に手をかける。

 それを見たムルクスは、鼻で笑いながら大悟の方へと向かいだした。

 ムルクスにとって黒鋼大悟は脅威でも何でもない。

 ただ、目障りだから。

 それだけの理由で、魔神は少年にとどめを刺そうとしているのだ。

 

「はっ、また脆っちい氷でも作るつもりかぁ⁉︎ 何度挑もうが同じだ! 貴様の氷なんぞ吾輩が一撃で砕いてくれる‼︎」

「くそっ、デカいくせに速い‼︎」


 ムルクスの攻撃が大悟に迫る。

 叶恵も永羽も、ムルクスの速度に追いつけない。

 少年に、全てを破壊する振動が衝突する。

 

 その直前。



 

幻想転装イマジンシフト

「⁉︎」


 

 “虚降現想ヴォイドモーフ”から音声が発せられれと同時に、ダンッ、と大悟は地面を強く蹴って飛び上がる。

 だがそれは、回避行動ではない。

 

 

毒三日月ベノムーンショット‼︎‼︎」



 直後、大悟は空中で素早く身を捻り、回し蹴りをムルクスの拳にぶつけた。

 

「はっ、何かと思えば肉弾戦か! 馬鹿め、貴様程度の力では――」


 そこまで言いかけて、ムルクスは気付く。

 大悟の蹴りが命中している自分の拳から、何かが溶けるような音が発せられていることに。

 否、音だけではない。

 ムルクスの拳が本当に溶けているのだ。


「がっ、があああああああああああああっ‼︎⁉︎ な、なんじゃこりゃあああああああッ‼︎⁉︎」

「大悟……アンタ、何したの……⁉︎」


 大悟を助けるべく向かっていた永羽と叶恵も、何が起きているのか分からずに困惑している。

 だが、叶恵は気付いた。

 大悟の左脚が、毒々しい見た目の液体に覆われていることに。

 左腕の“虚降現想ヴォイドモーフ”から、その液体がとめどなく分泌され続けていることに。

 

 見間違えるはずがない。

 なぜなら、叶恵はつい数日前にそれを目にしているから。


「あれはまさか……大ムカデの溶解液⁉︎」

『アートラウザーに封印した他のフェノメノンの力を使っている…………⁉︎ いやありえない、アートラウザーは製造時のコアにしたフェノメノンの力しか使えない‼︎  複数のフェノメノンに力を行使するなんて構造上不可能な筈だ‼︎』


 通信越しに、酷く狼狽えた様子の飛馬の声が耳に届く。

 しかし、大悟自身にも原理がわかっていないのだ。

 焦燥感に駆られるがままやってみたらできた、それだけの話。

 だが、どうやら常識的に考えてあり得ない事象を起こしているのだけは、大悟自身にも分かっていた。


「なんだ、その力は……人間如きがそんな力を行使していい筈がないっ‼︎」

「――そんなの知らないよ」

「……何だと?」

「ただ、お前がこれからも人間を襲うってんなら、俺は容赦しない」

「ッ、偉そうな事ほざいてんじゃねえぞ小僧がァッ‼︎」

 

 片腕を失ったムルクスは、胴体のスピーカーを大音量で鳴らし始める。

 予想だにしない反撃でプライドを傷つけられたムルクスは、完全に冷静さを欠いていた。


(吾輩の奥の手、“有心論ディストラクション”。音の波形を実体化させて攻撃するこの技でこのカス野郎を――)

「何考えてるか知らないけどさぁ、アンタらフェノメノンの小手先じみた能力合戦に誰が乗っかるっての」

「ッ⁉︎」


 直後。

 ブチンッ‼︎‼︎ と何かが途切れるような音と共に、ムルクスが発動しようとしていた“有心論ディストラクション”が中断された。

 困惑するムルクスに、続けて背後から永羽の声。


「――気付いてなかった? アンタの左肩、凄いことになってるわよ」

「は…………が、え?」


 永羽に指摘されて、ムルクスはようやく気付いた。

 彼女に斬られた左肩が、抉れたように無くなっていた。

 否、肩だけではない。

 ムルクスの眉間も肩同様に抉れていた。


「なん、だ――⁉︎」


 フェノメノンの多くには肉体再生能力が備わっている。

 個体毎に再生の速度や限界にはバラツキはあるが、ムルクス程の強力な個体となると、例え微塵切りにされようとも再生することが可能。

 『RECORDER』がアートラウザーを使った封印に拘るのも、この再生能力に起因している。


 しかし。

 ムルクスのえぐれた眉間と左肩は、全く再生していない。

 そもそもムルクスは、身体が抉れるような攻撃は一度も受けていない。くらったのは叶恵の“連理の大鎌チェインリーパー”と永羽の双剣の――


(‼︎ 双剣ッ――確か眉間も肩も、あの双剣使いの攻撃で――)

「気付くのが遅いのよ。図体ばかりデカくなって脳味噌足りてないんじゃない?」


 ムルクスが気づいた直後。

 永羽の流れるような剣撃が、ムルクスの四肢を無情にも斬り飛ばした。


 

 


 ――アートラウザー・“現鏡の双剣リアライズドミネイター”。

 十五機のアートラウザーのうち、最後に造られた最新機体。

 

 その力は、フェノメノンの異能と肉体再生の阻害。

 幻想を斬り、人間世界げんじつを守護する刃である。




     ◇     ◇     ◇

 



 激しかったムルクスとの戦いも、終止符が打たれようとしている。

 片腕も奥の手も失ったムルクスは、ただ力任せに暴れることしかできなかった。


『いってやりなさい大悟! 腕をどうにかしてしまえば氷を壊されることもない!』

「――そろそろ決めようか」

「ああ」


 叶恵の言葉に頷いた大悟だが、正直言ってかなり限界に近かった。

 慣れない戦闘に加え、何度も殴り飛ばされたのだ。既に体力は限界を迎え、次で決めなければ倒れてしまいそうなほどだ。

 

「貴様らああああああああああああッ、よくもっ、よくもぉっ!」

「大悟が割と限界みたいだし、手っ取り早く決めたい。だから見せる――私の真の姿を」


 叶恵がそう言うと、彼女の足元の影が激しくうねり出すとともに、影の中から何かが飛び出して叶恵の全身を覆ってゆく。

 それは鎧だった。

 影のうねりが激しさを増す毎に、叶恵の身体は赤黒い甲冑に覆われてゆく。


 最終的にそこにいたのは、大鎌を携えた鎧の騎士だった。

 しかし、その騎士には首が無い。

 恐らくこれが、叶恵のデュラハンとしての姿なのだろう。


「それが、お前の真の姿なんだな」

「うん」


 くぐもった声で、首なし騎士が頷く。

 怒りと屈辱で我を忘れたムルクスが、大悟達に襲いかかる。

 だが、二人は冷静だった。

 なぜなら、自分達がこんな奴に負ける筈がないから。

 根拠も脈絡もない自信が、二人を立たせていた。


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッ‼︎‼︎」

「――“滅戯桜刀めつぎおうとう”」

「――“血濡られた死の宣告ブラッドディヴァイナー”」


 直後。

 大悟の毒の手刀と叶恵の血を纏った斬撃が、同時にムルクスの身体を切り裂いた。

  





       ◇      ◇      ◇







「はーいお疲れ様。よく頑張ったね皆」

「お疲れだぞー」

「………………なんか労わられてる気がしないのは俺だけか?」

 

 全てが終わった後、飛馬がグラウンドにやってきた。

 飛馬の隣では、フォルトゥナがスナック菓子をばりぼりと食べている。明らかに棒読みな労りの言葉といい、どうやら彼女は大悟達の戦いにはさほど興味がないらしい。


 ちなみに心音の方も無事に終わったらしく、大悟達が駆けつけた際には、既にボコボコになったベートーヴェンの肖像画を心音がアートラウザーに封印しているところだった。


封印形態SEEL MODE


 大悟が“虚降現想ヴォイドモーフ”を操作すると、倒されたムルクスが光の粒子となって虚降現想ヴォイドモーフ”の中へと吸い込まれていった。

 これで今夜の任務は無事完了だ。


 とはいえ、かなりの激戦だった。

 音楽室や体育館はボロボロ、グラウンドも穴だらけ。

 物的被害は組織が隠蔽するとのことだが、これを翌朝までにどう隠蔽するつもりなんだろうか。

 と、色々と不安になっている大悟だったが、自身も疲労困憊だったため、力無くその場に崩れ落ちる。


「げん、かい…………だ…………」

「よく頑張った。さ、医療班カモン」


 飛馬がそう言って指を鳴らすと、近くの路上に停められていた装甲車の中から、背中に羽根を生やした掌サイズの少女達が飛び出してきた。

 少女達は大悟達のそばに駆け寄ると、傷口に手をかざす。すると、大悟達の負っていた傷がたちまち治っていく。


「これは……」

「フェノメノン・ピクシー。彼女達も組織に協力的なフェノメノンでね、こうして職員達の治療を担当してもらっている。体力の全回復とまではいかないが、外傷は完治している筈だよ」

「そっか、ありがとな」


 治療をしてくれたピクシー達に大悟が礼を言うと、ピクシー達は気恥ずかしそうに顔を赤くして、逃げるように装甲車の中へと飛び込んでしまった。

 ……なんだか申し訳ない気分だ。


 数分後。

 皆の治療を終えたピクシー達が車の中に戻っていったのを見計らったかのように、飛馬が語り始める。

 

「さて、このまま現地解散といきたいんだけど……」

「けど?」


 妙に含みのある飛馬の言動に、大悟は怪訝そうな顔になる。

 

「せっかくだから、大悟くんと叶恵ちゃんにアレを見せようと思って。一旦『RECORDER』本部に寄ろうか」

「………………?」


 





       ◇     ◇     ◇





 『RECORDER』本部が存在するのは、天ツ橋市近海に浮かぶ人工島だった。

 本土とはモノレールと鉄橋で接続されたそこには、『RECORDER』本部とその関連施設に加えて、有名企業の製造工場や工学系大学のキャンパスなどがギチギチに押し込まれている。さながら理系人間の坩堝るつぼだった。文理選択すらまだなピカピカの高校一年生黒鋼大悟からすれば、なんだか近寄りがたいというか、自分とは縁遠い場所だという認識がどうしても拭えない。


 そして今、大悟達は飛馬と共に『RECORDER』本部に来ていた。

 

 本部に足を踏み入れた大悟達は、すぐに大きなエレベーターの中に押し込まれる。

 果てしなく下ってゆくエレベーターの中、大悟は飛馬に訊ねる。


「一体どこに向かってるんですか、これ」

「丁度いい機会だし、組織の最終目標を君達にも教えとかなきゃって思ってね」


 地下六十六階でエレベーターは止まった。

 一向はそこから長い廊下を歩き、大きなホールに辿り着く。

 大悟達が入ってきた入り口のちょうど真反対側には、華美な装飾の施されたエレベーターの扉が存在している。


「目的地はこの真下だ。ここから先にはごく一部の職員しか立ち入る事ができない」

「まだ地下に潜るんですか?」

「最重要機密だからね」

 

 再びエレベーターに乗り、さらに地下へ。

 

 時間にして十五分弱。

 大悟達がようやく辿り着いたそこは、大きく開けた空間だった。

 学校のグラウンドぐらいはあるだろうか。金属製の壁や床に覆われており、遥か高くに存在する天井からは、太陽と見紛うほどに眩い光源が床を明るく照らしている。

 

 何より目を引くのは、空間の中央部に位置する巨大な黒い立方体だった。

 大きさは目算だけでも一辺二十メートルはあるように見受けられる。表面では幾何学模様が絶えず流動しながら淡い青色の光を発している。超古代の遺跡から発掘された古代遺物アーティファクトやオーパーツと言われても納得してしまうだろう。目の前の物体は、それほどまでに強烈な存在感を放っていた。


「なん、じゃこれ…………」

「モルグボックス。人間とフェノメノンの戦いはこいつから始まった」


 呆気に取られる大悟の横で、飛馬が語り始める。


「この中には無数のフェノメノンが閉じ込められていてね。三十年前、人間とフェノメノンの間で大規模な戦いがあった。結果は人間側の勝利。アートラウザーの前身となる技術の誕生が勝利の一要因であるとされているが――それは一旦置いておこう」

 

 飛馬は巨大な箱――モルグボックスに触れながら、語り続ける。

 まるで罪を懺悔しにきたかのような、後ろめたさのこもった声で。

 

「破れたフェノメノン達はモルグボックスに封じられた。この中に入れられた物体はね――人類にとって無かったものになる。つまり、僕達の記憶や記録から消え去ってしまうんだ」

「記憶から消える…………?」

星座ゾディアック最終戦争ラグナロク海底大陸アトランティス星の聖剣エクスカリバー恐怖の大王アンゴルモア時間旅行タイムトラベル――今列挙したのはモルグボックスの中に封じられ、全人類の記憶から抹消された幻想達。これらがどんなものだったのかは、僕達も名前しか知らない」


 飛馬の列挙した単語にピンときた者は誰もいなかった。

 誰もそれらを知らないのだから当然だ。

 しかし、何故だろう。

 大悟の横で浮いていた八織だけは、とても悲しそうな顔をしていた。

 

「ちなみに君達の持つアートラウザーにもモルグボックスが内蔵されているよ。まあこの巨大な方とは違って、中に封じたものの存在が抹消されることのない劣化版だけどね」


 つまるところ、フェノメノン達は人間に封印された上にその力を人間対フェノメノンの戦いに利用されているのだ。

 口裂け女は“虚降現想ヴォイドモーフ“を目にしてブチ切れていたが、今思えば彼女の怒りも納得だ。捕虜や奴隷だってもう少しマシな扱いをされているだろうに、フェノメノン達は世界から忘れられた上に道具として使われているのだ。

 

「さて、ここまでが前置き。ここからが本題だ」


 飛馬はそう言うと、大悟達の前に立つ。

 そして。

 顔をしかめさせながら、男は語った。

 

「『RECORDER』の最終目標。それは、全てのフェノメノンをモルグボックス内に封印し、世界から一切の幻想を取り除くことだ」










「…………ちょっと待ってくれよ」


 飛馬の発言に震える声で待ったをかけたのは、大悟だった。


「うん?」

「じゃあ叶恵はどうなるんだよ……いや叶恵だけじゃないっ!! アンタ言ってたよな⁉︎ フォルトゥナみたいに人間に友好的だったり組織に協力的なフェノメノンだって存在するって‼︎ そいつらもいずれはモルグボックスってモンの中に入れてなかったことにするってのかよっ⁉︎」

「ちょ、大悟さんっ⁉︎ 何をしてるんですの⁉︎」


 大悟は反射的に、飛馬の胸倉を掴み上げた。

 利用するだけ利用しておいて、利用価値が無くなったら他のフェノメノンと同じように封印する。それはあまりにも残酷――否、無責任すぎやしないだろうか。

 人間を襲うフェノメノンがいるのは事実。だからといって、叶恵や八織みたいに人間を守るために力を貸してくれているフェノメノンまで一緒くたにして排除するというのは間違っている。

 それは排斥どころではない。既存の言葉では表現し得ないほどの非道な行いだった。


「…………僕だって嫌だよ」

「飛馬…………?」

「でも、今の僕の権力ではどうしようもないんだ。現在、『RECORDER』でもフェノメノンの扱いに関する紛糾が耐えなくてね。中でも最大派閥は、フェノメノンの徹底封印をかかげる『封印派』。組織の実権は彼らに握られている。だから、いくら反対したところで組織は変わっちゃくれない」

「だからって…………」

「故に、だ。僕の理想を僕らに明かそう」


 そこで、飛馬の雰囲気が切り替わった。

 大悟は反射的に、飛馬の胸ぐらを掴んでいた手を離してしまう。

 

「理想…………?」

「君の言った通り、全てのフェノメノンが人類に敵対的ではない。中には友好的なものだったり、保護の必要性があるほどに弱いフェノメノンだって存在する。僕は彼らと協力し――いずれはすべてのフェノメノンと人間の完全な共存を実現したいと願っている」

『人間とフェノメノンの共存、ね』

「そうとも。数はまだ少ないが、組織内には同志達もいる」


 理想を語った飛馬は、不敵な笑みを浮かべていた。

 いわば、『封印派』に対する『共存派』。

 どちらかが殲滅されるまで終わらない争いに終止符を打つ、唯一無二の道。それが共存だった。


「故に、僕は君に尋ねよう」


 飛馬はそう言って、大悟に手を差し伸べる。

 つまり、今回の対話の目的は勧誘。

 モルグボックスの話も、組織の最終目標も、同志を募るための前振りだった。


「もし君がフェノメノン達の封印に心を痛めているのなら、この理想に力を貸して欲しい。どうだい?」


 

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