第1章 幻想のようなキミと———Diamond dust③
真冬を思わせる冷気が夜桜を散らす。
その中心にて、大悟と口裂け女は対峙していた。
周囲には白く輝くダイヤモンドダストが広がっている。
ダイヤモンドダストの発生するのは、氷点下十度。
それほどまでに、この場は冷え切っていた。
「ッ……アンタ、それが何なのかわかってんの?」
口裂け女は白い息を吐きながら、大悟の左腕の“
“
大悟は勢いで八織の言葉に従っただけ。自分が何をしているのかなんて微塵も理解できていない。
「そいつは“アートラウザー”、アタシらフェノメノンを封印することが可能な唯一の手段。そして、封じたフェノメノンの力を人間が行使することができるシロモノなのよ」
「これがっ…………」
口裂け女の言葉を元に、大悟は事実を整理してゆく。
つまり、“
だが。
なぜ口裂け女は、敵である大悟にここまで丁寧に教えてくれたのだろうか?
「ねえ、なんでアタシがわざわざ説明してやったか分かる?」
「ッ……………………!」
「仲間を勝手に封印された上に人間に武器として使われるアタシらの気持ちがアンタに分かるのかって意味なんだよッ‼︎」
口裂け女が怒号と共に、鋭い爪を大悟の眉間目掛けて突き立ててくる。
大悟は咄嗟に身を屈めてそれを避けると、そのまま口裂け女の胴体に全体重を乗っけたタックルをぶちこみ、口裂け女を吹っ飛ばす。
力がみなぎっている。
身体が軽い。
今ならば特撮ヒーローの様にアクロバティックな動きができてしまいそうな気がする。
「っ、すげえ………………身体がめちゃくちゃ動く!」
『アートラウザーを介して貴方に流れ込んでるのは、私の冷気だけじゃない。今の貴方は私の身体能力も上乗せされてる状態。身体能力は常人を遥かに超えているし、ちょっとやそっとじゃ死なないわよ』
「ッ、ふざけんじゃないわよ人間風情がっ! 貴様らが忘れたアタシの恐ろしさ、その魂に刻み込んでやるッ!!!!」
見下していたはずの人間から攻撃をくらったという事実を受け入れられない口裂け女は、激昂しながら大悟に襲いかかる。
『っ、腕に意識を集中させろ!』
「あ、ああっ!」
“
すると、腕を覆っていた氷の鎧が変形して、前腕部に氷の刃が生成された。
バキバキバキバキッと派手な音を立てながら、口裂け女の爪が軒並みへし折られてしまった。
鋭い爪を失った口裂け女は再びナイフを取り出すと、今度はそれを大悟目掛けて投擲してきた。
しかし、投げられたナイフは大悟が防御のために突き出した両腕に弾かれてしまう。爪を砕き、ナイフすら弾く氷の鎖。その予想以上の硬さに、大悟自身も驚かざるを得ない。
「今度はこっちの番だッ‼︎」
舌打ちをする口裂け女に、今度は大悟のほうから攻める。
床に冷気を吹きかけて氷で覆い、その上をスケートのように滑走しながら口裂け女に急接近する。
『やるじゃない、あっさりと私の力を使いこなすなんて。才能あるんじゃない?』
「俺だってびっくりしてるよッ、ここまでやれてる自分が怖くなるくらいになっ!」
「こんのっ――」
新たなナイフを取り出して振りかざそうとする口裂け女の顎を、大悟の氷の拳が勢いよく撃ち上げる。
屋上をゴロゴロと転がる口裂け女の目に、あるものが映る。
それは、気絶したまま放置されていた玄野だった。
口裂け女からみればそれは格好の獲物。
迫る大悟に背を向け、玄野を殺すべく走る。
「ッ…………人間風情がその力を使うとはッ‼︎ くそっ、こうなったら他の奴を――」
「やらせるかよっ‼︎」
だがそんなことを大悟が許すはずもなく、大悟の渾身のラリアットが口裂け女に炸裂する。
硬い氷の一撃をモロにくらった口裂け女は、桜並木を突き破り土手まで一気に吹っ飛ばされてゆく。
看板に手をかけて立ち上がりながら、口裂け女は目の前の少年を見据える。
あれはもう、自分達が見下していた矮小な人間ではない。力を以て立ち向かってくる明確な脅威、あるいは敵対者にカテゴライズが変化している。
(コイツ…………八織様の助力があるとはいえ、ここまでやるとは……! 脅威だッ、コイツは間違いなくアタシ達の脅威になる! ならばここで始末――)
そこまで考えて、口裂け女は身体が動かないことに気づく。
見ると、彼女の身体に何本もの氷でできた鎖が巻き付いていた。その鎖達の終端はもちろん、黒鋼大悟だ。
「氷のチェーン……⁉︎ まさか、先程の攻撃でッ‼︎」
『私の氷はなんになってなれるの。それくらいの氷細工、朝飯前にすらならないわよ』
「さあ、チェックメイトだ」
大悟は氷の鎖を強く引っ張り、口裂け女の身体を一気に引き寄せる。身体を縛られた上、足元が氷で滑りやすくなっている口裂け女は、ろくに踏ん張ることもできず、大悟の元へと引っ張られる。
八織からの具体的なアドバイスはない。つまり、最後は大悟自身で決めろということだ。
大悟は拳にありったけの冷気を集中させ、腰を落とす。
そして、
「――“
瞬間。
圧縮された氷の
◇ ◇ ◇
「が、ばがっ――」
大悟の渾身の一撃は、口裂け女を倒すのには充分すぎた。
全身の至る所から血を噴き出しながら、口裂け女はその場に崩れ落ちる。
すると、“
『
すると、口裂け女の身体が瞬く間に光の粒子に分解され、“
後に残ったのは僅かな氷の欠片だけ。先程までの戦いが嘘だったかのように、何も残っていなかった。
「これって……」
『ヤツの言ってた封印。これで口裂け女は対処完了よ』
「そうか、ならよかっ……」
そう言いかけた時、大悟は唐突にその場に膝をついた。
全身の震えが止まらないし、なんだか身体に力が入らない。おまけに急に眠くなってきている。
「なんか、やべえ……力が入らねえ……」
『はじめての戦いで身体が追いついてないのね。まあ危機は去ったし、ひとまず休んで――』
その時だった。
「ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎」
「ッ⁉︎」
突然奇声を上げながら、倒されたはずの大ムカデが大悟の方へと飛び出してきた。
叶恵に両断はずだが、まだ死んでいなかったらしい。
大ムカデは現れるなり、膝をついている大悟目掛けて口から液体を吐き出してくる。
「くっ、そおおおおおおおおおおおおおっ‼︎‼︎」
大悟はなんとか膝で跳んでそれを回避し、地面をゴロゴロと転がる。
液体の付着した箇所は、激しい煙をあげながらドロドロに溶けていた。まるでドライアイスが昇華をしているようだ。
大悟の鼻には思わず顔を
「酸ッ…………いや毒か⁉︎」
どちらにせよ、だ。地面を溶かしてしまうようなものを人体が浴びたらどうなるかは想像もしたくない。
大ムカデは耳障りな鳴き声を発しながら、再び酸を吐いてくる。
もう大悟に動くだけの力は残ってはいなかった。
だが、ここで死ぬわけにはいかない。
大悟は残った力を振り絞って立ち上がると、大ムカデ目掛けて冷気を噴出させる。
しかし、口裂け女との戦いで消耗し切っている今の状態では、大ムカデの巨大を氷漬けにすることは叶わず、徐々に押され始める。
「だめだっ、もう力がはいらねぇ………………」
『迂闊だった……まさかもう一体生きてようとは!』
今度こそ絶体絶命。
冷気で推されながらも、ゆっくりと、着実に。大ムカデが大悟に迫る。
その時。
「――――――――ッ‼︎」
ズバシャンッ‼︎‼︎‼︎ と。
口裂け女に殺されたはずの叶恵の首無し死体が立ち上がり、大鎌で大ムカデを一刀両断した。
「………………え?」
訳がわからなかった。
大悟の目の前にいるのは、まるで生きているかのように動く首なし死体。
命の危機と入れ替わるように現れた得体の知れない存在に、大悟は本気で恐怖する。
「残念だけど、これくらいで死ぬ程柔じゃないの」
大悟の背後から、聞き覚えのある声がする。
声の発生源は、そこに転がっていた叶恵の生首だった。
口裂け女に斬り飛ばされて胴体から離れたはずの叶恵の首が、平然とした顔で喋っていたのだ。
流石の大悟もこれには驚愕せざるを得なくなり、先程までの勇ましさが嘘のような情けない悲鳴をあげてしまった。
「うわあああああああああああっ‼︎⁉︎ ぞ、ゾンビ⁉︎」
「誰がゾンビよ。死んでもないやつをゾンビ呼ばわりとか失礼だと思うけど」
叶恵はそう言いながら、首のない自分の胴体に自らの頭部を拾わせると、首と胴体の切断面同士を綺麗にひっつける。
すると、叶恵の首は完全に、元のように胴体にくっついてしまった。
まるで人形を直すかのような感覚で切断された頭部を引っ付けてしまった叶恵に、大悟は本気でドン引きしていた。
「私は人間じゃないから、これくらい平気なの」
「……………………………………まじか」
きっぱりと、叶恵は即答した。
当然の話だが、普通の人間は首を切り落とされたら死ぬし、ましてや胴体だけで動いたり切断面をひっつけるだけで元に戻るような、便利な身体構造はしていない。
叶恵は自分の事をフェノメノン――人ならざる者だと言っていた。
だが、こうして直に人外っぷりを見せつけられると、身体が固まってしまう。
人は自分とは異なる存在を恐怖する様に出来ている。どんな聖人君子だろうともそれは変わらない。
それは、黒鋼大悟も例外ではなかった。
「安心して、私は貴方に危害を加えるつもりはない。貴方は早く友達を連れてここを――」
叶恵がそこまで言いかけた時。
ぐらりと、大悟がその場に倒れた。
限界だ。
そもそも、大ムカデとの戦闘開始時点で大悟は疲労困憊だった。それ以上の稼働をおこなった大悟の身体は、もうピクリとも動かせなかった。
叶恵に一刀両断された大ムカデが、口裂け女と同じように粒子となって“
「ちょっとッ⁉︎」
「悪い…………無理しすぎたみたいだ。しばらく動けない……」
倒れた大悟に肩を貸し、なんとか立ち上がらせようとする叶恵。
その時、猛烈な光が真上から2人にむかって照射された。
見上げると、いつの間にか宵空に何台ものヘリコプターが滞空しており、地上にむけてライトを向けている。
そして、ライトの照射に呼応するように、数多もの足音が階段を駆け上がってくる。
やってきたのは、全身を重装備で固めた機動部隊だった。全員が分厚い防具と銃火器を身につけており、その銃口は全て叶恵に向けられている。
まるで凶悪なテロリストでも相手にしているかのような扱い方だ。
「な、なんだっ⁉︎」
「…………」
「動くなッ‼︎‼︎」
「こちらC班、アートラウザー2機とその資格者を発見。うち一方はフェノメノンだ。
機動部隊の隊長らしき人物が、通信機で何処かへと報告をしている。
そして。
機動隊員達の間から、一人の少女が姿を現した。
黒いツインテールに、見る者にキツイ印象を与える灰色の目。服装は叶恵と同じ星紀章学園の女子制服だが、両腰には鞘に収まった近未来風な見た目の剣がぶら下がっている。
大悟の幼馴染みであるはずの少女が、機動隊員達に囲まれながら叶恵と対峙していた。
「永羽……? なんだよその格好は……?」
無事だったのは素直に嬉しい。
だがこの状況は一体なんだ?
多数の機動隊員に包囲されて銃口を向けられているし、その上永羽は機動隊員達の仲間であるかのような雰囲気。
状況が呑み込めずに混乱する大悟の前で、永羽は鞘から剣を抜いて叶恵に突きつける。
「大悟から離れろ、フェノメノン」
「ちょ、永羽っ⁈ お前何してんだよ⁉︎」
「…………………………」
敵意全開の眼差しを向けられた叶恵は、大悟から離れながら両手を上げる。
投降。
叶恵のとった行動に、永羽は意表を突かれたような反応をしてしまう。
「………………なんのつもりだ?」
「こちらに抵抗の意思はない。あんたら人間の使うサインってやつじゃないのか?」
「…………………………ッ」
無言のまま、少女達は睨み合う。
そして。
剣を下ろしながら、永羽は大悟の方に顔を向ける。
「――大悟」
「………………永羽?」
「これからあんたに世界の裏側を見せてあげる。着いて来なさい」
いつの間にか、氷は全て溶けていた。
全てが終わった後の春の夜空にあったのは、ヘリコプターの羽音だけだった。
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