第9話 レベルアップ。
俺はヒューム大迷宮のモンスタートラップに引っかかっていた。
今、異端種のマッシードに囲まれている。
もう満身創痍で動けず、全てを諦めかけていた。
(ヒュンッ)
刹那、風を切り、綺麗に並んだ大量の矢が俺に向けて放たれた。
俺は死を悟り、静かに目を閉ざした。
この時はもはや悔しいという感情もなかった。
しかし…俺は生き延びた。
この時に死ねていれば死への抵抗などごく僅かだったというのに…。
***
「階の間へようこそ。私はレベルを司る神獣、レベッタと申します。」
……俺は死んだんじゃないのか?何も見えないけど、レベルかどうとかという声が聞こえたような…。幻聴かなぁ。
「幻じゃないですよ、長谷波さん。ほら、今貴方の身体を触ってますよ。わかりますか?」
…身体が擽ったい。弄られている感じだ。
まさか、幻じゃないのか?
とすると、俺はまだ死んでいないのか?
なぜあの状態から生き延びられたのだろうか?
…ん?このレベッタっていうやつ、俺のことなんて呼んだ?長谷波って言った気がするんだが。気のせいか?
「質問が多すぎですよ。まあ1つずつお教えしましょう。最初に…貴方はまだ死んでませんよ。」
え?俺はまだ、生きていたのか…。
視覚が封じられているようで何か見える訳ではないが、俺の目は…いや、心の目は開き、眩しい光を、希望の光を見れたように感じた。
全てを諦め、暗く閉ざされていた瞼が、ゆっくりと開かれていった。
…こんなんじゃ死ぬに死にきれないじゃねぇか。今回が生きるのを諦められる最後のチャンスだったかもしれないのに。
「そんな悲観的に物事を見ない方がいいですよ。そりゃ、自分の言動を考えた方がいい時もありますけど、生死を悲観的に捉えていたら生きるのなんてただただ辛いだけですよ。と、偉そうなことを言ってしまいましたね。すみません。」
…いや、あんたのおかげでわかったよ。生きるか死ぬか、そんなのは勝手に決まる運命なんだ。そんなもの深く考えたって自分自身を辛くするだけ。
俺はポラリスから託された使命を全うし、余生を生きたいように生きる。そうするさ。
「そうですか。それでは先ほどのもう1つの質問にもお答えしましょう。簡単なことですけどね。」
なぜ俺の名を知ってたか、ということだな。
「はい。その理由としては、ポラリス様から貴方のことを聞かされていたからです。貴方なら必ずこの階の間に来ると、そう仰られていましたよ。」
一応信じてくれてはいるのか。その信用は裏切れないな。誠心誠意、努めよう。
「さて、それでは本題に入りましょうか。まず、ここは階の間。レベルが30に達し、進化を望んだ者のみが来れる場所です。貴方はその条件を満たしましたので、この場へと送られてきました。」
てことは、ここは本で読んだ異空間ってことか。
そして、俺はあの2匹の大蛇を殺したことで、Lv.30に達したんだ。
ここに送られるのがあと少し遅かったら…と、そんなことを考えるのはよそう。
「進化には種類があります。1つの種族の中には様々な姿の者がいるのはこのためです。この空間はその進化系統を選んだうえで、進化させ、それを送り出すという役割を担っています。」
進化か。出来ることならこの絶対キモいであろう見た目も変わって欲しい。
「それでは進化系統をお選びください。」
レベッタさんがそう言うと同時に、目が急に開いた。目の前にあったのは巨大な黒い板。
〈
ウィークレッサーシェル
/ \
ウィークシェル レッサーシェル
\ /
シェル
︙
︙
こんな感じだ。
まだまだ続くが、今の俺はおそらくウィークレッサーシェルだ。つまり、今進化できるのはウィークシェルかレッサーシェルだ。
どっちも弱そうで迷う。
(
〘対象物の解析完了。
速くなってよりGに近づくか、安定のバランスを取るかだな。
今回の大蛇戦でわかったが、Gみたいなくせに意外と動きが遅い。もし敵が速いやつだったら負けていただろう。
…よし。キモさより命だ。ウィークシェルにしよう。
「ウィークシェルで宜しいですか?」
あぁ。頼む。
「わかりました。これよりウィークシェルへの進化を行います。進化が終わると少しして元の場所へと戻されます。それでは、進化が終わるまで、しばしお待ちしております。」
俺の周りを温かい光が包み込み、一瞬にして意識が失われた。
***
どのくらい経っただろうか。俺はただ、ユラユラと動く光の中でじっとしているだけだ。
時々身体を弄られるような感覚はあるが、それも心地良くてうとうとしてしまう。
(パリンッ)
何だ?
急にガラスが割れたような音が聞こえてきた。
それに光が消えた。
「進化が終わったね。それじゃ、ほんとにさよならだ。頑張ってね。」
進化が終わって光が消えたのか。
しかし、色々とレベッタさんにも世話になったな。
「私が指を鳴らしたら君は戻る。さよなら。」
(パチッ)
指が弾むように鳴り、俺の身体は浮き上がった。
そして、何かに包まれ、トラップ部屋へと戻されていった。
そういや、レベッタさんに感謝を伝え忘れていた。また進化する時に伝えよう。
***
俺はトラップ部屋へ戻ってきた。視覚も復活だ。
そういや、さっきのマッシードが消えている。
まぁ急に消えたやつをずっと待ってるほどバカなわけないか。
(ガシャ)
…マジか。たぶん単体だが、背後をとられた。
どうせなら戦わずに逃げたかったんだけどな。
こうなっちまったもんは仕方ねぇか。
俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(ギギッ)
音からしてクロスボウを構えたか。
作戦としては、クロスボウを避けた後、マッシードに向かって走り、目の前まで来たらマッシードの周りを走りまくる。そうすればマッシードは目が回り、ショートするだろう。
(ヒュンッ)
矢が放たれた音だ。
あの時の俺ならもうここで諦めていた。
でも今は違う。進化が俺を奮い立たせてくれた。
今の俺ならできる。
俺を貫くべしと高速で近づいてくる矢。
汗だろうか。身体が湿っぽい。
俺は身体を反らし、耳元擦れ擦れで矢を避けた。
そしてマッシードに向かって、できる限りの速さで突進した。
ギリギリで足を止め、方向転換し、マッシードの周りを走り出した。
俺自身も目が回るが、こいつは機械。ショートすればもうどうにもならない。
案の定、マッシードは俺を捕らえようと様々な手を使って攻撃してくる。
でも俺の速さには追いつけない。
***
ざっと10分ほど走った。
今、俺の目にはショートした金属の塊が転がっている。
マッシードを倒したのだ。
だが、それを横目に激しく嘔吐している。流石に身体に毒だ。かなりキツい。
てかマッシードってめっちゃ群れてた覚えがあるんだけどな。
そこらへんに壊れた機械があるわけでもないし。
こいつが取り残されたぼっちとか…もしくは誰かがほとんど皆殺しにして、何らかの理由で持って帰ったとか。
(ガコッ)
な、何だ?
急に天井が抜けた。
老朽化か?…いや、誰か来たのか?
やばい。吐いた跡までは消せないけど…一応こいつは持っていく。
俺はそこらへんの岩の陰へと逃げ込んだ。
「あらよっと。ほら、お前も降りてこい。」
「ええ、アナタ。」
何だあいつら。男と女、
…まぁそれはそうとして、あいつらは何しに来たんだろうか。
「ったくよお。お国も人使いが荒らいよなあ。」
「まあまあ。一応報酬はあるんだから。それに、そんなにイヤなら、今から一発やらせてあげよっか?」
女が誘いの言葉をいいながら、手いかがわしい楕円形を作る。
「お?いいねえ。でもそれなら、家に帰ってからやろうぜ。今夜は楽しくなりそうだなあ。」
ウキウキしてんじゃねぇよ!
こちとら三十路過ぎても童貞なんですけど。こんな奴の前でそんな話をしないでくれ。
「じゃあ、今夜の景気づけにちゃんと働きましょ?」
「りょーかいっ。今回の仕事はーっと、マッシードの残党を殺し、その残骸を持って帰れだとよ。戦争だかなんだかつってもそんな危ない仕事に2人しか割けねぇのかよ、人国は。」
「そういえば、マッシードの死骸って何に使うの?」
「ん?ああ。マッシードはかなり良質な金属で出来ててな。物によってはミスリルとかオリハルコンとか、上位の金属でも比べ物にならない硬さと斬れ味なんだと。だから戦争にとって大事な品なんだよ。…ん?」
あ、やばい。
男が俺の吐いた跡を見つめている。
「どうしたの、アナタ?」
「お前、吐いたか?」
「いいえ。急に何?」
「へえ。いや、何でもない。もしかしたらここには何かいるかもしれないけどなあ。」
「よくわからないけどさっさとやりましょ。それだけ早く帰れるわよ。」
「それもそうだな。さっさと行くか。」
2人は談笑しながら部屋の奥の方へと歩いていった。
心臓が激しく脈打っているのが自分でもわかる。
……危なかったぁ。
2人の姿が完全に見えなくなってから俺は大きく息を吐いた。
まぁやばかったが、わかったこともある。
このマッシードは持っといた方がいい。加工技術とかないけど、危ない時に交渉に使える可能性もある。
だが、問題はどうやって持ち運ぶか、だ。引きづってたら襲われた時に手放さざるを得ない。どうするか…
〘条件を満たしました。Dランクスキル〔
万物加工…つまり、何でも加工できる。一般スキルの割にはなかなかにチートだ。
それじゃ早速行きますか。
(
おっ?
脳内にマッシードから加工可能な品の一覧が浮かび上がってきた。
剣や斧などの武器、様々な防具、それ以外の多種多様なアイテム。どれも強そうだ。
だがここにある全てが作れるわけではない。マッシードの残骸にも限りがあるし、持ち運び可能な物に限定される。
武器だと…せいぜい短剣がなんとか持てるくらいだろう。防具は重くて動きが遅くなるから作れない。
後はよさげなアイテムがあるかどうかだ。
……ん?小型遠距離テレポートアイテムってのがある。安直だが、小テとでも呼ぼう。
球体で非常に軽いようだ。こいつは良いかもしれない。かなりの数が作れそうだ。
あと要るものは…小テを入れるためにもバッグみたいなの作れねぇかな。
…おし、ありそうだ。ほんと、何でもあるな。
こんな感じなら死骸も大体使えそうだし、丁度いいかな。
ということで、マッシードの短剣と小テとバッグを作った。
マジで短剣くそカッコいいんだが。
よくRPGゲーで見るやつのさらに手の込んだバージョンみたいな感じだ。意外と重さはなく、まぁ、なんというか、すごく良い。
それと小テだが、見た目が某FPSゲームの黒いやつから出るもののそれである。色は金属っぽいが。
まぁめっちゃ作ったから使えるときにどんどん使っていこう。
バッグは多少重いが、動きに影響するほどじゃない。見た目お洒落だし、G感が薄れるかも。
俺は満足し、岩陰で寝落ちした。
眠りが深くなった頃…2つの影が岩陰へと近づいていた。
「な、何だ?!こいつ、殻渦族か?」
「そのようね。ここで駆除しましょう。見ているだけでも気色悪いわ。」
何かの声が聞こえ、目を覚ましたその時、先ほどの
〈レベルアップ。 完〉
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