18.好きが強すぎて

「んっ……! ひゃぅ」


 私が明霞めいかちゃんの鎖骨の上に吸いついたとき、そんな声がした。


「こっ、ら……は、はな、っん、れなさっ」


「はむ、ちゅぅぅぅ……ん、んちゅ」


 一度離して今度は別の場所に吸いつく。そのたびに明霞ちゃんの上擦った声が聞こえてきて、なんというか……言いようのないものが私の心に流れ込んでくる。

 もっとシたい。もっとヤりたい。明霞ちゃんに私のひとなんだって刻み……。


「い、いいかげんに、しなさいっ」


「あ、あぁー……!」


 私の両肩を掴んで勢い良く引き剥がす明霞ちゃん。まだ味わい足りないのに〜!


「べ、別にダメってわけじゃないわ。けどやりすぎよ」


「ちぇー。明霞ちゃんのこと好きだからやりすぎちゃったか〜。ごめんね明霞ちゃん」


「まったくもう……え、すごい赤くなってるじゃない」


 パソコンのディスプレイに映る自分の姿を見て驚く明霞ちゃん。そう。私が吸った部分がまるで虫刺されみたいに赤くなっていた。


「ね、ねぇ明霞ちゃん? もうしちゃだめ?」


 こちらをチラッと一瞥したあと、テーブルに頬杖をついてため息つかれた。


「顔、近づけなさい」


「っと、こう?」


「もっと」


 けっこう至近距離にまで近づいた時、パッとこっちをむいた明霞ちゃんは口を開けて私の左の首に噛みついて、ちゅぅと吸い始めた。


「んひゃぅっ!?」


 そんなふうにまさか自分の喉からそんな声が出るなんて思ってなかった。数秒吸いついた明霞ちゃんは口を離して、右手の甲を口に当てながら流し目するのを見つめる。


「仕返しよ。ばか」


「〜〜〜〜〜!!!!!」


 自分でしたくせに顔を真っ赤にする明霞ちゃん反則すぎるって〜!


「……な、なにしてるのよ」


 私は明霞ちゃんの尊さに限界に達して、ベッドに寝転がってジタバタと両足をバタつかせる。その光景がどうやら明霞ちゃんには信じられないものを見たような反応だったみたい。


「……はぁー。だめ。明霞ちゃんが尊すぎる」


「何よそれ」


 ぷふっと吹き出して笑いながら言う明霞ちゃんを見て答える。


「好きすぎてやばいってことだよ? もうね、ほんとにおっ持ち帰りィ〜! したい。ねぇ、ほんとにお嫁さんになって? あ、私がお嫁さんになれば良いのか。うん。それが良いね。私、家事出来るから胃袋はバッチリ掴んだでしょっ」


 早口で言ったあと、びしっと人差し指を向けると何度か目をぱちくりしたあと明霞ちゃんは答えてくれた。


「え、全然?」


「ひどぉ〜い! そこは嘘でも、「えぇ、バッチリ掴まれてるわ篠宮しのみやさん」くらい言ってよねー」


「無駄に上手いのがなんか腹立つわね」


「えへへ〜。明霞ちゃんを推してるんだもん。真似のひとつくらい出来なきゃね☆」


 実のところ声のトーンは私の方が高いから少し低めの明霞ちゃんの声を真似るのは大変だった。んん〜さすが過去の私! えらい!


「明霞ちゃん。もう一回……」


「ダメよ」


「だめかー。しょうがないね」


 ──────コンコンッ。


栞里しおり〜、明霞ちゃ〜ん。ご飯食べるかしら〜?』


 扉の外からお母さんの声が聞こえて、私たちが顔を見合わせたあと、食べる〜と答える。


『分かったわ〜。それじゃあリビングに降りてらっしゃいね』


「は〜い」


「分かりました」


 お母さんがパタパタと遠ざかる音を聞いて私はばふっと後ろに倒れる。


「んしょっと。じゃあ降りよっか」


「そうね」


「あ、お母さんの手料理は私以上に美味しいからね〜? でも私が絶対、明霞ちゃんの胃袋掴んでやるんだから」


「ふふっ。それじゃあ、そうなるのを待ってるわ栞里さん」


 ん? あれ、いま。


「え? ね、ねぇ今……ってちょっと〜!」


 ☆★☆★☆


 そうこうして明霞ちゃんをお家に招いてもう夜の7時に。外は真っ暗で、お風呂も済ませた私たちは私の部屋で冬コミの時の衣装をどうするかで私のパソコンの前で画面を睨めっこしてた。


「服装としては鍾○が良いわよね」


「ふんふん。じゃあじゃあヴェ○トなんてのはどう? こっちは○タレだけど」


 明霞ちゃんが選んだのは原○というゲームのキャラで、白を基調にしたスーツ? 燕尾服? を着てるお兄さんで吊り目がちのとこが明霞ちゃんそっくり。

 私が選んだのはスタ○の同じ会社が作り上げた別ゲームの男キャラで同じようにスーツ着てるけど細長いメガネをかけててちょーイケメン。


「あー。アリね。どっちも私好きよ」


「わっかる〜! って、わっ。もうこんな時間だ。早いねぇ」


 スマホホルダーに立て掛けたスマホの時間を見てもうそんな時間なんだと気づく。


「そろそろあたしは帰るわね」


「あした学校だもんねー。途中まで送ってくよー」


「分かったわ。駅まで一緒に行きましょ」


 数ヶ月しか関わってないけど明霞ちゃんのこと少し分かってきたかもしれない。明霞ちゃんは押しに弱いし推しに弱い。え、意味一緒じゃないのって? ちーがうんだなぁそれが。


「あら。もう帰るのね」


「はい。長らくお邪魔しました」


「いーのよ〜。今度は泊まりにいらっしゃい。栞里も喜ぶから」


「はい。また今度」


 え、なんで今こっち見たの? その笑みはなにっ!?


「それじゃあ、お邪魔しました」


 ぺこっとお辞儀して出て行った。それにハッと我に返った私は靴を履く。


「わ、私、途中まで送ってくる〜!」


「えぇ。気をつけて行ってらっしゃい」


 小走り気味に家を出て、明霞ちゃんを追いかける。門戸の外で明霞ちゃんは待っててくれた。


「とても温かいご家族ね」


「えへへ、そうでしょ。私のオタク趣味も親譲りなんだ〜」


「英才教育の賜ね」


 うんうんと頷きながら歩く。秋も中頃だからか、吹く風がほんのちょっと冷たい。


「ね、ねぇ。手握って良い?」


「好きになさい」


 ほら。こういうところ。実現可能なことは明霞ちゃんは基本受け止めてくれるんだ。それが嬉しくて嬉しくてたまらない。

 手をぎゅぅって握ってさらに少し近づく。明霞ちゃんの温もり、好きだなぁ。


「……好きすぎてちゅーし…………何でもないや聞かなかったことに」


「しないのかしら」


「ぅぇ? へ?」


「ふふっ。冗談よ」


 冗談が冗談に聞こえないよ〜!? 一瞬ほんとに良いの? って思ったんだから!


「バードキスならあたしは許すわ」


「舌入れるのだめ?」


「ダメに決まってるでしょ? そういうのは異性で好きな人としなさい」


「えー。明霞ちゃんのこと大好きなのに〜」


「それは……男装してるからじゃないかしら」


 違うもん。本当に明霞ちゃんっていう女の子が好きだもん。


「……はぁ。あんたのその顔も見慣れたわ。聞くけど、あたしのどこが好きなの?」


「えー? 面倒見がなんだかんだで良いところでしょ? 声、顔、スタイル、髪の毛、匂い、抱き心地、反応、少し料理が苦手なとこ、コスに真剣なとこ、キャラそれぞれに愛があるとこ……うん、全部大好き」


 ぽふと明霞ちゃんの左肩に頭を預けながら歩く。歩きずらいかもだけど。でも私がそうしたいんだ。もっと深くまで明霞ちゃんを感じたい。


「そんなに言ってくるなんて思ってなかったわ」


「私のことなんだと思ってるのさー」


「そうね……ミーハーなとこかしら?」


「うぐ……それは反論出来ないや」


 でもそうねと明霞ちゃんは立ち止まって私に目を向けてきた。


「そういうところあたしは嫌いじゃないわよ」


「好きってこと?」


「さぁ、どうかしら」


「えーん。明霞ちゃんがいじめる〜」


「語弊生む言い方はやめなさい」


 だってぇ……。

 にゅっと私は唇を窄める。


「嫌いじゃないってだけよ」


「好きって言ってくれたっていーじゃーん」


「────────────そのうち、ね」


 明霞ちゃんのその言い方と表情がとても一番気になってしかたなかった。

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