ミライノサダメ

蒼く葵

第1話 絶望と希望

「死ねぇ!」


「テメェが死にやがれ!」


男達が取っ組み合い、片方の持っていた刃物が一方の男の腹部に突き刺さる。

刺された方は血を吹き出しながら倒れ、刺した方は口元に笑みを浮かべた。


「へへ、やったぜ」


そう言って殺した相手の服や金品を物色し、強引に剥ぎ取る男。

そんな光景を尻目に捉えながら少年は街を闊歩する。


(…………また一人、死んだ)


この地には元々“渋谷”という地名がついていた。

しかし、そこにかつての面影はなく、

少し周りを見渡せば、瓦礫があちこち中に転がり、火の手が上がり、死体が転がっている。

この光景を“旧世界”の人間が見れば顔を青ざめて卒倒することだろう。

だが、今を生きる人間にとって、この光景は見慣れたものであった。


何故なら、今、この世界にはルールというものが存在していない。

奪うも、壊すも、殺すも何もかも自由。

強い者だけが生き残り、弱い者、力なき者は淘汰される。


何故こうなったか、いつからこうなのか。

生きるための知識しか伝わっていない現代にそのキッカケを知るものは少ない。

ただただ人間が獣となったのが今の地球。



そんな世界で一人、子供ながらに生き残ってしまった少年、サダメ。

彼は今日、その命を自ら絶とうとしていた。


サダメは斜めに倒れた大きなビルを伝い、一番地面と離れている地点を目指す。

そして、一番高いところまで来ると、落ちるすんでの所に立ち、視線を下へと向けた。


(高さは50メートルくらい……。まぁ、首から落ちればいけるか)


服と髪を靡かせる心地よい風。

その風を感じながらサダメは目を瞑る。


…………ごめん、母さん。


そうして、サダメは身を投げた。

が、その瞬間、サダメ身体は棒のように固まり、上半身だけを宙に出したまま動かなくなる。


「………………………………。」


サダメはこの状況の原因に心当たりがあった為、体を斜めに傾けながらも首だけ動かして顔を左へと向ける。

すると、そこにはこの世界では珍しく歳のいった男が大瓶を片手に座っていた。

その男はサダメの方を見るわけでもなく、目の前に広がる青空に目を向けてこう告げる。



「いい天気だ。こんな日はアイスが食べたくなる」



後ろで纏められた長く伸びた白髪。

老人とは思えないガッチリとした肉体。

そして、顔が動くたびチラチラと見え隠れする蒼い左目。


見た目だけでもその男は他の人間とは違う何かを持っていた。


「…………誰だ、お前」


最初からその男の存在に気付いていたサダメは特に驚いた様子を見せずそう質問する。


「式守未来。時代に置いていかれたしがない老人だ」


式守未来?

長い名前だな。


「あぁ、悪い。そうだったな。ミライでいい。そう呼んでくれ」


「…………………………。」


なんだ、コイツ。


ミライと名乗ったその男は大瓶を口に傾け、

それをまた自分の横に戻すと質問を返してくる。


「お前、なんで死のうとした?」


「…………その質問に答えて俺に何か徳があるのか?」


「徳があるかは知らない。だが、答えなければお前はずっとそのままだ。嫌なら答えろ」


サダメはその発言を受け、煩わしく思いながらも仕方なく口を開く。


「…………生きてる意味がないから」


「生きてる意味?」


「父は母を孕ませて、誰かに殺された。

それでも俺を産んだ母は通りすがりの誰かに殺された。

この世界において弱者の命は強者が自分に価値を見出す為のおもちゃに過ぎない。

みんなの共通認識。今生きてる奴らは俺を含めてそれが当たり前。

…………それでも敢えていうならこの世界は腐っている」


「………………………………………。」


「だから、俺は死ぬ。もう生きている意味がない」


「…………そうか」


サダメが正直に理由を話すと、男はそれだけ言って再び、大瓶を口に傾ける。


「理由は話した。もういいだろ、早く死なせてくれ」


サダメがそう言うと、男は大瓶を置き、数秒目を瞑って黙り込む。

そして、ゆっくり目を開けると落ち着いた声でこう告げた。


「いいや、ダメだ」


「っ?」


「悪いが、お前をここで死なすわけにはいかない」


「何故だ?赤の他人に生きることまで強制される謂れはない」


「………………………………。」


サダメの問いに答えず、沈黙を貫く男。

それに対して、サダメは改めて問いただそうとする。

しかし、それを遮るように男は口を開いた。


「…………今を生きるお前達は知らないだろうが、今から60年ほど前までこの世界は平和だったんだ。

勿論、争いごとが全く無かった訳じゃないが、殆どの奴が戦いを知らなかっただろう。

少なくとも俺はそれまで人間の死体を見たことなんて一度もなかった。

だが、ある日、この世界は大きく変わった。神が動き始めたことをキッカケにな」


(神……?)


「神はこの世界のルールを壊し、人間に本当の自由を与え、生き抜いてみせろとだけ告げた。

まぁ、そんなのは建前で神が本当に望んでたのは人類同士の殺し合いだがな」


「っ!」


「そして、俺達人間は愚かにも神の思惑通り、殺し合いを始めてしまった。

当然、誰もが殺し合いを望んでいたわけじゃない。

ただ殺らなければ殺られる。その思いが人を獣にしたんだ。

そこから数十年、人間は世界を立て直すことが出来ずに殺し合いを続け、今の世界が出来上がった」


男は目の前に広がる空を眺めながら現世には知られていない歴史を語る。


「その話が本当か嘘かはさておき、それと俺が今死ぬ事に何の関係がある?」


男の言葉を受け、サダメは自分の今の状況と関連性があるとは思えず、そう尋ねる。


「この世界はこのままいけばあと10年近くで確実に滅び去る。

そうならない為には誰かが神を倒し、先導となって世界を導く必要がある」


男の口からそこまで出たところでようやくサダメは話の趣旨を理解した。


「っ、まさか、それを俺がやれと?」


「そういうことだ」


「……………………………………………。」


自殺しようとしていた間際に想像もしていなかった壮大すぎる話を聞かされ、

サダメは口を半開きにし、目を見開いたまましばらく固まる。


しかし、その直後、二人の前方で大きな爆発音が響き、

その音を追って目を向けたサダメの目に“いつもの光景”が映ったことでサダメは現実に戻った。

一瞬だけ光を帯びたサダメの瞳から再び、光が失われる。


「…………話にならないな。

お前も長くこの世界を見てきたなら分かるだろ。もうこの世界は終わりだ。

会話もままならない。目を合わせたら殺し合いが始まる。

そんな腐り切った世界をどう平和にしろっていうんだ。

例え、その元凶の神とやらを倒したところで何も変わりはしない」


サダメは男の夢物語のような話を否定する。

しかし、


「いいや、必ず出来る。お前ならな」


男はそう言うと初めてサダメの方へ視線を向けた。

サダメの目に自分の目を真っ直ぐ見る男の蒼い左目が映る。

サダメはその鋭い眼光に少し気押されていた。


「お前には世界を変える力がある。誰よりもこの世界を見てきた俺が言うんだ。間違いない。

お前ならきっと神を倒し、この世界を元の平和な世界へと変えられる」


どんどん鋭くなっていく男の眼光。

サダメはその瞳に狂気にも似たとてつもない執念のようなものを感じた。

サダメはそこから逃げるように顔を逸らし、舌打ちをする。


「チッ。何がお前なら世界を変えられるだ。

それに第一、俺はそんな役回りを引き受けるつもりはない。

言っただろ。俺はもう死にたいんだ。気の毒だが、別の誰かを探すんだな」


「…………それは本心か?」


「あぁ」


「そうか。じゃあ、何故、お前は世界に絶望したあの日、死ななかった?」


「ッ!!」



『お母さん……?お母さん!!お母さん!!!!』


サダメの頭に蓋を閉じた苦い思い出が蘇る。

起こしても決して目を覚ますことのない母の姿。



「そ、それは…………、」


自分が死を決意したキッカケを掘り起こされ、サダメは言葉を詰まらせる。


あの日、たしかに俺はこの世界に絶望し、死のうと思った。

でも、


「許せなかったんだろ?こんな世界で唯一、

お前に優しくしてくれた母親をいとも簡単に奪い去ったこの世界が。

だから、お前は母親の仇をとる為、今日まで生き続けた」


「っ…………。あ、あぁ、そうだ。でも、俺の力じゃどうすることも出来なかった。

お前のいう神どころか、俺は母さんを殺した奴に復讐することすら…………、」


サダメは自らを痛めつけるように強く拳を握り締める。


「だから、全て放り投げて死ぬと?」


「…………仕方ないだろ。俺は強くなれない」


強くなろうとはした。

いつか母さんの仇をとるために、走って、体鍛えて、剣を振って。

でも、一向に成長することのない細い肉体と貧弱な力。


そして、気づいた。

俺には無理だと。


「強くはなれない、か」


サダメの言葉を反芻する男。


「…………歳をとるといらないことを考える。

強さとはなんだ。力とはなんだと。

誰かは言った。諦めない奴こそが強き者だと。

そして、また誰かは言った。勝負に勝ち続けた者こそが強き者だと。

でも、俺から見れば、何かを諦めたやつも負けていった奴もみんな、強く思えた」


男は遠くの空を見ながら何かを思うように言葉を紡ぐ。


「世界が変わり、人が大勢死に、今終わりを向けようとしている。

そんな世界を見ていく中、考えて、考えて、考えさせられて、俺は一つの答えを出した。

…………人から思いを託された者こそが本当の強者なのだと」


「……………………………………。」


「その思いが何なのかは託した者にしかわからない。

希望かもしれないし絶望かもしれないし願いなのかもしれない。

でも、その思いが多ければ多いほど、重たければ重いほど、きっとソイツは強い。

…………そして、今、俺の肩には未来の為に散っていった奴らの思いが乗っている」


「何が言いたい?まさか、それをそのまま俺に託すとでもいう気か?」


「いいや、今のお前に託せるような軽いもんじゃないさ」


「……………………………………。」


少しだけその言葉を期待していたサダメはあっさりと否定され、

期待していた言葉を否定する為に開いていた口を閉ざす。


「ただ、もしこの先、今俺の肩に乗っている思いを、

俺の思いを託せる奴が現れるとしたら、それはお前だけだ」


「っ!」


まるでそれを確信しているように言い切る男。

それはサダメの自殺を止める為に適当なことを言ってるようには見えなかった。


「な、なんでお前は、今会ったばかりの俺にそこまで」


「そりゃあ、散々、見てきたからな。この目で」


「?」


見てきた?


そういう男は哀愁を漂わせながら目の前を隠すように左目を塞ぐ。


「どれだけ見たくないものがこの目に映ったことか。

何度、この目を閉ざそうとしたかは数えきれやしない。

それでも、俺はお前がこの思いを背負えるようになるその日までお前を見守ると決めた。

だから、お前も選べ。俺の元で鍛えればお前は必ず強くなれる、強くしてやる。

それともお前は自分は弱いと嘆いて託されたたった一つの思いにも気づかず、死んでいくか?」


「っ!」


その瞬間、サダメの身体は身を投げ出す前の体制に戻り、

今まで動かなかった身体に自由が戻る。


俺に託されたたった一つの思い…………。


サダメは視線を落とし、自分の胸に問いかけるように自身の胸に手を当てる。

そして、もう一度、ゆっくりと男の方へ目線を向けた。


…………怪しい男。

何が目的なのか。何故、俺の過去を知っているのか。

コイツには聞かなきゃいけないことが色々ある。


が、少なくともコイツの言葉に嘘はない。

そう言い切れるだけの重さと熱がある。


「もう一度、確認させろ。お前なら本当に俺を強く出来るんだな?」


サダメは胸の前で握った拳に力を込めると男にそう尋ねる。

すると、男は大瓶を口に傾けてから言葉を濁すことなくはっきりとこう告げた。


「あぁ、出来る。誰よりも、神よりも、俺よりもな」


「そうか。…………なら、憂さ晴らしくらいは出来そうだな。

平和どうこうっていうのは興味ないが、神を倒すくらいならやってやる。

…………俺を強くしろ。そしたら、俺がお前の希望になってやる」


サダメは男に向かい合うとそう宣言する。


「神を倒す“くらい”か。流石、運命を変える男は違うな」


「あ?」


男は何を考えているのか、俯きながら腰を上げると、

ゆっくりとサダメの元へ歩み寄っていく。

そして、男はサダメの前で停止すると、サダメを見下ろした。


「な、なんだよ」


振り上げられる男の手。

反射的に身構えるサダメだったが、その手はサダメの頭にそっと乗せられた。


「?」


少し下に向かった視線を上げるサダメ。

すると、そこには男の笑みがあった。


「大丈夫。お前の未来は今、確定した」


 

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