第3話 私の小さなドラゴン(3)

「失礼します。ちょっと中に入ってもよろしいでしょうか?」


端正なスーツ姿に中折れ帽子をかぶった若い男性が、丁寧な口調で二人に声をかけました。


「誰ですか?」


最初に前に出たのはビビアンだった。

眼鏡を一度直したビビアンは、男性を上下に見下ろし、警戒心を隠さなかった。

メリも腕の中の卵をハンカチで包んで後ろに隠した。


「はは、あまり警戒する必要はないと思いますよ、お嬢様。私はこんな人です」


男性は襟の内側から名刺を取り出した。名刺には立派な文字が刻まれていた。


「…皇立学術院の生物学者アルバートン?」


メリとビビアンは同時に名刺の中の名前を読みながら、男性を見つめ直した。


「初めまして、生物学者のアルバートンと申します。 学術院に所属し、ドラゴンの生態に関する研究活動を行っています」


中折れ帽を下ろして挨拶する姿は、よく見かける紳士の典型であった。


「学者という方が、何か用事でもあるのですか?」


ビビアンが不審そうな顔で尋ねた。


「通りすがりに興味深い話を聞いたのですが、お持ちになっている卵について知りたいことがたくさんあるようですが、少し拝見してもよろしいでしょうか?」


アルバートが丁寧な口調で二人に許可を求めた。


「つまり、一言で言えば、盗み聞きしたということですか?」


ビビアンの鋭い指摘が続いた。


「うーん、ある意味、そういう表現もできますね」


男は得意げな表情を浮かべた。


「卵をお見せするのは困りますね」


結論を出したのは、卵の持ち主であるメリだった。


「うーん、そうなんですね、ちょっと残念ですが…」


アルバートンは残念そうな表情を浮かべた。

それでも、怪しい人に卵を見せるのは何となく気が引けるので、メリは早く男性が通り過ぎることを願った。


「ところで、一つ知っていますか?」

「え?」


男性の言葉が終わる間もなく、青天の霹靂のような話が続いた。


「電車内の生物は、特別な許可がないと持ち込みが難しいんです」

「…⁉︎」

「もしかしてそこの茶髪のお嬢様。許可は取れましたか?」


アルバートンは余裕の眼差しで、視線はメリに向けられた。


(許可⁉︎、許可が必要だったの?)


心の中で大慌てたメリは、アルバートンの言葉が本当か嘘かを判断する余裕がなかった。

初めて電車に乗るのに、許可という言葉は初めて聞く言葉だった。


「メリ?」


ビビアンの呼びかけに、メアリーは汗をかきながら答えることができなかった。

いつの間にか客室内はメリに注目し、静寂に包まれていた。


「…本当に卵を調べるだけですよね?」


白旗を掲げたのはメリだった。


「はい、ご心配なく。本当に見ているだけです。


若い紳士の笑顔は素敵なもので、特に彼の黒青色の髪が照明に照らされ、トンシー特有の青い瞳が典型的な中部帝国人であることを示していた。


「あー!」


ビビアンは頭を抱きしめ、メリは後ろに隠していた卵を前に出した。

不安半分、好奇心半分でハンカチを少し開けると、その中には粗末な卵がそのままあった。


「ほう?」


卵の状態を確認するアルバートンの手つきは慎重だった。


「ちょっと聞いてもいいですか?」


メリへの丁寧な問いかけだった。


「うーん…ほんの少しだけなら」

「はい、わかりました」


言い終わらないうちに、アルバートンは卵を持ち上げ、卵のあちこちを覗き込んだ。

途中、虫眼鏡のような小さな眼鏡を取り出し、卵の周りの凸凹した部分を注意深く見たりもした。


(本当に学者だったのだろうか?)


彼女は正直、彼が半端な詐欺師ではないかと疑っていた。しかし、あの姿はまるで本物の学者のようではないか?

疑問を抱く間もなく、男から大きな感嘆の声が聞こえてきた。


「なんてことだー!」


と言いながら、こちらを見ているではありませんか。


「本物の龍の卵ですね」

「ええっ⁉︎」


学者の言葉に二人はとても驚いてしまった。


「本当ですか?」

「いや、あんな小さなドラゴンの卵もあるんですか?」


二人は大きな驚きをあらわにし、それぞれの疑問を投げかけ、学者を追及し始めた。


「さあ、お嬢様方、落ち着いて一人ずつ質問してください」

「ふ、そうします」

「はいはい」


ビビアンが先に答え、メリが続いた。


「とりあえず調べたところ、野生種の『フェアリ・ドラゴン』の卵のようです」

「フェアリ・ドラゴン?」


アルバートンは両手を大きく上下に広げながら言った。


「普通のドラゴンの卵は、平均的にこのくらいの大きさです」


アルバートが測った大きさは、ほぼ大きなカボチャに例えられるほどの大きさだった。


「でも、この卵はとても小さくまるで鶏の卵を見ているような感じです」


確かに、アルバートが手で測った大きさよりずっと小さかった。もちろん鶏の卵よりは少し大きかったが。


「こんなに小さいドラゴンは、小型の中でも極小種なので、種類はそれほど多くないんです」


そう言いながら、アルバートンは首都の流行について教えてくれた。


「もしかして、首都でペットドラゴンが流行っているという噂を聞いたことがありますか?」

「あ、はい!」


メリは自然とビビアンに首をかしげた。噂を伝えた張本人がすぐそばにいるのだ。


「ええ、首都にいる叔母さんから、関連する流行を聞いたことがあるんです」


それはビビアンだった。


「それなら話が早いですね、その流行りのペットが『フェアリ・ドラゴン』なのです」


そう言ってアルバートンは、卵の周りにあるゴツゴツとした痕跡を指差した。


「しかし、ペットのドラゴン種は、大抵はブリーディングの過程を経て、性格がおとなしくなる傾向があります。 また、体系的に管理されているため、このように卵の表面に自然な痕跡が見られにくいのです」

「だから野生種と表現したんですか?」


野生種という意味がわかった瞬間でした。


「はい、そうです」

「なるほど」

「それで、ところで、一つ提案をさせてください」


アルバートンはメリと視線を合わせて提案した。


「この卵を私に譲っていただけませんか?」


◇◆◇


「そうか、見つけたのか?」


男爵が顔色を変えて執事に向かって尋ねた。


「はい、この列車に搭乗しているようです」


列車が途中で止まった隙にギルドメンバーと接触した執事は、新たな情報を持ってきた。


「よし、うまくいきそうだな、じゃあさっさと連れてきてくれ」


男爵の言葉もつかの間、客室のドアの外から騒ぎ声が聞こえてきた。


「何だ?」


ドアが開き、一人の若い伯爵が男爵の客室内に侵入した。


「挨拶は省略しますよ、男爵」


短い緑色の髪が印象的な男だった。

青年と少年の境目と思われる姿に呆れた顔を隠せないが、青年が着ている服の上に印章が刻まれたバッジが見えた。


「…アリスタ伯爵!」


高貴な星が刻まれた紋章は、帝国にたった一つの家を象徴していた。

アリスタ伯爵。

帝国を監視する目。

そして帝国の黄金の鷹。


「どれどれ、あなたがマルトン男爵ですか?」

「ー!!!」

「希少な複数の竜の研究用卵を盗んだ容疑であなたを逮捕、拘束させていただきます」


ラウルという名の若い補佐官が前に出て言った。


「たかが部下のくせに! 私にとんでもない罪を着せるなんて」


顔を真っ赤に染めた男爵は、腕の中から魔力散弾銃を取り出し、補佐官と伯爵を脅した。


「死にたくなければ、下がれ!」


ラウルは男爵の脅しに鼻で笑いながら、罪目を追加した。


「うーん、魔力銃ですね。 違法武器所持の容疑も追加です。男爵」


ラウルの淡々とした言葉に、男爵が興奮して持っているショットガンにマナが溜まり始めた。


「撃つなら早く撃てばいいじゃないですか?」


補佐官の挑発に恐る恐る、男爵は震える手で引き金を引いた。


-ガーン!


しかし、派手な音に似合わず、弾丸は伯爵に届く前に跡形もなく消えた。

消えた弾丸は、伯爵の補佐官ラウルの手に握られた。

ラウルが手を広げると、床に落ちる一発の弾丸。


「ー‼︎」


その姿に恐怖で愕然とした男爵は、震えながら手にした銃まで失ってしまった。


「もう終わりですか?」


天真爛漫に笑うラウルの姿が異様であった。


「早く逃げてください。男爵様!」


その時、男爵の左側にいた執事が二人の間を遮った。


「ほう、また手下がいるようだな。でも、共犯者ですから、逮捕ですよ。執事さん」


文字通り、途方に暮れていた。


「わ、わかりました! 了解しました! 逮捕に応じます!」


男爵は恐る恐るラウルに従順に言った。

そうしてラウルが二人を縛っていると、男爵の執事が突然別の話を持ち出した。


「ちょっと待ってください、ドラゴンの卵を違法に取得した者を知っています」

「え? 違法取得?」

「茶色の髪に緑色の目をした少女で、平民と思われます。盗まれた卵をその少女が買い取ったということまで判明しています」


執事の言葉が終わる前に、恐ろしいほど正しいと男爵が反論した。



「ま、そうだ! 私は悔しい! 盗まれた卵をその平民が買っただけで、私は決してドラゴンの卵をこっそり持ち出したことはないのだ」


二人の主張に、ラウルは客室の扉の外を眺めながら、自分の雇い主に問いかけた。


「そうですが、どうするつもりですか、伯爵様。」


◇◆◇


「もちろん、正当な対価を支払いますよ」


唐突な声だった。断ろうとメリが口を開いた瞬間。


「あ、ちなみに、ドラゴンの卵を違法に取得した場合、一般法ではなく、皇帝法に基づいて最大死刑まで処罰される可能性があることは、あらかじめ知っておいた方がよろしいかと思いますよ」


脅迫だった。


「…最初からこんなことを見せろと言ったのですか?」


メリは真っ青な顔でアルバートンを睨みつけた。


「はい、そうしてはいけないのですか?」


今までは本性を隠していたような、遊び心が感じられる言葉だった。


「皇法は偽物ではないのです。法律によると、平民はドラゴンを持てないというのは、よくご存じでしょう?」

「……」

「可笑しくもありませんよ。 本当に、平民がドラゴンの卵を欲しがるなんて—、だから私が持っていきますよ、平民の女の子たち」


それをじっと見ていたビビアンが口を開いた。


「あなた、学者というのも、嘘でしょう?」


これにアルバートンいや、怪しい男が肯定した。


「皇立学術院は実在しますよ」


と同時に、彼が卵をバッグに入れようとした行動に、メリが無闇に突っ込んできた。


「私の卵、返して!」

「メリ!」


窮屈な部屋の中だからだろうか。

メリィを避けようと後ずさりした男が足を滑らせた。


「やばい!」

「私の卵…!」


そのおかげで、卵が客室の外に飛び出してしまった。

卵の行方は、ドアの近くにいた見知らぬ男の腕の中に向かった。


「動作止め」


低い声が聞こえてきた。皆の視線が声の聞こえる方向を向く。

広大な麦畑が浮かび上がるような象牙色の髪を持ち、同時に宝石のような眼差しを持つ男だった。


「違法な龍卵の所持および売買の容疑で、三人とも現行犯逮捕する」


また、華やかな制服はもちろん、片手に持つ細かな模様が刻まれた金色の杖を見る限り、間違いなく貴族であった。


「は、それは何だ⁉︎」


偽学者アルバートンの怒りの言葉が終わる前に、杖から抜かれた鋭い剣が彼の首に向けられた。


「不服か?」


しかし、その瞬間だった。


-カチーン!


貴族の腕に抱かれた卵から割れる音が聞こえた。

卵を包んだハンカチの隙間から、何やら小さな生き物が見え始めた。


-ピヨ!


小さなドラゴンの誕生だった。

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