天に届け

天馬るか

第1話 おはよう

~高橋陸人~


ピピピ・・・ピピピ・・・・


んん・・・。

右耳から世界一嫌いな音が聞こえてくる。

あぁ、さっきまでいい夢をみてたのになぁ。


ピピピ・・・、、、ピピピ・・・・・・


「ああ・・・・・・起きるって・・・・・・」

メガネ・・・メガネ・・・・・・ZZZ・・・・・・


はっっ!寝てしまうところだった・・・・・・。・・・・・・ZZZ・・・・・・・・・


「パパー」

男の子にしては少し高い優しげな声が届く。

「おきてる・・・・・・ZZ・・・」

「いや、寝てるでしょ。」

 起きる気持ちはあるんだよ。起きろというアラーム音を聞き寝返りを打って、四つ這いになってメガネを探したんだから。でも眠気の逆襲にあった俺は手の力が抜け、顔は枕へと吸い込まれていった。俺の善の心がなんとかお尻だけは頑張ってあげている奇妙な体勢だ。

「はると・・・パパの手引いて・・・起きれない」

 18歳の息子に左手を伸ばし、頑張って左目だけ開ける。

「もう、しょうがないなぁパパは」

 陽翔はふふ、と笑い少し腰を落として俺の左手を持ち、肩を痛めないようにと反対の手で身体を支えてくれた。

 陽翔は温厚で家の中では一番のしっかり者。小学校の低学年を最後に、俺が朝に「起きろ」なんて言いに言ったことがない。父親が「何を自慢げに」という感じではあるが。

「パパ、おはよう。朝ごはん出来たよ?」

 確かにお味噌のいい匂いが俺の鼻に届く。そんな声と匂いで幸せになった俺は頑張って両目開けて長男の後ろについて行った。長男はリビングに行きキッチンに立ちお玉を持って俺の名を呼ぶ。

「パパ?お味噌汁いる?」

「うん!」

「ちなみに今日はジャガイモ入りだよ!」

「え、食べたい食べたい!」

「あはは、やっぱりパパはジャガイモ入りのお味噌汁が好きだねぇ」

 陽翔がニコッと笑ってこぼさないようにとゆっくり注いでくれる。

「最初は邪道だと思ってたんだけどなぁ。ママに『騙されたと思って食べてみて!』って言われて食べたのがはじまりなんだ。」

「え、ママがはじまりだったんだ!初耳!」

「そうだよぉ~」

「・・・パパ、鼻の下伸びてるよ。」

「・・・伸ばしてんの!」

散々二人で笑いながら話して、俺はもう一人の息子の所へと向かった。


コンコンコン、 


「ひかるー」

 ベッドに近づいてクッションを抱えて横たわっている次男に近づく。まだ夢の中にいるみたいだ。トントンと身体を叩けばゆるゆると目を開けた。

「ん・・・、」

「おはよ、照」

 起きる時にモゾモゾ動いてゴシゴシと目をかくのは昔から変わらない照の癖。ゆっくりと身体を起こしていく姿を眺める。

「よく眠れた?大丈夫?」

 まだぼーっとしているのか瞬きが重い。横に置いてある小さな機械を照の指に、

「・・・触んな、」

 手に触れるとこの怒り様。

「勝手に触んな、自分でするから」

「いいじゃん、パパがしてあげ、」

「ほんとキモい、うざい。いつまで子ども扱いすんの、だるいから」

 起きて早々キレ気味な照は6月に16歳になった高校一年生。反抗期なんだよねぇ。これも一般的に成長している証拠か・・・と顔が綻んでしまう俺は、相当な子煩悩だと自負している。

「わかったわかった、また後で教えてね?」

 興奮させるのも良くないと思い一旦引くことにした。そう言って顔を見ても何も答えず睨んだまま。

「服着替えるから早く出て行って」と催促されて「絶対教えてよー。」またうざい捨て台詞を吐いて俺はリビングに戻った。


「あ、おはよう。樹」

「おはよ」

 高橋樹。俺の1つ上のいとこ。

 昔から仲が良くよく2人で遊んでいたんだ。樹はなんでもできちゃう俺のお兄ちゃんで、今は大手会社に勤め全国を飛び回るエリートエンジニアだ。年中出張が多い樹は、家賃がもったいないと俺らと一緒に住むことになった。

「照は?どうだった?」

「子供扱いするな!ってやつ」

 少し声を真似て声色を下げて言うと「あら、機嫌悪いのね。」と樹は笑った。

「ごめん、パパ。照は優しいの・・・きっとパパのこと嫌いじゃないと思うからさ・・・」

 キッチンから眉を下げた陽翔が俺の顔色を見てそう言った。

「わかってるよ、不器用な次男坊なことは」

「素直になれないだけだから嫌いにならないでね?」

 誰よりも優しい陽翔。君は生まれた時から“反抗”という言葉なんて彼の辞書にないんじゃないかっていう程に優しかったね。そして弟の照のことに関しては何がなんでも守ってあげたい気持ちが強くて、時々無理しちゃうこともあるくらいだ。

「陸、今日も仕事終わるの遅い?」

 ネクタイを締めながら鏡越しにこっちを見た樹は俺に聞いた。

「そうだね、今月いっぱいは遅いかも。色んな期日が迫っててさ、」

「じゃあパパ、ご飯作っておくから温めて食べてね?」

「ありがとう。陽翔は早めに寝るんだよ?勉強も程々にね?」

「わかってるよ・・・」

 少し頬を膨らます幼さが愛らしい。

「はる、今日病院だね」

「俺がついていくから」

「もう・・・いっくん、僕もう18歳だよ?もう子供じゃない、1人でいけるよ?」

「病院終わったら疲れちゃうじゃん?いつも」

「そうだけど・・・・・・でも休憩したら大丈夫だもん」

「そんなに頑張らなくていい、俺に頼ってたらいいの」

「うん・・・」

 そんな話をしていると朝ご飯が並べ終わって、さぁ食べようかって言う頃に照がリビングに来る。春に買った制服は背が伸びることを見越してたからまだダボダボで服に着られているのを見るとやはり照は平均より細いんだな、と思わされる。

「あ、おはよう、照」

「ん」

 俺への返事はこうなのに、

「照!おはよ!」

「はる君、おはよう。」

 兄への返事はこうだ。樹がケラケラと笑っているが照は気にする素振りもない。

「照、どうだった?」

「いつも通り、普通」

「痛いとかない?苦しいとか、あと、」

「ないって」

 鬱陶しそうに言って椅子に座った。

「無理せず言うんだよ?今日また俺遅いけど、樹とはるがいるからね?」

「わかってるから」

「はいはい。早く食べよう」

 心配性な俺と反抗期の照の会話を樹が打ち切って食事を開始。朝のニュースを聞きながら、陽翔の作ってくれた朝食を食べる。残業の多い俺にとっては一日の中で一番好きな時間だ。


 俺らが朝食の終盤に差し掛かった頃、まだ照のご飯は半分にも達していなかった。しかし、時計の針は規則正しく刻々と進んでいき、出発へのタイムリミットが近づいて、さっきから照がチラチラと時計を確認しているなと見ていると箸を置き控えめに手を合わせた。

「照、もういいの?」

「うん。ごちそうさま」

「照、美味しくなかった?」

 少し心配そうに覗いたはる。

「いや、お腹いっぱいなだけ。おいしかったよ」

「よかったぁ」

 すぐにぱぁっと明るくなったはるを見て、照は付け足した。

「はる君のご飯はいつもおいしいよ。」

「ありがとう、ふふふ」

 嬉しそうに笑うお兄ちゃんを見て照も少しだけ笑った。こんな二人の穏やかな関係性が、俺も樹もとっても好きだ。照はそのまま身支度を終えて、「はるくん、今日病院頑張ってきてね」と伝えて玄関に向かった。

「照、行ってらっしゃい!」そう言った俺には相変わらず、ん、という一文字しか返ってこない。でも、「照!行ってらっしゃい!気をつけて!」と追いかけたはるには少し手を挙げて、「いってきます」といって外へ出ていった。

「はる君のご飯“は”・・・か」

 ダイニングテーブルに座ってる樹がコーヒーを飲みながら笑っていた。

「俺は、料理下手だからなー」

 自慢げに笑う39歳、主夫19年目の父親。

「そんなことないよ、照は素直になれないだけだから。パパのご飯も美味しいよ?お世辞じゃないよ!」

 そういってくれる陽翔を抱きしめて撫で回した。

「きゃははは、やめてよ!」

「親子仲良いのはいい事だけどさ・・・陸、お前もう出る時間だけど。」

「やっっっっべ!用意してくる!!!」

「パパはほんと変わんないなぁ」

 2人のそんないじりを突っ込む暇もなく俺はダッシュで用意して仕事場に向かった。

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