この国では魔力を譲渡できる
ととせ
第1話
「シエラお姉様、わたしに魔力をくださいな」
無邪気な笑顔でそうおねだりするのは、腹違いの妹シャーリだ。輝く金色の髪に、碧の瞳。その微笑みは天使のようだと、幼い頃から社交会でも評判だった。
愛らしい妹から頼み事をされると、ついシエラも頷いてしまい可能な限り応えてきた。
けれどそれが裏目に出る日が来ようとは。
あり得ない要求に、淑女教育の教師から「完璧」と太鼓判を押されているシエラでさえも、動揺を隠せず絶句する。
「どうせお前にはもう必要のないものだろう? もったいぶらずに渡してやれ」
そしてその隣では、シエラ婚約者であるこの国の第二王子ロルフがふんぞり返っている。こちらもシャーリと同じ金髪碧眼、人形のように整った容姿の二人はまさにお似合いと言って良い。
一方、くすんだ金髪で血色も悪いシエラは、ロルフから事あるごとに「何故お前が俺の婚約者なのだ」と顔を合わせるたびに暴言を吐かれる。
(シャーリを実の妹として接してきたのに。私が間違っていたのかしら)
今日は王妃主催の特別なお茶会だ。
来月に貴族学園中等部の入学式を控えた貴族の子息、子女が爵位の分け隔てなく呼ばれている。
つまりは貴族として社交デビューの場となるわけだ。
「ほら、早くしないと侍女が探しに来てしまいますわよ」
急かすように腕を掴むシャーリの目が血走っているのは見間違いではないだろう。
このローベル国では、人は魔力を持って生まれてくる。
と言ってもそれは貴族に限ったこと。平民と貴族の間に子が生まれても、魔力が受け継がれることはない。
貴族達はその特別な力を己の欲で使うことは許されず、厳格な法の下で管理される。分かりやすく言ってしまえば「ノブレス・オブリージュ」だ。
これを貴族学園で六年間、学業と共にみっちり教え込まれる。
なので入学できるのは、正当な貴族の血筋を受け継いだ子どもだけである。
しかしシャーリは父が平民の愛人に産ませた子ども。当然魔力は持っていない。
「でもねシャーリ。魔力をあなたにあげたとしても、あなたのお母様は……」
「それは大丈夫。お父様が男爵より伯爵が相応しいっておっしゃって位をお母様に買ってくださったんですって。あとはお姉様が、わたしに魔力を譲渡してくだされば何も問題ないわ」
(お父様……お母様から受け継いだグラッド公爵家の名になんという事をしたの)
シエラの実母はシエラが五歳の時に病で他界している。
その直後、「家族には母親が必要だ」と尤もらしい持論で父が連れてきたのは、市井の酒場で働いていたというシャーリの母親だった。そして何故かその女は「今日から妹になるシャーリよ。仲良くしてあげてね」と笑顔でシャーリを紹介したのである。
元々父は伯爵家から婿入りをした身で、本来ならばシエラが公爵家を継ぐはずだった。しかし急な病で倒れた母の葬儀に乗じて父は爵位と財産の全てを自らの物とした。裏では継母も色々と関与していたとシエラが知ったのは、更に数年経ってからだった。
当然ながら王家を含めた貴族達から疑惑を向けられたが、父と継母には悪運が味方した。
隣国との交易問題や疫病、天候不順など。公爵家の乗っ取り事件どころではない事態が続き、当時の事は有耶無耶にされて今に到る。
父が公爵家の名に泥を塗った件をシエラは許していない。しかし今は、目の前のシャーリをどうするのかが問題だ。
シャーリは妹ではあるが、シエラとは一カ月しか違わない。
つまり父は、シエラの母と結婚した直後から愛人を持ち子どもまでつくっていたのだ。いや、もしかしたら愛人との関係の方が、ずっと長かったのかもしれない。
だが今となってはそんなことはどうでもいい。
(
再婚にあたり、父は外聞を気にして継母に男爵の地位を買い与えた。そして積極的に継母を社交の場へと連れて行き「実はとある貴族だが、事情があって市井に身を落としていた」と涙ながらの噂を広めたのである。
当初、そんな馬鹿げた話を信じる者はいなかったが、全てをひっくり返したのがシャーリの存在だ。
天使のようなシャーリは幼いながらに己の武器を熟知していた。シエラと違い淑女教育を受けずに育ったシャーリはよく言えば天真爛漫。
優しくされれば笑顔で応え、母の悪口を言う者があれば場所など気にせず泣いて周囲の関心を集める。
そんな感情を露わにする可愛らしいシャーリに貴族達も次第に絆されていく。
中でもシャーリに関心を示したのが、婚約者である同い年のロルフだった。
王命で決められた婚約者は、元は公爵家を継ぐべく特別厳しい教育を受けていたため子どもらしさの欠片もない少女。
だが妹の方は楽しければ大きな声で笑い、悲しければ涙を流し泣き叫ぶ。
愛人の子、母親は平民だと心ない噂はロルフの耳にも入っていた。
しかしシャーリから
「わたしとお母様は没落した貴族です。事情があって、身分を偽っているだけなんです」
と涙ながらに言われて信じてしまったらしい。
馬鹿げている。が、正論を告げたところでロルフがどちらを信じるかなど明らかだ。
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