第30話 鳥たちの異変

 その後もふたりは市場を巡りながら、「ポン・ダモン」と呼ばれる揚げ物やフィッシュ・トルティーヤを買い、運河へと足を運ぶ。王都を縦横に流れるセーヌ運河には遊覧船が行き交い、穏やかな水面が黄金色の陽光を反射していた。


 「遊覧船の中で食べましょう」

 「なるほど、良い考えだな」


 ふたりは一艘の遊覧船に乗り込み、ゆったりとした時間の中、先ほど買った食べ物を分け合う。


 「ポン・ダモンは中にジューシーな肉やチーズ、野菜を詰めた揚げ物です。トルティーヤの中には、白身魚のフライが入っていますよ」

 「ほう……ぱりっと焼けた皮が香ばしい! こちらのトルティーヤは、ふわっとした白身魚のフライと、爽やかなレモンの香りが広がるソースが絶妙だな」

 「そうでしょう? ……あ、よろしければこちらをどうぞ」


 パールが水筒を取り出し、カイルに差し出す。


 「屋敷から持ってきた冷たいハーブティーですわ。どんな料理にも合います」

 「パール嬢……本当に気が利くな」


 カイルは水筒を受け取りながら、心の中で嬉しい気持ちが踊っていた。パールの世話焼きな性格には慣れてきたが、こうして自分のことを気遣ってくれるのは、とても心地よい。


 「俺なんかに、そんなに気を使わなくてもいいのに」

 「カイル様はこの国最強の魔法使いではありませんか? 大事にされて当たり前の方です。ですから、これくらい当然のことですわ。私が尽くしてあげたいのはカイル様だけですから」


 パールは柔らかく微笑み、カイルの視線を受け止めた。その瞳の奥には、純粋な好意と信頼が宿っている。ほわほわと温かい気持ちになったカイルは、照れ隠しにパールから目をそらした。遊覧船が進むにつれ、運河の水面は陽光を受けてゆらめき、金色の輝きを散らしていた。両岸には色とりどりの花が咲き誇り、風に乗って甘やかな香りが漂ってくる。石造りの橋がいくつも架かり、その上を行き交う人々の声が穏やかな午後の空気に溶け込んでいた。


 王都の景色は確かに美しい。だが今はそれよりも――隣にいるパールの存在のほうが、カイルにはずっと鮮やかで綺麗に見えたのだった。


 ◆◇◆


 楽しかったボールディング侯爵家での時間も終わり、カイルは再び魚屋の二階へと戻ってきた。そこへカツオが現れ、魔石を使った映像を見た商店街の人々が、魔法競技会でのカイルの活躍を褒め称えていたことを伝えた。ちなみにボールディング侯爵家滞在中、空間歪曲型の瞬間移動の弊害で魚屋の二階にマーロンと何度か戻されたが、マーロンだけは人々に魔法競技会の結果を早く伝えるため、魚屋の二階に残ったのだった。


 「マーロンさんが得意になっていたぜ。まるでカイルを自分の息子みたいに思っているんだな。商店街の皆を集めて、魔石で競技会の様子を映し出してくれたんだ。カイルは本当に強いよなぁ」


 カツオはそう言って笑ったが、カイルはふと、外から聞こえる異様な鳥の騒ぎに眉をひそめた。


 ――ピィィッ! ピチチッ!


 空を見上げると、数え切れないほどの鳥が商店街の上を飛び交い、普段とは違う切迫した鳴き声を上げている。何かが起きている。そんな不安が胸をよぎり、カイルはそのなかの一羽に神経を集中させた。


 ――なにを騒いでいるのか教えてくれ!


 心の中で念じると鳥がカイルの問いかけに応じる。


 ――大きな屋敷に戻った悪い人間。いつも食べ物くれた優しい人間、閉じ込めた。あの屋敷、優しい人間もういない。武装した人間いっぱい!  危険、危険! あの屋敷に近づくな!


 鳥の警告が、はっきりと頭に響く。パールがくれた琥珀の力が、彼らの言葉をはっきりと伝えていた。


 ――大きな屋敷――ケアニー家の屋敷のことか? 戻った悪い人間――パット?  優しい人間がいない――昔からレニー兄上は庭園に巣箱を設置し、野鳥たちが果実をついばめるようにしていたよな。まさかレニー兄上が……


 カイルの脳裏に、不吉な予感が走る。そしてカイルは一瞬の間に、何かを決意したように動き出した。




 その後、遠くから甲冑が擦れる音や、大勢の地面を踏みしめる音が近づいてきた。それはパットを筆頭にしたレニーを除く兄たち五人、そしてケアニー辺境伯爵家の騎士や使用人たちであった。彼らは皆、完全武装しておりカイルとの戦いに備え、人質にしようと商店街の人々を捕らえるために来たのだった。



 






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