第23話-2 魔法競技会
参加者の控え室は貴族と平民の区別はない。石造りの半地下室で、太い柱が並び、天井はアーチ状になっている大部屋である。
カイルはパットに声をかけられ、開口一番、罵倒を浴びせられた。
「お前みたいな雑魚が出場するのか? 帰れ、帰れ! 恥をかくだけだぞ。この剣がなければ魔法も使えんくせに」
パットは手にした氷の魔剣を誇示するように揺らしながら、嘲笑を込めて言い放つ。しかし、カイルは微塵も動じず、冷めた目で見返した。
「いや、帰らない。それより俺に話しかけるな」
パットの顔が醜く歪んだが、カイルは全く気にかけない。
出場者入場の合図を告げる鐘が、高らかに鳴り響いた。 鐘の音とともに、コロッセウムの中央の扉がゆっくりと開く。そして、次々と選手たちが姿を現した。
鋭い眼光を放つ歴戦の戦士、熟練の技を持つ円熟した冒険者、若さと勢いに満ちた溌剌たる若者――
彼らの経歴や風貌はさまざまだが、ただ一つ、共通していることがある。誰もが己の魔法の腕に絶対の自信を持っている、ということだ。
戦士は肩や胸元に金属の装飾が施された革製の戦闘服を着用し、冒険者は暗紫や深緑、藍色の金や銀の糸で魔法陣の刺繍が施されているローブを纏っていた。
カイルの服装はケアニー商店街に店を構える仕立屋や靴屋が製造したものだった。いわゆる一般的な冒険者の格好で、上半身は革製のチェストガードに、動きやすいシャツを着用。防御力よりも機動力を重視している。下半身は革パンツと軽量のブーツだ。
頭に巻いた布は、エリカが汗をかいてもいいようにと縫ったものだった。
布製のマントはスザンナの手作りだし、エリカの母ココからは回復薬などを入れておくポーチをもらった。女性たちの応援の声には、パットを直接たたきのめしてほしいという言葉もあったが、対戦できるかは運次第だ。大会は勝ち上がりトーナメントだし、戦う相手も自分で選べるわけではないのだ。
コロッセウム入場時には高々と参加者の名前が読み上げられる。
「ケアニー商店街・ケアニー冒険者ギルド・ケアニー商業ギルド代表、カイル!」
魔道具による音声拡散機がカイルの名を響かせると、観客席の一角でパールが優雅に立ち上がった。
「カイル様!」
可憐な笑みを浮かべて手を振るパールの姿に気づくと、カイルは照れくさそうにそっと手を振り返した。パールのあまりの可愛さに頬が緩んだ。
しかし、その様子を背後から睨んでいた男がいる。
「……チッ」
後ろを歩いていたパットである。カイルが注目を浴び、しかもあのパールが手を振り微笑む光景が、癇に障って仕方がない。
「いい気になるなよ、カイル。魔法も使えない能なしがっ! お前なんか生まれてこなければ良かったんだ!」
パットは低く呟いた。
カイルは足を止め、ゆっくりと振り返る。
「領民はお前のおもちゃじゃない。俺はお前を絶対に許さないからな」
静かに放たれた言葉に、パットの顔が引き攣る。カイルの視線には怒りが滲んでいた。パットの悪行はレニーを通じてすべて聞いている。己の欲望だけを追求し、抵抗すれば見せしめに処罰し、領民を苦しめる。娘たちには乱暴を働き……――そんな行いを見過ごせるはずがなかった。
「おいっ! 誰に口を利いている? 俺はケアニー辺境伯爵家の長男で、次期当主なんだぞ!」
パットは己の立場を盾に威圧しようとするが、カイルは肩をすくめ、あっさりと返す。
「あぁ、知ってる。今はな」
その一言が、パットの怒りに油を注いだ。血管が浮かび上がるほど顔を紅潮させ、拳を握りしめたのだった。
パットは疑いもしなかった。自分こそが最強であり、この競技会の頂点に立つべき存在なのだと。
そんな自分の前に、カイルなどという取るに足らない雑草が生えているのが気に入らない。生意気にも自分に楯突き、恥知らずにもこの競技会に出場しようとしている。
「――いいだろう。ならば、この場で叩き潰してやる」
そう決意すると、パットは競技会の運営委員のもとへ向かった。控え室の奥で、運営委員たちは競技の進行を確認しながら、暇そうに酒を片手に談笑している。パットはそのうちの一人に目をつけ、にこりと笑いながら近づいた。
「お忙しいところ失礼します。少しご相談があるのですが」
運営委員の男が目を細めた。競技会に出場する貴族の長男――ケアニー辺境伯爵家の跡取りがわざわざ話しかけてきたのだ。無視はできない。
「パット様、何か問題でも?」
「ええ。実は……俺の弟カイルが出場することになっているのですが、彼は身勝手に家を飛び出し、ケアニー辺境伯爵領の秩序を乱した放蕩無頼の人間です。家名に泥を塗るような存在をこの競技会に出させるのは、あまりにも問題かと」
「なるほど」男は興味を示した。
パットはゆっくりと微笑む。そして、さらに言葉を続けた。
「ですが、俺は兄として、弟を正しく導く義務があります。カイルを放っておくのではなく、きちんと教育するべきだと思っています」
「ほぉ? つまりどういうことでしょう?」
「カイルを俺と直接対戦させてください」
その瞬間、男の表情が変わった。
兄と弟の対決。――それは観客を大いに熱狂させるかもしれない。 競技会は、もともと優秀な魔法使いを発掘するためのものだが、何より重要なのは盛り上がることだ。民衆が歓喜し、興奮し、熱狂すればするほど、運営委員の評価も上がり、国王からの褒美という形で臨時収入が得られる。
「……なるほど、それは面白い」
男はにやりと笑い、他の運営委員と顔を見合わせ頷きあった。
「わかりました。カイルの対戦相手は、パット様にしましょう」
この瞬間、カイルとパットの戦いが決まった。
だが、パットは知らなかった。それが、取り返しのつかない大間違いであることを。カイルが自分に対して抱いている怒りの大きさを、まるで理解していなかったのだ。
試合が始まる前、出場者たちはそれぞれ決闘の場に備え、集中を高めていた。一方、観客席の空気はどんどん熱を帯びていく。屋台から買った酒や軽食を手に、観客たちは声を張り上げ、場の雰囲気を楽しんでいた。
そしてついに、大会の開幕を告げる国王の宣言が響き渡る。
「これより、第百二十七回『魔法競技会』を始める!」
場内に轟く歓声。その瞬間、コロッセウムは戦いと栄光を求める者たちの舞台となり、人々はこれから始まる熱い戦いに胸を躍らせるのだった。
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