第18話 カイルから剣を奪うパット

「なんだと? カイルが生きていただと? ビショップ卿が冒険者ギルドを護る重責を担う者を抜擢したと言っていたが、それがカイルだったと言うのか? バカな、あり得ん。あいつは魔法も使えん厄介者だぞ」


 「今のカイルは我が家の騎士たちの何倍も強いです。かつて父上が渡した剣を氷の魔剣に変えて、一撃で魔獣を倒していました」


 「……はっ! 奴にそのような力が備わっているはずがない。あれは出来損ないだ。……待て、もしや――そうか、あの剣だ。間違いない。かつて私が授けた剣が、実は比類なき魔剣だったということか。それ以外に説明がつくはずない。そもそも、あれは本来私の剣であった。今こそ、その剣を取り戻す時だ。長男のパットを遣わせよう」


 「しかし、あの剣が魔剣とは思えませんでした。父上が散々使って放置していただけの剣でしょう? カイルは剣身に氷属性の魔力を注ぎ込んでいました」

 「うるさい! わしに意見するな! お前は下がれ。この問題はパットと話す。氷属性の魔法を剣身に注ぎ込んだだと? 私ですらそんなことはできんのに、カイルができるわけがなかろう」

 ケアニー辺境伯爵は水属性と風属性の魔力しか操ることができない。そのため、氷属性や雷属性といった、遥かに高度な魔法は彼の手の届かない領域にあった。彼が「落ちこぼれ」と見なしていたカイルが、そんな上位属性の魔法を行使できるなどとは、到底信じることができなかったのだ。




 長男パットはフットマンから呼び出され、ケアニー辺境伯爵の執務室に向かった。扉を叩くとケアニー辺境伯爵が満面の笑みを浮かべている。


 「喜べ、パットよ。吉報だぞ。実はな、カイルに持たせた剣がびっくりするような魔剣だったのだ」

 「カイル? あの厄介者はまだ生きていたんですか? とっくに亡くなっていたものだと思っていましたよ」

 「あの剣が魔剣だったことで命拾いしたらしい。あの剣が氷の魔剣に変わるところを、レニーが目撃した。なんと一撃で二匹の魔獣を瞬時に倒したそうだぞ」

「小者の魔獣一匹なら一人で対処できるでしょうが、二匹を一人で、しかも一撃でなんて無理でしょう? カイルは魔法なんてひとつも使えないのですよ?」

 「だから、魔剣だと言っているだろう! どういうわけか、今までは普通の剣だったものが、ある瞬間から魔剣に変わったのだ。まぁ、そうでなければ理屈が合わない。なんの魔法も使えなかったカイルが、魔獣を二匹も一撃で倒すなど到底無理だからな」

 「なるほど、でしたらその魔剣は俺の物ですね。ケアニー辺境伯爵家を継ぐ俺が持つのに相応しいです」

 「その通りだ。騎士を10人ほど連れて、その剣を取り返せ」

 「わかりましたよ。ケアニー商店街に向かえばいいんですね? カイルはどこにいるんですか?」

 「魚屋の二階だそうだ。まったく、あいつは何を考えているんだか……魔剣を持っていたのなら、こちらに返しに来るべきだろうに」

 「まったくですね。きっと、魔剣を返すのが惜しくて戻ってこなかったに決まっていますよ」

 パットは呆れたように呟いた。


 ――魔法の才を持たぬ者が、魔剣を手に入れて王都の冒険者本部ギルドマスターに気に入られるとは、忌々しい! 愚かなカイルめ。真の価値は魔剣にあり、お前のような者には何の価値もない!


 ケアニー辺境伯爵からレニーが見たことを聞かされたパットは、カイルの実力をまるで認めようとしなかった。剣の力を得たことで、何の力もないカイルが不当に得をしたに違いないと、すでに決めつけていたのだ。


  ――矮小な存在でしかないカイルが、過大に評価されすぎているぜ!  ばかばかしい!  何がESランクだよっ!  魔剣のお陰で、その地位に上り詰めただけだろう! 


 パットはカイルの悪口を心のなかで呟きながら、意気揚々と10人の騎士を従えてケアニー商店街に足を踏み入れた。そして、その商店街の発展に目を奪われた。


 前回ここに来たのは保護料の取り立ての際だった。しかしその光景は、あの時とはまるで異なっている。新たに敷かれた石畳が陽光を反射し、通りの両側に配置された花壇には、色とりどりの花々が咲き誇っている。店舗の看板には一つとして剥げ落ちたものはなく、ショーウィンドウはピカピカに磨かれていた。


 ――この平和が保たれているのは、間違いなくカイルのお陰ではなく、魔剣のお陰だろうな。 カイルは魔剣を持っていたから、ビショップ卿の娘婿に望まれたんだ。だったら俺がそれを奪い取れば、ビショップ卿から選ばれるはず。ビショップ卿は一代貴族だが、その娘は母親の爵位を継ぐという噂だ。次期ボールディング女侯爵は俺のものさ。


 パットは末弟カイルを心底蔑んでいた。兄弟のなかでも最も強い水魔法の使い手であると自負しているパットにとって、なんの魔法も発動しないカイルは弟として認めたくない存在だった。この世界では貴族はみな大なり小なり魔法が使える。平民でさえ、まれに魔力をもって生まれ、魔法使いや冒険者になる者がいる。ケアニー辺境伯爵家に生まれて無魔法などとは、あり得ない話なのだ。


 パットは不遜な態度で、魚屋の二階に向かって叫ぶ。

「カイルよ、出てこい! 話がある」

「誰だと思ったら……なんの用だい? 俺は今、魚の解体で忙しいんだが」


 一階の店先からカイルの声が聞こえ――パットが見れば、なんとカイルは『氷の魔剣』で巨大な魚の頭を切っていた。剣の刃が青白い輝きを放ち空気が震え、剣に冷気がまとわりついている。刃の先端からは淡い霜霧が立ち昇り、魚の断面は見事に綺麗な切り口になっていた。


 「つっ、おまえ! 『氷の魔剣』で魚なんか切るな。生臭くなるだろうが……お前はバカか?」

 「魔剣? これは普通の剣だぞ」

 「嘘をつくな! いいからその魔剣を俺に寄こせ。それはケアニー辺境伯爵家の物だ。父上がお前に貸してやった剣だろう? 今この瞬間から、それは俺のものだ」

 「これがそんなに欲しいのかい? だったら、持っていけばいい。俺はこれがなくても少しも困らないからな」

 「ふふん、強がりはよせ。それがないと困るくせに……もう魔獣を討伐することもできなくなるし、ビショップ卿のお気に入りでもなくなってしまうんだぞ。次期ボールディング女侯爵になる麗しい令嬢も俺のものになるし。そうさ! お前ごときが高位貴族の婿になれると思うなよ!」

 「いったいなにを言っているんだ? そんなに剣がほしいならサッサと持って行けよ」

 カイルが差し出した剣をパットは満足気に受け取った。

 


 すっかりただの使い古した錆びた剣を魔剣だと思い込んだパットは、意気揚々と屋敷に戻った。早速、ケアニー辺境伯の執務室に向かう。


 「父上、カイルから『魔剣』を回収してきました。これで、俺はこの国一番の魔法使いになれますよね?」

 「あぁ、そうだな。年に一度開かれる『魔法競技会』に是非とも参加するのだ。そこで優勝すれば、なんでもひとつだけ望みを叶えてくれるそうだ」

「なるほど、それは良い考えですね! そこで優勝すればビショップ卿の娘どころか、王女様でも妻にできそうだ。第二王女のエレーヌ殿下は聖女認定されていましたよね? それに美人だ」

「まぁ、そこで優勝すれば、素晴らしい結婚相手を見つけることができ、ケアニー辺境伯爵家の名声も一気に高まることは間違いない。まさに、良いこと尽くしだ」


 フォレ・ケアニー辺境伯爵とその長男パットは、互いに目を合わせると、満足げな笑みを浮かべた。どちらの瞳にも、欲望と野心が隠しきれないほどに揺らめいていたのだった。



 一方、冒険者ギルドの中庭や商業ギルドの大会議室で開かれる食事会は月に二回ほど行われるのだが……

  

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