第14話 デート

 俺は雪歩とショッピングモール前で待ち合わせをしていた。もう夏か。さんさんと照りつける太陽がとても眩しく感じられ、普段なら暑苦しく感じるのに今は清々しささえ感じた。十分ほど待っていると、白いワンピース姿の雪歩がパタパタとこっちに走ってきた。いつも可愛いけど、普段着になるととてつもなく破壊力があるんだよな。太ももから見える素足もいつもよりずっと眩しい。


「待った?」


「ぜんぜん……」


「そうかな、待ったよね」


「時間通りに来て、待ったも何もないだろ」


「んんんっ、でも早く来たのに、待ってくれてると、ちょっと嬉しい」


 雪歩は満面の笑みを浮かべた。試験結果からすれば、いつもの狭間になら絶対負けてない。なら、俺は告白してもいいんだよな。気持ちとは裏腹の言葉が口をついて出た。


「嬉しくねえよ」


「嬉しいもん」


「そんなこと言わずに行くぞ」


 俺が数歩歩くと雪歩が手を出して来た。


「はい」


「ん?」


「ん? じゃないよ。はい」


 何をするつもりなのか。どうやら手を握りたいらしい。


「そ、そそそんな恥ずかしいことできるわけないぞ」


 そんなことしたら、まるで恋人同士みたいじゃないか。


「今日くらいいいじゃない。明日からはもしかしたら……」


「それを言われたら断れない」


 絶対に勝てるとは言えない。世の中に絶対なんて言葉はないのだ。なら、今だけは……。俺はギュッと雪歩の手を握りしめた。


「それでよろしい」


 歩きながら、何度か俺をチラッと見てくる。心配してないようで、雪歩は俺を心配してくれている。その証拠に普段は明るく振る舞うけれど、今日はたまに不安そうな表情をしていた。


 こんなことは今まであっただろうか?


 そう言えば、小学生の時と最近数回あったような気がする。俺は雪歩のことを知っているようで、実は何も知らない。雪歩が誘ってくれる時のことしか知らないのだ。なぜか、来ないことが何回かあった。別に気にすることでもないので、その時はそんなものかと思ってはいたが……。


「ほら、行くよー」


 雪歩は俺の手をわざとブンブンと大きく振って歩き出した。こんなに仲良くしているんだから大丈夫だよな。もし、告白したら、俺たちの関係はどうなるのだろう。


「ちょちょっと、恥ずかしいから」


 俺はいつもと同じく恥ずかしいふりをする。でも、こんな当たり前な生活だって、いつかは壊れてしまう。俺が告白しなくても、雪歩が狭間に取られなくても、いずれは離れ離れになってしまうのだ。


 そういう意味では今まで俺と雪歩がこの関係を続けて来れたのは奇跡なのだ。


「俺たちの関係って、友達だよな」


「どうしたの藪から棒に」


「俺たちの関係って周りから見たらどう見えるのだろうかって話」


「……恋人?」


「えっ……」


「って言って欲しかったのかな?」


 ふふふ、と嬉しそうに笑って歩く雪歩。また、からかっているだけだ。雪歩は時々、こうやって俺をからかう。そういつもと何も変わらない。でも、俺が告白すれば、きっと今までのようには行かないはずだ。小学生の時の傷が疼く。あの時も絶対に行けると思ったのに、なぜか断られた。


「で、水着売り場に行くのだったよね」


 俺はその言葉に現実に引き戻された。それ以前に俺が狭間に負けてしまえば告白なんてこともできなくなる。俺は本当に雪歩と一緒にプールに行けるのだろうか。


「どうしたの? ぼんやりして」


「えっ、俺、ぼんやりしてたかな」


「だって、水着売り場通り過ぎてるよ」


「えっ」


 気がつけば水着売り場を超えて、電化製品の売り場まで来ていた。水着売り場からここまで結構な距離のはずだ。雪歩はなぜ何も言わなかったのだろうか。


「ごめんごめん。もう、言ってよ」


 俺は慌てて取り繕って戻ろうとするのを雪歩が止めた。


「ゆっくり戻っても大丈夫。時間はまだ充分にあるから……ね」


「ああ、ありがとう」


 そうだ。とりあえず今日一日を楽しまなくちゃな。俺たちはゆっくりと水着売り場に戻った。


「それじゃあ、選んできてね。後で連絡してくれたらいいからね」


 俺は水着選びを雪歩に任せて、そのままその場を後にしようとした。

 

「ちょっとどこ行くんの?」


「いや、冬月の水着見てるわけには行かないからね」


「そんなことないですよ。彼氏さんが選んであげた方が彼女さんも喜びますし……ねえ」


 いつからいたのか店員がそう言って雪歩の後押しをした。


「そう言うことみたいだよ」


「いや、冬月、今の言葉聞いたよな。俺たちは……」


「そんなことどうでもいいからね。さて、選んでみようかな」


「俺はここにいないといけないの?」


「そ、役得だね」


 ここ程、居心地の悪いところはないだろう。周りを見れば水着水着水着……。


 当然、女子がメインだ。たまに彼氏連れがいても、なんか俺みたいな陰キャじゃなくて、なんか、そう垢抜けてるんだよな。


「じゃあ、選ぼっか? どれ、着て欲しい?」


「へっ!?」


「何でもいいよ、言ってみて」


 俺はその意味が分かり、思わず雪歩を見た。


「だから、そう、どれきて欲しいかな」


「それは雪歩が好きなものを……」


「彼氏さんそれでは、彼女さんが嬉しくないですよ。さあ、ここはちゃんと選んであげないとね」


 本当にお仕着せがましい店員だよ。


「で、どう?」


 俺はその中から一番露出度の低い水着を指刺した。これなら、スクール水着に近い。


「えーーーっ、本当にこれ?」


「そうですよ。もう少し彼女さんの立場に立ってあげてくださいよ」


 いや、勝手に話を進めないでください店員さん。


「彼氏さん、これなんかどうですか?」


「いや、それは露出度が……」


「これ、可愛い!」


「そうなのか!?」


 確かに今の雪歩ならば、きっと似合うと思うけども、ビキニタイプの水着なんて露出度高すぎないか。


「じゃあ、これ着てくるね」


 嬉しそうに試着室に入って行く雪歩。俺は思わずため息をついてしまう。


「ダメですよ、彼氏さん。あんな可愛い彼女がいて……」


「だから、彼女なんかじゃないです」


「じゃあ、これから彼女になるのですね」


「いや、それはないと思う……」


「そんなことないですよ。ふたりはお似合いな気がしますよ」


 そうなのだろうか。俺はカッコ良くもないし、雪歩の隣に立てるとは思えない。


「まあ、それは彼女が決めることですかね。ほら、出て来ますよ。褒めてあげてくださいね」


 俺は少し恥ずかしそうに試着室に立つ水着姿の雪歩の前に立つ。


「冬月、綺麗だ……」


 思わず地上に降りた天使なのじゃないかとさえ思ってしまった。


「ちょっと恥ずかしいよ。じょ、店員さん、これでお願いします。もう、着替えますね」


 その姿を見て店員は耳打ちした。


「いい雰囲気じゃないですか。おふたりはきっとお似合いの恋人になれると思います」

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