第10話 勉強

「何を言うつもりだ」


「さあね」


 果たして姉に任せて良かったのだろうか。俺はスマホを手に取る姉を見ながら、ドキドキしながら見守った。姉は俺と二歳違いだが、色々と気をまわしすぎて失敗ばかりしている。自分のことであれば、勝手にすればいいと思っていれば良かったが、本当に雪歩とのことを姉に任せてよかったのだろうか?


「はいはーい、雪歩ちゃん元気!!」


 姉は話しながらも俺を何度もチラ見してくる。本当に何をしたいのか。俺をチラ見しながら話すのは辞めてほしいのだが……。


「うん、そうなんだけど……えっ、颯太? ここにいるよ」


 まさか、俺の名前が出てくるとは思ってもいなくて、姉の言葉を聞いて俺の心臓が跳ねた。雪歩に俺がいることをバラしたら、誤解を生むというのが分からないのだろうか。だから、姉は毎回振られるんだよ。俺は放っておくことができなくて、思わず聞いてしまう。


「何を話してるんだ?」


「代わる?」


「いや……」


「なんかね、颯太恥ずかしがってるみたい」


 楽しそうに話しているが、本当に何を話しているのだ。夏休みにプールに行くか聞くだけだろう。そもそも、俺が一緒に行くのは相当おかしいと思うが……。


「そっ、夏休みにね。8月中のどこか空いてるかな?」


 話が核心部分に差し掛かってきた。なぜこんなに心臓がドキドキするんだよ。ただの幼馴染として行くだけだろ。小学校の時なら毎年のように一緒に行っていただろうから、今更取り立てて言う事でもないのだがね。


「颯太、良かったね。空いてるって……」


「なにがだよ」


「行くのはわたしと颯太かって? ごめんわたし、夏休み用事があってね。うん、颯太なら夏休みずっと暇なはずだから……」


「ちょっと待てよ。俺だって予定が……」


「雪歩ちゃんより優先する予定があるって言うの?」


 姉は通話ボタンを保留にして俺を睨みつけた。こう言うところは、抜け目ないよな。でもさ雪歩は俺の彼女じゃないし、俺のことを好きでもない。そんな相手とプールに行って本当に楽しいものなのだろうか。


「うん、大丈夫。空いてるからね」


 俺がそう考えている間にも、話が続いて暫くして電話が切られた。雪歩は俺なんかでいいのだろうか。本当は狭間のことが好きなのに、俺なんかに気を使ってプールへ行っても楽しくなんてないだろう。それにしても、雪歩は俺と一緒にいる時、嬉しそうに笑うよな。からかうことが楽しいからに決まっているが、そろそろそんなつまらないガキの遊びは卒業した方が絶対にいいと思う。狭間が好きならば、高校生らしく恋をすればいいのだ。それをなぜ、俺なんかとさ。


「良かったね。行ってくれるってさ」


 何にも知らない姉は雪歩がオッケーをしたことを聞いてそう言って嬉しそうに笑うが、俺はそれほど単純じゃない。

 

「だから、そんなんじゃないって」


「ねえ、雪歩ちゃんどんな水着着るんだろうね」


「知らねえよ」


「ビキニかな。そうだよね、あの娘割と着痩せするタイプだから、割と胸もあるよね」


「そんなもん見てねえよ」


「わたしが見てるからさ。そうだな、C、いやDはあるね」


「ないチチの姉さんが言うなら間違いないか」


「なに、それ。わたしに喧嘩売ってる?」


「いや、そう言うわけでは……」


「まあ、許そう。それにしても良かったね」


「用事が終わったら出ていけよ」


「はいはい、邪魔者は退散しますって」


 そう言って姉は扉を開けた。


「恋、進展するといいね」


「だから、違うってばよ」


「まあ、そう言うことにしとくわ。結婚式のブーケトスはわたしにしてよね」


「なぜ、俺が先に結婚する設定なんだよ」


「そりゃさ、まあいいや」


「なんだよ、その中途半端なフリはよ」


「まあまあ、楽しんできなって」


「その前に期末テストがあるわけだが……」


「どうせ、何の興味も湧かない平均点でしょ。誰も気にならないわよ」


「うるせえな」


 そう言って姉は出て行った。本当に嵐のような人だ。まあ、そのおかげで雪歩と久しぶりのプールか。雪歩は将来狭間の恋人になるとしても、まあそのくらいはいいよな。





――――――




 その次の日、学校で事件が起こった。


「なあ、勝負をしないか」


「勝負ってなんの?」


「期末テストをめぐって、俺と颯太で勝負するんだ。負けた方が、冬月さんから身を引く」


 どう言うことだ? 狭間は雪歩に告白するのではなく、なぜこんな回りくどい勝負をするのだ。


「ちょっと待って! 狭間くんどう言うことなの?」


 廊下で女子と話していた雪歩は教室に入ってきて、狭間に聞いていた。なんかいつもと違って語気が険しいような気がする。


「だから言った通りだよ。僕と颯太で期末テストの勝負をして負けた方が冬月さんから身を引くんだ」


「そんな、わたし景品なんかじゃない!!」


「だから、付き合えるとは言ってない。そうじゃなくて身を引くんだ。冬月さんは勝った方の告白に応じてもいいし、応じなくても……」


「ねえ、颯太。これは辞めておこうよ。狭間くんはいつも10番台をキープしてる。颯太に勝ち目は……」


「そう言うわけには行かないよ」


 そうだ。これで俺が負ければ狭間も大手を振って雪歩に告白できるし、雪歩だって俺を気にする必要がなくなる。


「分かったよ。全力を出して応えるよ」


「ああ、文句は言いっこなしだよ」


 勝つためではあれば無謀とも言える挑戦だが、俺は負けて雪歩を解き放ってあげればいいのだ。そうであれば、これほど合理的なことはないはずだ。





――――――――




「今日から試験までクラブを休んで!!!」


 俺が部活に行こうとしたら、俺の目の前に雪歩が立ちふさがった。目に涙まで浮かべている。本来なら喜ぶべきことなのに、まだ俺をからかいたいのか。


「どうしてだよ。どうせ勝ち目なんてないよ」


「じゃあ、どうして……いや、そんなこと言ってる暇はないか。行くよ!」


 雪歩は俺の手を取り、何も言わずに前を歩く。


「どこに行くんだよ」


「わたしの家で一緒に勉強する」


「なんで……」


「バカなの。こんなことオッケーして」


 涙を溜めて、雪歩は俺に訴えかけた。雪歩は自分の家の扉を開けるや俺の手を引いて家に招き入れた。


「雪歩、珍しいわね。颯太くん、最近はうちに来なかったのに」


「ママ、今日部屋に入ってこないで」


「えっ、ちょっとどういう意味?」


「あっ、今日は二人で勉強しますから」


「そう、珍しいわね。まあ、お菓子くらいは持っていくね」


 雪歩は何も言わずに二階に上がって行った。


「何があったの? 雪歩にしては珍しい」


「いえ、大したことでは……」


「まあ、ごゆっくり」


「すいません」


 あの言い方では思い切り勘違いされかねないだろ。俺は雪歩の母親に頭を下げると慌てて二階に上がった。それにしてもどういう事なんだよ。俺が部屋に入ると雪歩はノートを開けて俺を待っていた。


「時間がないから、わたしのノートで勉強して、わたしが教えるからね」


「ノートなら俺だって取ってる……」


「わたしのノートを見てから言ってよ」


 俺は雪歩のノートを見て驚いた。先生の言ったことがすべて解説つきで書かれている。重要点はマーカーや赤のボールペンで書かれ、さながら参考書だ。


「これっていつ……」


「わたしが毎回一位の秘密だよ。わたしは復習のため毎回ノートを作り直してる」


 驚いた、これならもしかしたら十位以内も可能かも知れない。

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