冬月さんは僕をからかう

楽園

第1話 冬月さんは僕をからかう

 冬月雪歩はいつも俺をからかう。


 授業中、俺―蒼井颯太はいつものように隣の席の冬月雪歩に仕返しをしようと色々と策を練っていた。俺と雪歩は小さい頃からのライバルで、お互いのプライドを賭けたゲームで相手を騙し合い勝った方が負けた方の言うことを一つだけ聞くというルールで戦って来た。基本勝った方は負けた方にどんな願いをしても構わないが、俺たちはジュースを買ってきてなど、他愛もないことを頼んで勝つ喜びを感じていた。


 今回もいつもと変わらず雪歩を負かすことにより、心の平穏を得ようとある策を仕掛けることに成功した。本来、俺は弱者に優しく雪歩にも情けをかけ、毎回負けてやっていたのだが、今回ばかりは絶対に負けられない理由があった。ことの発端は昨日の放課後のことだ。俺はいつものように部活に出てサッカーの練習をしていた。俺は雪歩がサボっていないか見ていると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。


「何をテニス部を見てるんだよ!! 練習しろ!!」


 誰の叫び声かと思い俺が振り向いた瞬間、頭に激痛が走った。な、何が起こったんだ。よく確認してみると鬼のような形相をした先輩が目の前で俺を睨みつけていた。


「彼女のスコートを覗き見てんじゃねえぞ」


「ち、違います!! 彼女じゃないです!!」


 俺は雪歩に意識が行っていて、一瞬何を言われているのか分からなかったが、その怒りようから雪歩を見ていたことを言われてるのだと気づき慌てて否定した。


「スコートを見ていたことは否定しないんだな!!」


「いえ、見てません!!」


「嘘をつくな!!」


「この距離じゃ見えません」


「誰も見えるか見えないかを今議論しているわけじゃない!! 見ようとしていたことが問題なんだよ!!」


 雪歩を見ていただけで、なぜスカートの中を見ようとしていたことになるのだ。先輩の言うことは本来は無茶苦茶だ。それでもここで反論でもしようものなら、その犠牲は遥かに多くなるだろう。ここは先輩の機嫌をこれ以上損ねない方が得策だ。


「えと、俺はどうすれば許してもらえますか?」


「グランド10周だ!!」


 ここは先に先輩に罰を聞いた方がいいと思ったのだが、俺が思っていたよりも遥かに厳しい罰を言い渡して来た。女を見ていただけで、グランド10周はないだろう。俺は思わず不平が口をついて出た。


「ええっ!! マジっすか」


「まじだ! そんな邪な心では甲子園なんて行けねえぞ」


 甲子園ってなんだよインターハイだろ。そもそもこの弱小高がインターハイなんて行けるわけがない。先輩は雪歩のことが好きだから、俺と雪歩が仲良くしているのが気に食わないのだ。雪歩が俺を応援する声が聞こえただけで、俺を睨みつけて来たことがある。何故、部活中に俺に声をかけた雪歩を睨まずに俺を睨むんだよ。本当にくたばれよな。俺は心の中で何度も文句を言いながら、やっとのことでグランドを10周し終えた。はあはあはあ、マジで最低だよ。俺はそのままグランドに倒れ込んだ。


「何してるの!?」


 しばらくはあはあと息を整えながら倒れていると上から女子の声とシャンプーのいい匂いがした。この匂いは雪歩か。誰のせいでこう言う目に遭っていると思ってるんだよ!!


「うるせえ」


「そんなに大声で話してないよ?」


「声じゃ無くてだな」


 そう言って雪歩の方を振り返り、慌てて視線を元に戻した。まさか中腰で座ってるなんて思わないだろ。白のスコートが目の前にあって、割れ目まで見えそうだった。や、ヤバすぎるだろ。雪歩は男子の視線に気をつけた方がいいって。


「どうしたの?」


 俺は生唾を飲み込む。やっていることは子供の頃と変わらないが、身体が大人になって、胸もあそこも大人の女性と変わらないまでに成長している。本人は気づいてない分、物凄くエロい。俺じゃなければ押し倒されていても文句は言えないぞ。


「あのさ、その姿勢はまずいと思うが」


「わたしの、……姿勢!?」


 俺は何とか今の状況を伝えようと、なるべくいやらしくない言葉で伝えた。これで伝わるだろうか。今の雪歩はきっと俺が何を言ってるのかを考えながらキョトンとしているに違いない。少しの間をおいて雪歩の少し馬鹿にしたような声が聞こえた。


「颯太って、すけべだねえ」


「バカか、そんなもん見えたら、誰だって思うだろ」


「これはパンツじゃないよ。スコートだよ」


「それでもだ。お前さ、いつもそんな格好してるのか! 写真撮られたらどうすんだよ」


「ふうん」


 その後、足についた砂を落として、立ち上がる音が聞こえる。


「大丈夫だよ、颯太の前でしかしないから……」


「どう言う意味だよ!!」


「さあて、どう言う意味でしょう」


 俺の前でしかしないってどう言う意味だよ。普通の男ならば、もしかしてきっと好意を持たれているのかもと思って舞い上がるに違いない。だが、雪歩に関してそれは絶対にない。小さい時からの付き合いだから分かるが、これを間に受けて、告白などしようものなら、完膚なきまでな叩きのめされる。俺の古傷がそれを証明している。そう、これはいつもと変わらぬからかいだ。そんなことも分からないようならば、雪歩と付き合うことなど不可能なのだ。まあ、それはいいとして、なぜ雪歩はここにいるのだ。


「そんなことより、部活中だぞ」


 そう雪歩は部活をサボるようなことは絶対にしない。それなのに、何故俺をからかうために部活を抜け出して、俺のところに来たのだ。そもそも、こんなところで雪歩と話しているのを先輩に見つかればもう十周は確実に走らされるだろう。そんな最悪な結果は絶対に回避しなければならない。俺が何とか起き上がり、部活に戻ろうとした時、後ろから雪歩の声がした。


「部活、終わったよ」


「へっ!!」


「だから部活はとうに終わってるって。そして、みんな帰った」


 おかしいと思ったんだ。あの先輩が雪歩と話している俺に気づかないわけがない。それにしてもみんな帰っただと。嘘だろ、おい。サッカー部の誰も俺を待ってくれなかったのか。


「最低だよ! お前のせいだぞ」


「なんで!?」


 理由なんて言えるわけがない。雪歩の姿を追っていたら、先輩から怒られたのだ。だが、雪歩だって割とチラ見をしているのだ。なぜ、俺だけがこんな理不尽なお仕置きをさせられなくちゃならねえんだよ。


「まあ、いいや。じゃあ、着替えたら正門で待ってるからね」


「えっ、なんで?」


「朝頼んだ食材買ってこないと今日の晩御作れないって、おばさんがね」


「そんなの子供じゃねえんだから、ひとりで買いに行けるって」


「でも忘れてたでしょ?」


 図星ではある。そもそも下校中に買うものを朝頼んで買ってくる可能性なんてあるのだろうか。


「わたしは頼まれたものは買って帰るけどね」


「分かった。分かったって」


 子供の時から雪歩はしっかりしている。俺が忘れ物をしても、こいつが忘れることは滅多にない。頭の出来が違うのだ。高校だって進学校に行くのだと思っていた。俺は服を着替えながら、雪歩のことをずっと考えていた。そういや物心つく時にはいつも雪歩が隣にいた。雪歩ちゃんが一緒なら安心だよ。母親はいつもそう言っていたな。


 クラスメイトも雪歩と俺がただの腐れ縁なことくらい知っているのだが、俺たちの関係があまりにも近すぎるために、付き合ってるのだろ、とからかうやつがいる。馬鹿も休み休み言えって。俺と雪歩だぞ。一緒に歩いていたら姉弟にしか絶対に見えない自信がある。そう思いながら、俺は急いで服を着替えて、雪歩の待つ校門に向かった。


「遅かったね」


 夕陽に照らされた雪歩はキラキラとか輝く天使のようにそこに佇んでいた。きっと雪歩と俺の関係を知らない人が見たら、彼女が待っていて、俺が待ったなどと定型的な挨拶をして、ふたり一緒に楽しく帰る。そんな青春の1ページにさえ感じるかもしれない。だが、現実は全く異なる。雪歩は見た目が可愛く天使のようだが、性格に難があり、俺を揶揄おうといつもてぐすね引いて待ち構えているのだ。ルックスは抜群だから、見た目に騙される男どもが後をたたないが現実にはそんなに見た目とは真逆の腹黒女なのだ。俺は他の男のようにこの女を見誤ったりはしない。


「冬月が早すぎるんだよ」


 俺は雪歩の前を通り過ぎ、そのまま歩き出す。


「ちょっと早いよ!! 並んで歩こうよ」


 何故俺がからかおうとしている女に歩調を合わせて歩かなければならないのだ。そんな気を許せば何をされるか分かったものじゃないぞ。俺はそのまま走り出す。


「スーパーまで競争だ!」


 振り向きざまにそう言って。


「ちょっと!! 酷いよ。待ってよ!!」


 これは一見青春の一ページに見えるが、雪歩が俺を好きでなく、俺も雪歩を、いやこれはやめておこう。今は好きではない。そう、俺たちはお互いにお互いを揶揄うために命をかけて戦うライバルなのだ。




――――――




「で、何つまらないことしているの?」


 昨日の恨みを晴らすために色々な策を練っていると教室に戻ってきた雪歩からそう言われた。雪歩は忘れても、俺は昨日の恨みは絶対に忘れない。ただ、心の中とは違い面と向かっては爽やかに笑いかけた。


「つまらないことなんてしてないぞ」


「ふうん」


 家に帰った俺は母親から雪歩がいないと何も出来ないのね、と馬鹿にされたのだ。昨日の俺は先輩に体罰を受け、そして母親に馬鹿にされると言う二度も辛酸を舐めさせられたのだ。これを今日仕返ししないでいつ仕返しすると言うのだ。


「なあ、冬月のスマホって待ち受け画面なんだっけ?」


 俺は平静さを装い雪歩にそれとなく聞いた。実はさっき雪歩が席を立った時に俺のスマホと入れ替えておいた。雪歩は絶対に気づいてはいまい。取り替えたスマホに設定されている待受画面はもちろん俺だ。雪歩よ、昨日の恥ずかしさを倍返しで返してやるよ。


「この前聞いたんだけどさ。女子たち、お守りって言って好きな男子の写真を待ち受け画像にしてるらしいぜ」


 実は俺のスマホと雪歩のスマホは同一機種だ。俺がスマホを買った次の週になぜか同じ機種のスマホを雪歩が買ってきた。なぜ俺と同じ機種を買ったのか。機械音痴で、分からなければ俺に聞けばいいとでも思ったのかもしれない。まあ、そんなことはこの際どうでもいい。重要なのは同じ機種と言うことだ。そのおかげですり替えられても、雪歩は気づくことができないのだ。そして雪歩のパスコードは0927、そう雪歩の誕生日なのだ。


「待ち受けかー、ちょっ待ってね」


 雪歩はそう言って、パスコードを解除して俺にスマホを見せた。


 そこには確かに……さっき設定した俺が表示されて、あれ?


「どうしたの?」


 そ、そんな馬鹿なことがあるはずがない。目の前のスマホにはいつもと同じ雪歩の飼ってる猫のクマさんが表示されている。なぜ、名前がクマなのに猫なのか気にはなるが、そんなことはどうだっていい。なぜ、俺が表示されてないんだ?


「なんで!?」

 

 

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