第5章 真実と新たなる創造

第14話

 編集者から明かされた事実が、香澄の胸を重苦しく締めつけていた。

神楽坂 雛人の作品がAIによって書き出されている可能性。

しかも、そのAIの指示文には、かつて自分が捧げたファンレターの文章や妄想までもが盛り込まれている――。

ひと晩じっくり考えてみても、まだ頭の中は整理しきれないままだ。


 翌朝の大学で、香澄はあえていつも通りの講義に出席し、ノートをとるフリをしては指先でスマホをなぞっていた。

佐々木 遼にだけでも話しておくべきかと一瞬迷ったが、彼を煩わせることになるかもしれないと思うと気が進まない。

何より、自分が神楽坂 雛人に抱いていた特別な思いが「AIの材料にされていただけ」だったと知った今、その感情をどう表現すればいいのかすらわからなかった。


 授業が終わり、キャンパスを歩きながら香澄は自問する。

「私はいったい、何に惹かれていたんだろう。

あの作家の、生々しく官能的な調教描写?

それとも、文章そのものに宿る倒錯した世界?

もしそれがただの“統計的生成”や“巧みな演出”による虚像でしかないのだとしたら、私のあの熱狂は何だったの?」


 この数日、SNSでも「神楽坂の文体に疑問を呈する投稿」がますます増えている。

講義の合間に覗いたタイムラインには、“最新刊に異様に似通ったフレーズが連発している”“AIくささが消せていない”といったコメントが流れていた。

一方で、熱狂的ファンは「先生は天才だ。AI疑惑なんてあり得ない」と声を上げ、互いの意見が激しくぶつかり合っている。


 しかし、香澄にはもはやネット上の議論に参加する気力もなかった。

自分の心を揺さぶってきた作品が、もしかしたら“偽りの熱”によって量産されていたのかもしれない――その可能性だけで十分に苦しい。

かといって、神楽坂 雛人本人が完全に無関与とも思えなかった。

どれほどAIを活用していようとも、彼自身がかもし出す妖艶なオーラや、パーティーで発せられたあの不思議な台詞の数々は、やはり人の手から生まれる魔力のように感じられるからだ。


 駅前のベンチに腰を下ろし、香澄は手帳から一枚のメモを取り出す。

そこにはごく最近まで書きかけていた“官能的なイメージ”の断片が走り書きされていた。


「私は、あなたの足元に伏したまま、甘美な命令を待っています。

あなたが手を伸ばし、首に鎖をかける瞬間を想像するだけで、体が震えてしまう。そんな倒錯的な願いを抱える自分を、受け入れてほしい――」


 自分で書いておきながら、この先どうするつもりだったのか。

香澄は自嘲気味に微笑んで、メモをそっと畳む。

神楽坂 雛人の作品を愛読し、自分が抱く奇妙な妄想を肯定してもらえたように感じた日々は、今こうして揺らいでいる。

しかし、だからこそ決めなければならない。


 「本当に、このまま終わらせていいの?

私が心を焦がすほどに熱中してきた世界を、誰かに勝手に“AIによる幻想”って言われて諦めてしまうの?」


 一人ごちる声がわずかに震えたが、意を決した彼女はスマホを取り出し、編集者からの連絡先を探し出す。

そして“再度お話したいことがあります。

神楽坂先生ご本人に、直接聞きたいことがあるんです”と短いメッセージを送信した。

返事が返ってくるかわからないが、このままでは何も始まらない。


 座り込むまま夕暮れの風に吹かれていると、ポケットのスマホが震えた。

画面には編集者の名が表示され、「もちろん構いません。近日中に先生の事務所でお時間をとりましょう」とある。

香澄は息を整え、まぶたをぎゅっと閉じる。

胸の奥に広がるのは、恐怖よりもむしろ強い覚悟だった。

たとえどんな虚構が暴かれようと、自分の欲望まで否定されることは耐えられない。

それなら、自分自身の言葉で世界を形にするしかない――そんな思いが微かに芽生えていた。

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