時を断つ大熊侍と神の遺伝子
かすたぁど
始まりの場所
魔大熊と龍神
――暗い。
ただ暗いということが認識できる真っ暗な空間。それは黒でも闇でも、ましてや透明でもない、何にも染まらない、染まる事のできない色。今までどれほど、この場所でぷかぷか浮いていたのだろうか。だがその記憶は無い。それまでの記憶すらも無い。今この時、徐々に思考が戻ってきているところなのだ。彷徨い続けてきたはずなのに、認識、苦労、恐怖……それらは一瞬である。私は、増えた光の方へ、手を伸ばしてみる。
「お、成功したようじゃの〜」
楽しそうな、ウキウキしているような、そんな声が
「……んっ?」
パチッパチッと瞬きをして、まん丸の青緑の目に光を宿らせる。何も無い、まっさらな空間。先程までいた空間が闇の空間ならば、ここは光の空間だろうか。果てしなく思える奥行きと無機質な雰囲気。そんな中、目の前には和装のスラッとした細身の人が立っていた。朱色を基調とした、椿の花をあしらった柄の着物。華やかでありつつも落ち着いた雰囲気だ。帯は薄い黄色で、ワンポイントで菊の花の刺繍が入っている。腰には黄色く丸い鈴のついた鞘を携えている。だがそれはただの人間ではない。頭にはオオカミのように尖った耳があり、その横に二本、トナカイのようなベージュの角が生えている。更に腰の後ろ辺りからはクリーム色の、太いヘビのような鱗のついた尻尾が生えている。全身には清らかな白色の毛が生えており、これらを見たらどう考えたとしても人間とは思えない。
「おや、驚いているようじゃなあ。無理もないか。じゃが、うぬのほうがインパクトは強いと思うがの〜?」
「……え?」
目の前の人外に間延びした声でそう言われ、彼はゆっくり自分自身の身体に目を向けた。まずは手だ。手のひらには銀色のふっさふさの毛の中に、ぷにぷにとした肉球のようなものがある。人の心臓を貫けそうな固く鋭い爪。そこで彼は目を丸くして急いで全身を確認する。全身は深い毛で覆われており、特に首から下、胸のあたりまでは顎髭のような体毛がもっさり生えていた。それでいて筋肉質で屈強な肉体。手で何気なく頭を触れば、丸いピクピク動く耳のようなもの。自身の後ろの腰辺りから、ふっさふさの二又に分かれた尻尾。そう、自分すら人外であったのだ。
「え、えぇ!?これどうなって……」
「そうじゃの〜……うぬはもともと人間であったから、驚くのも仕方ないじゃろう」
角の生えた人外が彼に近づいてきて、ニコッと笑いかける。何がなんだかわからず、ぽかんと立ち尽くしていれば、目の前の人外は笑顔のまま話を始めた。
「ではここで自己紹介しようではないか。ワシの名はノス。龍の獣人、そして神じゃ」
「龍の、獣人……神?」
目の前のなんとも神秘的な雰囲気を帯びた、ノスと名乗った人物を見つめて首を傾げる。その様子を見てノスは嬉しそうに微笑む。
「そうじゃそうじゃ。さて、今度はうぬの紹介じゃな。名はなんという?」
「え、えっと……」
彼は必死に頭を回転させる。暗い空に浮かんで彷徨っていたその記憶。それより前の記憶を、彼はこの空間に来たことで徐々に取り戻しつつあった。
「俺の名前は……
「ふーむ、記憶が曖昧なのかのう?……ならばこの世界ではミヤじゃな。ミヤと名乗るが良い」
この世界では、という彼の発言にミヤは違和感を覚えた。
「この世界では、っていうのは?」
「うむ。うぬはもともと違う世界にいたようでな。その世界で魂と化し……つまり亡くなり、それをワシが引っ張ってきたのじゃ」
ノスの説明を聞いても、いまいちピンときていなかった。元の世界の記憶がまったくなかったわけではない。家族、友人、自身の姿と境遇……それらはしっかり覚えているのに、自身が死んだ記憶が一切無いのだ。自分がいつ、どこで、どうやって亡くなったのか。わからないままであったが、ノスは着々と話を続けていく。
「ワシら神にだけ使える魔術、『転生』と言ってな。簡単に言えば、依代と魂を融合させる術なんじゃよ」
「……転生?」
「そうじゃ、転生。第二の生を始められることからそう名付けたそうじゃ」
転生といえば、ミヤにとってもかなり聞き馴染みのある言葉だった。死んだ主人公が目覚めたら異世界で、そこでは自分が人間ではないナニカになる。化け物みたいな能力を手にしたり、前世の記憶を頼りに名のあるものになったり。何でもうまくいく自分中心の世界に転生する、そんな物語は多々ある。それらと照らし合わせ、ミヤは自身の今の状況が、ひょっとしたら同じなのではないかと思い始めた。
「ワシがわざわざうぬを転生させたのには理由がある。少しだけ聞いてくれるかの?」
「あ、あぁ……」
不意に真面目な表情でまっすぐ見つめられ、ミヤは耳をピクピクさせながら見つめ返した。そんな彼を見てノスはやんわり笑ってから、また真剣な表情へ戻った。
「ほ、いい子じゃ。まずうぬに使ったその依代じゃが、
「さ、災害を起こすほど?」
「そうじゃ。そいつが持つエネルギーは、
「あ、ごめん……宝石獣って?」
質問を繰り返すミヤに思わず軽く笑いが溢れ、ノスは優しく笑ってから説明を付け加える。
「おっほ、説明が足りなくてすまんの。宝石獣とは五大元素の神、その使いの者じゃよ。じゃが、細かいことは後々に回すとしよう。今はあまり時間が無いんじゃ」
そう言葉を吐いた途端、ノスの体中からミヤを圧倒するような、押しつぶされるような重圧感が漏れ出す。表情は影となり全く見えなくなる。その全体像はまるで未知の存在を強調しているようで、ミヤはその圧でなんとか倒れないように踏ん張り続ける。数秒間の重圧に耐え続け、ふっとそれは突然途絶えた。ノスが全身に汗がにじみ出ているミヤを、鋭く尖った目で睨みつける。
「うぬにはワシの眷属として、一つ使命を全うしてほしい。もちろん拒否権はないがの」
「そ、その使命って?」
「……世界の崩壊を止めること、じゃ。ほっほっほ、かっこいいのう~!」
「せ、世界の崩壊を、止める……?」
唐突に現れたとんでもない使命に、思わず身が引き締まる。世界の崩壊を止める、それはすなわち世界を救うのと同義。それを俺が?本当にこの世界は俺に都合の良い異世界なのか?ミヤはぐるぐると回る思考をなんとか収めようと、頭を抱えながらしかめっ面でうずくまる。そんな彼を気にせずノスは話を続ける。
「今この世界には
ノスはうずくまるミヤの顔を覗き込んで、彼の頭に右の手をそっと乗せる。
「ミヤ。あいにくワシの力じゃ邪神は止められなくてな。そこでうぬに頼みたいのじゃ」
「で、でも……神様に無理なら俺にも無理なんじゃ?」
「ほ……ほっほっほ!」
怖気づいているようにも見えるミヤにノスは、何故か明るく笑い出した。奇妙なノスに思わず目を丸くしてぽかんとするミヤ。彼を期待のこもった目でノスは見つめ、ミヤの顎を撫でながら囁くように話す。
「それがのう、実は無理ではないのじゃ。あくまで可能性の話になってしまうが……。ミヤ、うぬの体にはワシにも見えない可能性の種があるのじゃよ」
「可能性の種……?」
「そう……それが、
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