妖怪小豆洗い娘、異世界でも小豆洗う2章
塩狸
第1話
「そろそろ船内へ行こうか」
と男に促さされ、
「の」
娘は黒子と楽しそうに話しながらも強い風に髪を押さえている。
船内へ続く扉へ向かうと、切符を見た船員が、手袋をした手を船内の扉に向け、どうやら客室まで案内してくれるらしい。
狸擬きと共に男に抱えられたまま少し急な階段や、
「ののぅ?」
螺旋階段を降りると、狭い廊下に辿り着き、点々とドアが続く。
どうやら客室らしい。
黒子の部屋、娘の部屋、そして我たちの部屋と続き、中に入ると、
「……広いの?」
思わず声が出た。
「ん?」
我の知っている本で読んだ船の客室は、雑魚寝か、良くてカーテンのある2段ベッドの4人部屋だった。
けれどこの部屋は。
ベッドは2台。
小さなテーブルと2人がけのソファ。
棚にはグラスが並び。
小さな小さな洗面台まである。
(……さすがに飾りかの)
男の小脇で大人しくなっていた狸擬きも、
「フーン?」
ここが船の中ですかと、慣れぬお船の空気よりも驚きが上回っている。
「の。凄いの……」
「このクラスだとお金だけ払っても、客に信用がないと取れない部屋らしいから、彼には感謝しないとな」
「ふぬ」
なかなかにやるな、あの色惚けじじ。
まぁ可愛い孫の付き添いなのだから当然か。
スンスンと鼻を鳴らしながら、部屋の中を隅々まで観察した狸擬きは、
「フーン♪」
船の探索に行きたいと、もう元気一杯だ。
「の」
黒子と娘も廊下に出てきた。
狸擬きは廊下に出ると、尻尾こそまだ落ちつかなさげに揺れているけれど。
キョロキョロ眺め、先を走っては、ただ他の客姿を見掛けると、たたっと戻ってくる。
(独特の匂いの……)
また急な階段を上がり、廊下に並ぶ椅子に、飾られる絵画。
食堂だけでなく、カフェもある。
小さなテーブルとソファの個室は、シガールームだろうか。
なるほど。
(海を走るお宿の)
黒子が狸擬きに負けず劣らずキョロキョロしている我を見て、何か男に訊ねている。
「?」
「船は初めてかと聞かれているよ」
「の」
あの花の国の川に浮かんだお舟は、 カウントされないだろう。
「お主は」
と黒子に問えば、
「んん?そこそこかな?」
とニッと笑う。
何となく、交換条件的な空気を出され、
(そこまでお主に興味はないの)
黒子から目を逸らし。
「ぽんぽん減ったの」
男にせがめば、
「フーン」
わたくしめもです、と狸擬き。
娘は、では私はお茶だけお付き合いさせてもらいます、と。
黒子は肩を竦めながら付いてくる。
「のの?茶屋だけでも3軒あるとの?」
「海の上だから、飽きないようにな」
「何とも、至れり尽くせりの」
一番近い茶屋へ向かい、我と狸擬きは、燻製肉とチーズのサンドイッチ、男と黒子は珈琲、娘は紅茶とクッキーを頼むと、これから10日間の間に、男には言葉と文字を、我には文字を教えるのが私の仕事になると、娘が話しているらしい。
代わりに、娘を家まで送るのが、男の仕事。
娘曰く言葉は発音も難しくはないと。
狸擬きの通訳で話を聞いていたけれど。
「のの?」
「フーン」
運ばれてきたサンドイッチは、
「焼いてあるの」
なんと言ったか、トーストサンド、いや、潰され具合からしてホットサンドか。
「ほうほう」
「フーン♪」
熱々を手に持ち、
「あむぬ」
かぶりつけば。
「ぬふん♪」
カリカリのバターの染み込んだトーストに、燻製肉と溶けたチーズ。
(これは……)
「とても、好きの」
「フンフン♪」
狸擬きも気に入ったらしい。
フライパンで、押し付けて焼くのだろうか。
寒い時期にも良さそうである。
男に濡れた布で口を手を拭われる。
「ぬぬん」
何か報酬の話をしていたらしいけれど、我は関係ないから問題はない。
食事を終えると、そのまま端のテーブルを陣取り、早速、男が言葉を教わり始め。
我はすでに娘の手で紙に一文字ずつ書かれた単語を眺めていく。
「フーン」
「の?お主もの?」
「フーン」
狸擬きと覗き込む。
港の方の文字と並べて書いてあるため、見比べて覚えればいいだけ。
黒子もちゃっかり娘と男のヒアリングに混ざり、言葉の勉強をしていたけれど。
「……フーン」
すぐに、
「飽きた、船の探検に行きたい」
と不満を訴えるのは狸擬き。
男に伝えると、少し迷う顔をしたけれど、ここは海の上。
「ほどほどで戻るように」
「の」
椅子から飛び降りると、なぜか黒子も立ち上がる。
「……」
付いてくるらしい。
男の眉が更に寄り、黒子は何か、多分、
「大丈夫大丈夫」
的な安請け合いをしているジェスチャー。
不安そうな男と娘に見送られ、大きな食堂を出ると、狸擬きがトトトッと向かう先は。
「フーン♪」
「のの」
狸擬きは、螺旋階段を気に入ったらしい。
ポンポン飛び降りては、ポンポン跳ねて戻ってくる。
他の客が来ると、スタタタと我の許まで駆け戻り、おとなしくなる。
客は物珍しそうに狸擬きを見て、我にも少し驚き、黒子を見て初めて会釈したり、手を上げてすれ違っていく。
黒子は我等の代わりに愛想よく笑い手を振っている。
狸擬きが満足するまで待つと、
「フーン」
もう2つ螺旋階段があると。
ここは真ん中。
右、左と向かい、同い年くらいの子供を連れた親子などともすれ違う。
船内を歩きながら、黒子にたまに話し掛けられるけれど、
「……」
狸擬きが何も通訳してこない所からして、我が答えない、答えられない問い掛けと思われる。
その黒子は、気にした様子もなく、外に出ようかと手振りで狭く急な階段を上がり甲板に出ると。
「ぬぬ」
しかし風が強い。
柵まで歩けば、当たり前なのだけれど、その一面に広がる、
「海はおっきいの……」
先の先の先まで海しかない。
「の」
「フーン?」
風に毛を靡かせ我に寄り添う狸擬きに問う。
「この辺りに、人魚はいるのの?」
「フーン?」
狸擬きは、スンと鼻先を空に向け、じっと耳を澄ませている。
そして、
「フーン」
頻繁に船の通るこの辺りにはいない模様。
もっともっと、人の漁も入らず、陸地からもこの船からも遥かに離れた、光の届く程度の海底にいる様子です、と教えてくれる。
「ふぬ」
いつか会ってみたい。
甲板に子供が出てきた。
我に気付き、同じ年頃のせいか、じっとこちらを窺っているけれど、隣の狸擬きに気付き目を輝かせ、狸擬きがぴゃっと我の後ろに隠れる。
「行くの」
少し離れた場所から我等を窺っていた黒子に声を掛け、入ってきたドアではなく、もう1つのドアへ向かうと、付いてきた黒子に何か訊ねられた。
多分、子供は苦手かと問われている模様。
(あぁ……)
そうか。
黒子からしたら大事な仕事の客になる。
黒子は許可が降りれば、お船でも仕事をすると聞いているけれど、我にはそんなことは関係ない。
隣に立つ黒子に何か話し掛けられるけれど、やはり何も聞き取れないまま。
向かっていた重い扉が内側から開き、
「あぁいたな」
男が娘と共に現れた。
「のの」
駆けよって両手を伸ばすと、男はその場に屈んで腕を伸ばし、
「よっ」
軽く抱き上げられる。
「お勉強は休憩の?」
男は方を竦めると、
「君がいないと集中出来なくてな、迎えに行きましょうと言われてしまった」
「くふふ」
風に髪を押さえてきた娘が、ふと、我と男を上から下まで眺めてから、男に何か伝えている。
「?」
「船に服屋があるそうだ。今着ている服も素敵だけれど、これから向かう国が基調とする、茶色いドレスを今のうちに用意しておくのもいいと思うと提案された」
ふぬん。
「お船に服屋があるとの?」
「既製品と、セミオーダー程度の仕立てならできるそうだよ」
ののぅ。
宿を越えて、海を走る街の様だ。
「我の着るものもあるのの?」
「勿論、上から下まで一式だと」
ほほぅと驚いてしまうと、
「これから仕立て貰いに行こうか」
「任せるの」
セミオーダー程度でも早い方がいいのだろう。
狸擬きには、
「服の仕立ての、お主の蝶ネクタイもの」
と告げれば、
「フーン」
ゆらりと尻尾を振る。
「茶色で目立ぬけれどの」
「♪」
それでもいいらしい。
服屋はそう広い空間ではなく、男から順に大まかな採寸になり、扉からすぐの、ふかふかのソファに狸擬きと共に座っていると、店の人間が、小柄な若い女が本を手渡してくれた。
「ありがとうの」
狸擬きと一緒に覗き込めば。
「のの」
「フーン」
兎たちが、森の一軒家で料理をするお話らしい。
しかも、桃色。
「のぅ……」
『……』
あの、花の国の山の中にいた桃色兎の、酷く嗄れた老婆の声を思い出し、少し複雑な気分になるけれど。
まぁ絵本から声が聞こえてくるわけでもない。
絵本の中の兎たちの物語は、
『お隣に住む、狼の誕生日が近く、皆でケーキを焼いてお祝いをしようと決まりました。
お誕生日は晴れ。
兎たちはそれぞれ家を出て、お小遣いで買えるものを買ってきました。
バター、卵、クッキー、お砂糖、とろりとしたミルク、それに、大安売りをしていた、大きなチーズ。
桃色兎たちは、それらを囲んでできるものを相談し、チーズケーキを作ることにしました。
大きな大きなチーズケーキは、外の釜で焼きましょう。
みんなで協力して、とても上手に焼けました。
でも。
あっと大変。
運んでいる途中、あまりの重さで、皆がバランスを崩してしまいました。
このままでは危ない。
せっかくのチーズケーキも地面に落ちてしまいます。
でも。
その時、ひょいとチーズケーキの乗った皿を持ってくれたのは、狼さん。
苺がたくさん採れたからと、持ってきてくれたのです。
素敵なタイミング。
苺はたっぷりのソースにして、美味しそうに焼けたチーズケーキにたっぷり掛けて、お庭で、テーブルを囲みましょう。
紅茶も用意して、みんなで召し上がれ』
「ののぅ」
「フーン」
「食べたいの」
チーズケーキ。
「フーン♪」
頷き合っていると、
「楽しそうだな」
男がやってきた。
「チーズケーキの」
「フーン」
「ん?」
絵本を見せると、
「あぁ。でも先に、お嬢様の採寸の時間だ」
「のぅ」
絵本を貸してくれた若い娘に採寸される。
何か話し掛けれるも、全く分からぬ。
そして採寸場所に、ずらりと並んでいるのは、見事に茶色一色のワンピースや羽織ものたち。
靴に鞄に装飾品になんでもござれ。
壮観ではあるけれど。
若い娘に、身振り手振りで、
「気になるものはございますか?」
的なことを訊ねられ、
「男に任せるの」
カーテンの向こうにいる男を指差すと、小柄な女はにこりと頷き、それ以上訊ねて来ない。
(のぅ、察しが良いの)
我の着替えの時は、さりげなく背中を向けている。
呼ばれてやってきた男が、自分の服よりも遥かに時間を掛けて、我の服をああだこうだ熱心に話ながら選んでいる。
狸擬きはソファで昼寝を始め、我は絵本を読み返しながらも。
「……ぬ」
ふと思い付くのは。
(ゼラチン的なもの、寒天?に似たものが手に入らないかの)
チーズケーキに思いを馳せていたら、記憶の本棚のお菓子の本に、真っ白い、レアチーズケーキなるものがあることを思い出したのだ。
確か原料からして、ゼラチンと寒天は全然別物だと言うことくらいは知っているけれど。
(食材屋?菓子屋?ゼリー屋?)
どんな形状で、どこに売られているのか。
「お待たせ」
考えていたら、男が戻った来た。
ワンピースを何着か着せられ、靴を履かされる。
まさに着せ替え人形そのもの。
本人より周りがはしゃぐのもお約束。
我の長い服選びが終われば、
「寝坊助狸、お主の番の」
「フーン」
もそもそ寝ぼけ眼の狸擬きは、首周りを計られてから、蝶ネクタイではなく、焦げ茶色の細いビロードのリボンを巻いて貰い。
「フーン♪」
鏡を見て、悪くないですと鼻を鳴らす。
服屋の女に見送られ、男と狭い船内を歩きながら、
「ケーキだと喫茶室になるのかな」
「チーズケーキがある店を探したいの」
近くの茶屋から覗こうかと話していると。
狸擬きが螺旋階段に気付き、スタタタと駆け寄ると、そのまま駆け降りるかと思いきや。
手摺にポンッと飛び乗り、手摺に4つ足でしっかりしがみつくと、そのまま尻からスルスルくるくると滑り降りて行った。
「ののっ!?」
なんと。
そんな愉快な遊びが。
我も我もと、男と繋ぐ手を離そうとしたけれど。
「君は駄目だ」
先手を打たれて、しっか手を握られる。
「ぬーぅ」
「こら、君のご主人様の品位が落ちる」
男が螺旋階段を上がってくる狸擬きを咎めても。
「フーン」
誰も見てません、と澄まし狸。
「そういう問題ではない」
と、男は我を抱き上げて、先へ歩き出す。
「お船は娯楽が少ないのだから、少し位は大目に見て欲しいものの」
「フーン」
全くです、と狸擬き。
喫茶室でお目当てのチーズケーキを食べながらの、我と狸擬きの当て付けに、男は苦笑いしながら煙草を吹かしている。
娘と黒子は、部屋でそれぞれ休んでいると聞く。
男にチーズケーキのおかわりをせがもうとした時。
不意に、部屋の拡張器から、何か声が流れ出した。
楽しい催し物などの連絡でもなさそうな、男の固い声色。
「の?」
「甲板に出るな」
と、通達をされたと。
「ぬの?」
男も眉を寄せているし、周りの客も少しどよめいている。
「大型の鳥が、人を襲ってきていると言っている」
なんと。
「人が餌の?」
「大人もだけれど、特に子供を狙いやすいらしくて危険だと」
ほほぅ。
この大きなお船のどこか、てっぺんにでも潜伏していたらしく、船が十分に沖に出てから、出てきたらしい。
その数3頭。
「甲板に出なければ問題ないの」
「そうだな」
腹が減れば魚でもつついて帰っていくだろう。
本来は山のほうにいる鳥だと聞いた。
なぜこのお船にまで付いて来たのかはとんと謎のまま。
夜は娘と黒子もやってきて、レストランでテーブルを囲み。
「豪華の」
船の上と言うのを忘れがちになる。
お船の上では、酒の酔いやすさなども関係するのだろうか。
黒子を見ていると、まるで関係なさそうにカッパカッパ流し込んでいるけれど。
それを見た狸擬きにせがまれ、ワインを1杯。
その狸擬き曰く、周りの客の話題も、やはりお船に留まる鳥のこと。
娘も、今までに一度も聞いたことがない事象だと言う。
「お腹いっぱいの」
「フーン」
飲み足りませんと不満気な狸擬きは無視して椅子から降りると、レストラン周りの広い廊下には、大きな、花を生けるものではなく、大きな花瓶そのものが、飾りとして鎮座している。
高さは我の背丈程もある。
「の、お船が揺れた時に倒れないのの?」
「んん。多分、重石が、鉛球でも入っているんじゃないかな」
ほぅ。
「僕は飲み足りないからバーへ行くよ」
と手を振る黒子に付いていこうとする狸擬きの毛を掴み、イヤイヤとかぶりを振って抵抗する丸い毛玉を引き摺りながら部屋に戻りつつ、お船の1日目が過ぎて行く。
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