第13話 先見の明

「試験終わった!」


 放課後、あたしは大きく伸びをした。


「思っていたより、できたかも!」


「よかったです、いすゞさん。教え甲斐がありました」


「さて、ギョーザだな!」

 

「はい。楽しみです」


 一旦、桃亜ももあの家に寄る。


 桃亜は、自分用の荷物を用意した。


「あたし、手が臭くない?」


 手の匂いを、桃亜にかがせる。


「いえ、まったく」


 よかった。かなり手を洗っても、ニンニクのニオイが落ちない時があるからな。これで桃亜の家に上がったら、嫌われるところだった。


「なにが、あったんです?」


「実は、朝から仕込んでたんだよな」


 今日も、朝のうちに店用のギョーザを作っていたのである。弟が合宿に持っていく分も、作っていたし。


「朝から、そんな感じなのですね?」


「家族経営って、そんなもんよ」


「でも、おうちを明けてしまうんですよね? お店の方は、大丈夫なので?」

 

「大丈夫。ほれ」


 あたしは、店に到着した。


 店の隣にある、機械を指差す。


「自動販売機が、あるんですか?」


「そうそう。大衆食堂用の」


 あたしの父は、新しい物好きなのだ。なにか新しい技術を学ぶと、必ず店に取り入れる。


「これ、冷凍保存してある副菜。ラーメンの冷食とか、今できるじゃん。そんなのが流行る前から、導入していたんだよ」


【ユーヘーメシ】のような、オンラインデリだってそうだ。

「出前じゃん」といわれればそれだけだが、「スマホひとつで一般人を雇って配達させる」制度は、この商店街だとウチが初である。


 店に入ると、スマホで会計を済ませた客とすれ違う。しかも高齢者だ。


 タッチ決済も、ウチがいち早く取り入れた。母がやり方をイラスト形式で店中に貼っているので、ウチの近所でタッチ決済ができない客はいない。

 外国人観光客用に、各国語でも方法を書いている。


 このあたり、先見の明ってレベルではない。


「らっしゃい。いすゞ、すまん。今は席が開いてないんだ。カウンターにお通ししてくれ」


「あいよっ。じゃあ桃亜、こちらへどうぞ」


 なるべくきれいなカウンターに、桃亜を案内する。


天湖森あまこもり学園の一年で、いすゞさんのクラスメイトをしています。細江ほそえ 桃亜ももあです。今日は、よろしくおねがいします」


「父親です。どうも。ご注文は? そこのタブレットでどうぞ」


 メニュー表も兼ねたタブレットを操作するように、父が桃亜に促す。


 スススっと、桃亜は手早くタブレットを操作した。


「しょうゆラーメンと、チャーハンにします」


 桃亜と同じものを、あたしも頼む。

 

「ラーメンセットの大、じゃないんだな?」


「それだと、ミニギョーザがついてしまうので」


「ん? お嬢ちゃん、ギョーザは苦手かい? それとも、これから人と会うのか?」


 自慢のギョーザを選んでくれなかったからか、父はしょげている。


「お夕飯に、いすゞさんといっしょに作りますので」


「あら~っ」


 桃亜が告げると、父の顔がほころんだ。 


「お楽しみは、取っておく主義か。あいよ、わかったっ! 待ってな!」


 オーダーを通し、父が鍋をふった。ああ、聞いているだけでうまいってわかる音だ。


 あたしは、まだこの領域まで到達していない。


「自家製のラーメンやチャーハン、おうどんを、冷凍して自販機で売るとか、よく思いつきましたね」


「ネット確定申告も、ウチがいち早く取り入れたんだよなあ」


 地元スーパーの店長が、確定申告のやり方をウチに聞きに来るくらいだ。

 

「昔は先祖代々、職人気質だったそうなんだ。けどジイサマの代にさ、商店街に牛丼屋ができたんだ。客を取られまくったから、一念発起したらしい」


「とにかく変化をしなければ、店が潰れてしまう」と、当時のジイサマは考えたようだ。


「おまちどう」


 父が、ラーメンセットを二つカウンターに置く。


「ありがとうございます。いただきます」


 話を中断して、桃亜が食事に集中する。


 すごく納得したような顔を、桃亜が見せた。


「な? あたしなんて、足元にも及ばないだろ?」

 


「その牛丼屋さんは、どこですか? 商店街には、見当たりませんでした」


 桃亜の問いに、あたしはラーメンのスープを飲み干してから答えた。


「近年うちに負けて、撤退した」


 新型感染症の影響もあるけど、今は飲食以外のテナントが入っている。


「新しいものをドンドン取り入れないと、商店街自体が死ぬ」と、祖父も父も商店街の会議で力説するという。変化を嫌う高齢の商店員には、毎回煙たがられているが。

 

 ここも昔ながらの店がありつつ、若い人に継がせたり変わった店を入れたりと、新陳代謝を繰り返す。

 

「じいちゃんの頃から、こんな感じでさ。一時期、大衆食堂がカラオケパブになったこともあったらしいんだ」


 カラオケという技術が流行りだした頃、導入したらしい。お隣のスナックから「客が半減する」と、すぐに止められたが。 



「ごちそうさまでした」


「おう、いい食いっぷりだったな! じゃあお嬢ちゃん、今日はいすゞを貸し切りだから、仲良くしてくれよな!」


「はい。ありがとうございます」


 桃亜をさっそく、我が家のキッチンへと案内する。


「ここから延々と、ギョーザのアンを皮に包む簡単なお仕事が始まるけど、いいかな?」


「もちろんです」

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