第4話 ドカ食い気絶に、あこがれて

 優等生細江ほそえ 桃亜ももあは、デブ活にあこがれていた。


「なんでまた、デブ活? あんたの投資生活からは、考えられない発想なんだけど」


「たしかに節約生活は、継続しています。ですが、日常的に節制してる反動なのか、お腹が鳴りまくりで」


 比較的簡単な節約で、苦戦しているとは。


「しかも学業と、激務で、よりお腹ペコちゃんなんです。それでも、クラスの方たちに大食いだと知られるのは、はばかられ……」


 大食いって大変だな。


「お金は、しっかりお支払いします。作っていただくんですから」


「ムダ遣いじゃね? あんたの理にかなわないんじゃ?」


「いいえ。理にかなっています。第一わたしがいち早く社会に出たい理由が、食べ物に不自由したくないからでして」


「いわゆる食い道楽?」


「いえ。グルメという意味なら、違うかもです。どちらかというと、大食いですね」


 つまり、質より量を求めていると。


「わたし、子どもの頃から食べるのが大好きで。そのせいで家計を圧迫したこともあります」


 たしかに、株主優待を思しき周りの品も、食料品ばかりだ。


 細江が、本棚のクリアファイルを見せてくれた。


 レストランやファストフード店のクーポンで、びっしりと埋め尽くされている。

 

「見てください。これら全部、外食チェーン店のクーポンです」


 こっちのクーポンを使って、飢えを凌ぐこともあるという。


「とにかく早く社会人になって、お金の自由を得たかったんですよね」

 

 そのために、バイトを始めたそうだ。

 

「アプリ開発には興味があったし、親戚が経営者というのも助かりました」


「で、あたしにどうしろと?」


尾村おむら いすゞさん。わたしの夕飯を、毎回作っていただけませんか?」


 とんでもない提案を、細江がしてきた。


「いや、クーポンがあるでしょうが」


「これらは、おやつです」


 なんと?


「これでも足りないってのか?」


「ですね。アプリを作っている間に、いつの間にかなくなっているのがしょっちゅうです」


 十分、デブ活に足を……いや、首まで突っ込んでるじゃないか。 


「それでもあたしを、料理人として雇いたいって理由は?」


「あのおいしい料理を食べさせてもらったら、他のデリを頼もうという気持ちが湧きません」


「【ゆーへー】を、専属の夕飯にしようと?」

 

「ゆーへーさんもいいんですが! わたし個人としては、ぜひ尾村さんにゴハンを作っていただきたく!」


 そんなことを言われてもなあ。


「いいんだけどさ」


「ホントですか?」


「待って。待って。ただ、親とも相談しないとな」


「そうですよね。お仕事がありますからね」


「別に、そっちは構わないんだ。どうして、あたしなんだ?」


 オムライスがおいしかったのなら、それは市販のナポリタンソースがうまいのだ。あたしの力ではない。きっとあの奇跡的な味には届かないだろう。


「あたしより、ゆーへーで出前を取ったほうが」


「なんというんでしょうか。直感的に、思ったんですよ。この味だと」


 情感の籠もった言葉で、細江は続ける。


「これ、ずっと食べ続けたい味だなぁと」


「そうか?」


「美味しい店は、数多くあります。味を追求するなら、ラーメン屋さんでもいいんです。ですが、相手の立場になって献立を考えられる人って、限られると思うんですよ」


 どうなんだろうか。それこそ、いっぱいいると思うが。


「尾村さんの料理からは、愛情を感じられました。ぜひ、お願いしたいんですが」


「ちょっと、考えさせてくれ」


 あたしは、細江の部屋を後にした。


 


【大衆食堂 ゆーへー】に、帰って来る。



「おう、遅かったな」


 オヤジが、カウンターの奥から声をかけてきた。


「夕飯、食ってきた」


「敵情視察か? 感心だな」


「違う。自分で作った。出前先の家でさ」


「なんだそりゃ?」


「店が終わったら、話がしたい。ちょっと相談に乗ってくれ」


「おう。もうすぐ閉めるからよ。風呂でも入って待ってろ」


 入浴後、あたしはオヤジに相談を受けてもらう。

 

「クラスメイトの専属料理人になってくれと」頼まれたと、話した。


「いいじゃねえか。自信を持ってやれよ」


「いや、こんな味だぜ?」


 あたしは、家のキッチンでオムライスを自分で作ってみる。

 市販のナポリタンソースを使わずに、自分で玉ねぎを刻んで、トマトソースを作って。


 やはりだ。あたしのオムライスは、あのナポリタンソースには及ばない。


「なっ? あたしにはムリなんだって」


 メシを作ってやることはできるが、あたしに細江を満足させられるかどうか。


「それにさ、あたしは店を継ぐんだ。ヘタな料理を作り続けて、店に迷惑はかけられないよ」


 オヤジは腕を組んで、言葉を選んでいるようだった。

 

「いすゞ……おめえの悪いところはな、意識が高すぎる点だ」


「でもさ、一〇〇年以上続く看板を背負ってんのは、オヤジだぜ? あたしの代で店を畳むことになるなんてさ!」


「オレだって、引退したジイさんに負けている点なんて、ごまんとあらあ。それでも、メシ屋をやってる」

 

「オヤジは、立派じゃん」


「いやいや。オレなんてまだまだ発展途上よ。別にいいじゃねえか、半人前だって」


 そうはいっても……。 


「話は聞かせてもらったよ、いすゞ!」


 キッチンのドアが開き、母が飛び出してきた。


「母ちゃん!?」


「やりなよ、いすゞ! その子のために、メシを作ってやんな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る