売れない僕が男の娘アイドル!?

葉っぱふみフミ

第1話 男の娘アイドル誕生

 帰りのホームルームが終わるやいなや、西木智也は速攻でスマホを取り出し、通知画面を確認した。案の定、何も来ていない。画面を見つめたまま、大きなため息をつく。


「おいおい、何そのため息。スマホの画面割れちゃうぞ?」


 隣の席から、友崎栄斗が軽い調子で声をかけてきた。その屈託のない笑顔に、智也は思わず苦笑いを浮かべる。


「先週オーディション受けたんだけどさ、連絡がないんだよね。……もう、絶対落ちたよこれ。」


 心のどこかでは期待してた。でも、結果が出るならとっくに連絡が来ているはずだ。一週間も経って音沙汰なしなんて、もうお察しだ。


「まあまあ、まだ一か月後に連絡くるパターンだってあるかもしんねーだろ?そんなに気にすんなって。」


 そう言いながら、栄斗がポンポンと智也の肩を叩く。爽やかな笑顔がこれでもかと輝いて見える。


「でさ、残念会がてらカラオケでも――って言いたいとこだけど、悪い!これから撮影なんだよね~。」


 これ見よがしにカバンを肩に引っかけると、颯爽と教室を出ていく栄斗。その背中を見送りながら、智也は心の中で小さくため息をついた。


「……いいな、俺もあいつみたいに売れてたらなぁ。」


 智也が通う堀北高校の芸能コースには、有名人がゴロゴロいる。「生徒の個性を最大限に発揮する」をモットーに掲げるこの学校では、各分野のトップクラスが集まるのだ。

 芸能コースにはモデルや俳優はもちろん、アイドルも在籍。体育コースにはオリンピックを目指すテニス選手やフィギュアスケーター。特進クラスでは東大や医学部合格者を毎年輩出している。


 華やかな世界の中で、自分だけが取り残されている──そんな思いが、智也の胸にじわじわと染みていく。


 中学2年のときに受けた雑誌モデルのオーディションに合格してから、ドラマの端役やバラエティの仕事がちょこちょこ回ってきた。「もしかして、このまま売れるかも?」なんて甘い期待も抱いていた。


 でも、高校に入ってからは仕事が激減。筋トレにダンス、演技の勉強も続けているのに、結果に結びつかない。


「智也、私この後事務所でインタビューの仕事があるけど、一緒に行く?」


 不意にかけられた声に顔を上げると、早川楓がこちらを見ていた。


 同じクラスで、同じ事務所に所属するアイドルグループ「スターファイブ」のセンター。歌もダンスも上手くて、最近はドラマ出演も増えている。まさに“スター”の名にふさわしい存在だ。


「オーディション落ちたばっかだし、今さら事務所行ってもなぁ……」


「だからこそ行くの。事務所に顔出しておけば、『誰でもいいから代役!』ってときにチャンスが舞い込んでくるかもしれないじゃん?」


 ぐっ……正論すぎる。


 まあ、楓と一緒ならタクシー代も事務所持ちになるし……そんな打算もあって「行くよ」と返事をした。


 タクシーの中、窓の外をぼんやり眺めていると、楓がジト目でこちらを見ていた。


「智也さ、落ち込んでるの、顔に出すぎ」


「……別に」


「芸能界なんて浮き沈みが激しいんだから、今ダメでもチャンスは絶対来るよ?」


「慰めはいいよ。どうせ俺なんかその他大勢の一人で、スターにはなれないんだ」


 言ってから、また自虐っぽいことを言ってしまったな、と後悔する。でも、本心だった。


 楓みたいに“輝くべくして輝く人”がいるなら、俺みたいに“埋もれるべくして埋もれる人”もいる。生まれ持ったものが違うんだ。


 そんな気持ちを抱えたまま、タクシーは事務所の前に止まった。

 事務所のビルに入り、エレベーターの前で楓と別れる。


「じゃ、頑張ってね」


 楓は3階の個室フロアへ。俺は2階のスタッフルームへと階段を上る。


 スタッフルームに入ると、マネージャーたちがパソコンに向かい、電話を片手に慌ただしく仕事をしていた。そんな中、自分の担当マネージャー・綾瀬春奈を見つける。ちょうど電話を終えたタイミングだった。


「綾瀬さん、こんにちは」


「オーディション落ちたから、別の仕事ほしくて来たってとこでしょ?」


 ……さすが、鋭い。いや、単に俺の行動パターンが単純すぎるだけか?


 綾瀬マネはパソコンの画面から一瞬も目を離さずに言い放つ。カタカタとキーを叩く音がやたらキレが良い。そして、最後にエンターキーをバシッと力強く押し、ようやくこちらを向いた。


「そういえば、所長が西木くんのこと呼んでたよ」


「えっ!? マジっすか?」


 事務所の所長・黒川瞳。彼女に呼ばれるのは、大型プロジェクトに抜擢されるか、それともクビを言い渡されるか──大体この二択だ。


 俺の現状を考えれば、答えはひとつしかない。


「ほら、覚悟決めて行きなさい。ここでウダウダしてたら、文章のテンポ悪くなるでしょ?」


「いや、いきなりメタ発言ぶち込まないでくださいよ!」


「読者が飽きるからね?」


「怖いこと言わないでください!!」


 綾瀬マネに背中を押され、俺は最上階の5階にある所長室へと向かった。

 重厚な木製のドアを2回ノックして、ドアを開けると黒川所長の鋭い視線が向けられた。

 銀縁の眼鏡越しにこちらを見つめる目は、まるで獲物を値踏みするようだった。


 喉が鳴る。やばい、これ絶対怒られるやつだ。


 「……失礼します」


 なんとか声を絞り出し、部屋に入ると、所長は手元の資料を閉じ、俺をソファに座るように促した。


 スラリとした長身に、パリッとした黒のビジネススーツ。40代後半とは思えないほどの若々しさと気品をまとい、かつて国民的人気を誇った女優の片鱗を色濃く残している。


 黒川瞳──10代で芸能界デビューし、20代前半で主演ドラマが立て続けにヒット。映画にも進出し、国民的女優として不動の地位を確立した。しかし、30代で突然、第一線を退くと、敏腕プロデューサーへと転身。


 自ら設立した事務所を10年足らずでトップクラスに押し上げ、多くの若手をスターへと導いた。その手腕の裏には、非情な決断力と計算された戦略があると言われている。


 業界では「黒川に見出された者は、売れるか潰れるかの二択」とさえ噂されるほどだ。


「今日は西木さんに、大切な話があるの」


 黒川所長がゆっくりとソファに腰を下ろし、脚を組む。その動作すら威圧感がある。


 ゴクリと唾を飲み込み、背筋を伸ばした。


 「西木さん──この半年で、モデルの仕事が2回、ドラマのモブ役が3回。はっきり言って、ほとんど事務所に貢献してないね」


 ズバリと言われ、胸がズキリと痛む。分かってる、分かってるんだよ……でも、改めて言葉にされるとキツい。


 まさか──いや、でも、考えたくない。でも……。


 黒川所長の冷静な視線が向けられる。


 これ、完全にクビ宣告の流れじゃん……!


 頭が真っ白になり、体がこわばる。最悪の言葉がいつ飛び出してもおかしくない。


 「──そんな西木さんに、最後のチャンスをあげようと思うの」


 「え?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。


 クビじゃない?


 ホッとした瞬間、黒川所長は一枚のプリントを俺に差し出した。


 震える手でそれを受け取り、視線を落とす。


 ──男の娘アイドル、西木リサ


 「……は?」


 頭が追いつかない。もう一度、まばたきをして文字を確認する。


 『男の娘アイドルとして活動決定!』


 「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!? 『男の娘アイドル』って、俺が……ですか!?」


 パニックになった俺を、黒川所長は不敵な笑みでじっと見つめていた。

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