第23話 選択

 白い虚無の空間に響く声。


 「消えるか、私と入れ替わるか——選びなさい。」


 "もう一人のエリス"は静かにそう告げた。

 その瞳には迷いがなく、まるでこの結末が最初から決まっていたかのようだった。


 エリスは震える手を握りしめた。


 消える? それとも、彼女と入れ替わる?


 自分が"試作データ"であり、"本来存在しないはずのもの"だという事実を突きつけられた直後の決断。

 しかし、そんな選択肢——彼女に選べるはずがなかった。


 「……待って。」


 エリスは喉の奥から絞り出すように言葉を発した。


 「なんで、そんな選択をしなきゃいけないの?」


 "もう一人のエリス"は淡々と答える。


 「アーコニアは、一つの存在に対して一つの"エリス"しか必要としない。あなたは本来、"私"のための試作データであり、最終的には削除されるはずの存在だった。でも、何かの誤作動でここまで生き延びてしまった。」


 「誤作動……?」


 「そう。あなたがここにいること自体が、"異常"なのよ。」


 異常。不要な存在。間違って生まれたもの。

 そんな言葉が、エリスの胸を締めつける。


 ——私がここにいたことは、間違いだったの?


 彼女が答えを出せずにいる間にも、アーコニアの崩壊は加速していた。


 白い虚無の空間の端から、黒い亀裂が広がっていく。

 まるで"この世界そのものが終焉を迎えようとしている"かのように、少しずつ全てが削られていく。


 「幸福指数最適化システム、最終プロセス開始」


 空間のどこかから、冷たいアナウンスが響いた。


 「……っ、なに?」


 「アーコニアは、この崩壊を"世界の正常化"と認識したのね。」

 "もう一人のエリス"は、何も感じていないような口調で言った。


 「つまり、私たちの選択を待たずして、この世界は"リセット"される。」


 「リセット……?」


 「私たちがどちらを選ぼうが関係ない。この世界自体が、"幸福を維持するために"リブートされるのよ。」


 エリスは息を呑んだ。


 (じゃあ……私たちも……?)


 「時間がない。選びなさい。」


 "もう一人のエリス"が、静かに手を差し出した。


 「あなたが消えるか。"私が消えるか"。」


 「……!」


 エリスの思考が渦を巻いた。


 (私は、本当に……"試作データ"にすぎないの?)


 (この世界には、私の居場所はない?)


 (でも——)


 ふと、エリスの脳裏に、ネオ・ミルミナの夕暮れの街が浮かんだ。


 いつものヴェスパー・スクエア。

 オレンジ色に染まった静かな広場。

 そこで、夕暮れの光を浴びながら、ただ風を感じていた時間。


 ——それすらも、私には許されないの?


 エリスは、ゆっくりと顔を上げた。


 「……私は、"私"よ。」


 "もう一人のエリス"の表情が、わずかに動いた。


 「私が"試作データ"だったとしても、私がここで生きてきたことは"間違い"じゃない。」


 エリスは、自分の胸を押さえた。


 「私は、"消えない"。」


 そして——。


 "もう一人のエリス"の手を、強く握りしめた。


 「あなたを、"消す"。」


 その瞬間、白い空間全体が揺れた。


 "もう一人のエリス"の目がわずかに見開かれる。


 「……そう。」


 彼女は静かに微笑んだ。


 「なら——試してみる?」


 次の瞬間、彼女の体が弾けるように消えた。


 しかし——完全に消えたわけではなかった。


 エリスの体に、黒いノイズが走る。


 ——"もう一人のエリス"のデータが、"エリスの中へ統合されようとしている"。


 「っ……!」


 痛みが走る。体の中を、別の存在が流れ込んでくるような感覚。

 まるで、彼女の"記憶"と"意識"がエリスの中に埋め込まれていくようだった。


 ——エリスの中に、"もう一人のエリス"が存在し始める。


 視界がブレる。体が熱を持ち、頭の中でノイズが鳴る。


 (……これは……)


 (私は、誰……?)


 ("エリス"? "もう一人のエリス"?)


 ふと、彼女の目の前に"アーコニアの核"が浮かび上がる。


 そして、最後のアナウンスが響いた。


 「リブート・プロセス開始」


 世界が、完全に"書き換わる"——。

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