第11話 役目 その1

 世界は、音と匂いでできている。


 風の音、瓦礫の崩れる音、誰かの足音——ワタシには、それらがすべて聞こえる。

 リアムは目で世界を見ているけれど、ワタシは違う。ワタシの世界は、音と匂いで満たされている。


 そして、ワタシは今、"異変"を感じている。


 この街は静かすぎる。

 それが、ワタシを不安にさせる。


 リアムは鈍い。


 少し危険が迫ったくらいじゃ気づかないし、気づいたとしても「まあ、なんとかなるだろ」と楽観的に考える。

 だから、ワタシが気を配ってやらなければならない。


 リアムは、生きることに向いていない。


 すぐに怪我をするし、ぼんやりしていることも多い。

 それなのに、自分はすごくしっかりしているとでも思っているのか、ワタシの心配を無視することがある。


 それが、ワタシは気に入らない。


 「……ルナ、そんなにくっつくなよ。動きづらいだろ。」


 リアムが苦笑しながらワタシの頭を撫でる。


 お前が無防備だから、こうしてるんだ。


 そう言いたいけれど、ワタシの言葉はリアムには届かない。

 だから、鼻を鳴らして不機嫌そうに視線を逸らした。


 リアムは、もう少しワタシに頼るべきだ。


ワタシはめんどくさがり

 ワタシは正直、めんどくさがりだ。


 戦うのは嫌いだし、移動ばかりなのも疲れる。

 できることなら、もっと静かで安全な場所で、食べ物をたっぷり確保して、リアムと一緒にだらけていたい。


 でも、そんな場所はないし、リアムはワタシがいないとまともに生きていけない。

 だから、ワタシがしっかりしなければならない。


 リアムがワタシを頼らないなら、ワタシが勝手に守るしかない。


 だから、今日もワタシは警戒する。


異変

 また、音がした。


 リアムはまだ気づいていない。

 ワタシは耳を立て、鼻をひくつかせる。


 ——金属の擦れる音。


 ゆっくりと、慎重に、何かが近づいている。


 ワタシは喉の奥で低く唸り、リアムを見上げた。


 お前、本当にもう少し危機感持て。


 この静寂は、もうすぐ壊れる。


 ワタシは動かない。


 静かに耳をすませ、鼻をひくつかせる。


 風の流れ、瓦礫の匂い、リアムの微かな汗の匂い。

 それらの向こうに——金属の匂いが混じっている。


 違う。これは機械油の臭いだ。


 リアムはまだ気づいていない。

 ワタシはそっと立ち上がり、体勢を低くする。


 敵がいるかもしれない。


鈍感すぎるリアム

 「……ルナ?」


 リアムが小さく声をかける。


 ワタシは彼を一瞥する。


 お前、やっぱり気づいてないな?


 呆れつつも、ワタシは素早くリアムの横へと移動し、前足で彼のズボンを引いた。


 「なんだよ、落ち着けって。」


 ……この鈍感野郎。


 ワタシは警戒しているんだ。


 リアムがノンビリしている間に、"それ"が近づいている。


 ワタシは喉の奥で低く唸りながら、リアムの前に立った。

 ワタシが先に動くしかない。


やっぱり面倒くさい

 正直、ワタシはこういうのは面倒くさい。

 この世界では、戦わなければならないことが多すぎる。


 食べ物を探して、危険を避けて、安全な場所を見つけて——その繰り返し。


 本当なら、もっと楽な生活がしたい。


 適当に昼寝して、適当に食べて、たまにリアムと遊んで、それでいい。

 そういう日々が続けばいいのに。


 でも、リアムはそういう生き方が下手くそだ。


 だから、ワタシが守らなきゃいけない。

 ワタシがこの世界のことを教えてやらなきゃいけない。


 ……やっぱり、面倒くさい。


来るぞ

 ワタシの耳が小さく震えた。


 ……今の音、近すぎる。


 カツ……カツ……


 このリズム、この硬質な足音——機械兵士だ。


 ワタシは尻尾をぴんと張り、リアムの前に出る。


 このままだと、リアムはまた「気のせいじゃないか?」とか言い出しそうだから、ワタシは鼻先で彼の手を押し上げた。


 武器を持て。お前、戦う準備しろ。


 リアムはワタシの様子を見て、ようやく表情を変えた。


 「……マジか。」


 そうだ。マジだ。


 ワタシは低く身構え、じっと闇の中を見つめた。


 ……もうすぐ、"それ"が姿を現す。


 ワタシは動かない。


 鼻をひくつかせ、音を聞く。


 "それ"は近い。


 カツ……カツ……


 音が止まる。


 ……気づかれたか?


 ワタシはリアムの前に立ち、喉の奥で低く唸る。

 この鈍感な人間はまだ敵の姿を見ていないかもしれないけど、ワタシには分かる。確実に、"それ"はすぐそこにいる。


"それ"が見える

 暗がりの奥——瓦礫の影がゆっくりと動く。


 ワタシの目が、"それ"の輪郭をとらえた。


 機械の兵士。


 いや、普通の機械兵士とは少し違う。


 どこか壊れかけていて、足取りがぎこちない。

 でも、"それ"は間違いなくワタシたちを狙っている。


 リアムはまだワタシの後ろにいる。


 ……これは、ワタシがやるしかない。


"それ"との対峙

 ワタシは一歩、前に出る。


 "それ"が、ゆっくりとワタシを見た。


 赤い光の目——まるでワタシを"認識"しているかのような動き。


 ワタシは鋭く吠えた。


 「ガウッ!!」


 音が夜の空気を裂く。


 "それ"が、一瞬だけ動きを止めた。


 ……こいつ、ワタシの声に反応した?


 機械兵士は普通、音にだけ反応するわけじゃない。

 目標を検知し、指令に従って動く。


 けど、"それ"はワタシの一声に反応した。


 ワタシは目を細める。


 ——お前、ワタシのことを知っているのか?




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