見つかったら殺される‼︎

オヤジ、と腹の底で呟いた。

この世界に足を踏み入れてから

早10年が経過した。

時のは流れは早いもので、俺も、

写真に映るあの人も皺の数が増えていた。

普段泣くことなんてないから

必死に歯を食いしばる。

おい、おい、泣くなよ。ユウジ。

お前なんかより俺の方がよっぽど

世話になってるんだぞオヤジには。

私の右斜め前でユウジが涙声を漏らしていた。

俺だって泣きてえぞ、ユウジ。

オヤジはだってもう、

この世にいねえんだからよ。

あんないい男はいない。男の中の男だった。

ヤクザのくせして絶対に

薬には手を出さなかった。

ただこの迦羅會を守りたいと、

特に他とも争わずにただ

自分の信念だけを貫いていた。

ユウジの笑っているような揺れる両肩を見て

吹き出しそうになる。

おい、オヤジ、泣いてる姿

なんて見たくねえだろ。

あんたずっと笑っていたよな、

だからユウジ、お前も笑って見送ってやれよ。

そんなことも伝わるはずもなく、

彼の方はもっと揺れ始めた。

木魚の音がまだ聴こえる。

考えることもねえから、

ただオヤジのことを思い出そう、

思い出してやろう。と私は涙目で思った。

歯をまた食いしばる。


仁義というもの、

そんな言葉すら聞かないだろう。

そうだ、無縁であることが多いであろう。

無論、俺もそんなことに

なるなんて思ってもいなかった。


そう考えていたら、その横目が私とあった。

久万さんだ。私の一つ歳が上であり、

兄貴のような存在。

そうだ、彼も私の人生において

必要不可欠の存在だ。

何かを伝えようとしているのか?

首を傾げている。

私の目を見てだ。

どういう意図なのか、

私にはさっぱりであったが、

よく目が合う。


そんなことを考えていると、喉奥が詰まる。

咳のようなものが勢いよく出た。

風邪でも引いたのか?

しかし、偉大なオヤジの葬式だ。

咳払いをして誤魔化した。

また俺だって中堅だ。

上には上がいる。

怖い人もたくさんいる。

下手なことはいつだって出来ない。

することが出来ない。

やはり、のどに違和感を感じる。

それにしても健康には

留意してきたはずではあるが、

何故だ?

特に寒い場所にいた、とかでもなく、

喉が乾燥しているわけでもなんでもない。

またひとつ咳をした。

読経と木魚の音しかないためか、

その目はこちらに向けられる。

私は緊張感のあまりに重たい唾を飲み込んだ。

やべえ、どうしよう。

これ、へまこいたら殺される?

埋められる?魚の餌になっちまう?

とうとう、

俺も海の藻屑と化してしまうのだろうか。

飲み込んだ唾も違和感しかない。

そしてまたひとつ、違和感が増えた。

木魚の音で頭が痛いのだ。

切り裂くような痛みだ。

この世の音を

全て集約したようなノイズが全身を走る。

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