Tuning #03 大和
大和。
千紗と違う中学に通う、中学3年生。
金髪はセルフブリーチ。
167cm、49kg。
色白、痩せ型。
ほぼ、骨と皮。
長いまつ毛、切れ長の目。
人形のように整った顔。
誰もが二度見する。
そのあと、目を逸らす。
友達は、いない。
金髪のせいで、
男子は目を合わせようとしない。
近寄ってくるのは、
彼の綺麗な容姿に引き寄せられた、
興味本位の女の子たち。
大和は孤独だったが、それで良かった。
誰も彼の痛みに寄り添えなかったから。
◇
母は16歳の時、大和を産んだ。
同い年の父は、責任が取れないと逃げた。
大和は、一度も父の顔を見たことがない。
母に顔が似ているせいで、
父の顔を想像することすらできなかった。
◇
母はキャバクラで働いていた。
大和は、店が用意した寮で夜を過ごした。
夜になると母は店に消え、
明け方に帰ってくる。
寮には、母と同じように
夜の仕事をしている女たちがいた。
機嫌がいい日は、
笑いながら可愛がられた。
機嫌が悪い日は、
些細なことで怒鳴られた。
大和は、無意識に
彼女たちの顔色を
読むようになった。
相手の機嫌を損ねないように、
適当に、上手に言葉を選ぶ。
そうするうちに、
自然と口が達者になった。
――それが、大和の処世術だった。
◇
小学生になると、母はキャバクラを辞め
常連客が用意したマンションに引っ越した。
金銭面の面倒を見てくれていた男は
やがて消えた。
それから、母は何人もの男を
家に引き入れるようになった。
男が来ると、大和はイヤホンをして、
音楽の中に閉じこもる。
大人たちの厭な声を
掻き消すために。
イヤホンの中だけが、
大和の居場所だった。
流れるのはいつも、
歪んだギターと
何を言ってるかわからない叫び声。
そして少しずつ大和は
母にとって「邪魔な存在」になっていく。
「外に出てな」
吐き捨てるような、母の声。
大和は夜の公園で
時間を潰すようになった。
遊具で遊ぶでもなく、
イヤホンで音楽を聴きながら、
ただ時間だけが過ぎるのを待つ夜。
◇
中学生になり、
大和は紫の脱色剤を手にした。
男にすがってしか
生きられない母。
自分の意思すら誰かに預けるように。
(オレは誰にも流されたくねぇ)
ピリピリと頭皮が痛む。
脱色剤をシャワーで流し切る。
鏡に映る、金髪。
傷んだ髪を摘む。
自分みたいだった。
足が向かう、ネオンの街。
いろんな誘いの声がかかる。
女も。男も。
たまに誘いに乗って、遊んだりもした。
顔は笑っているのに、心に感覚がない。
◇
夜の街角。
道端に座り込んで、人を観察する。
イヤホンをして、音楽を流しながら、
通りすがる人々を眺める。
服装、歩き方、表情、
会話の断片。
彼らはどんな人生を送っているのか。
想像の中で、別の自分を生きる。
もし、この人の家に生まれていたら。
もし、こんな親のもとで育っていたら。
冷たいアスファルトが
自分の体温でぬるくなる。
ネオンの中に
足元だけが行き来する
他人の嗜好。
イヤホンから流れる、
グランジロック。
「A denial――」
否定だけをシャウトする。
その時――
ひとりの少女が、大和の前を横切る。
どう見ても中学生。
だが、その顔はひどく腫れていた。
人にぶつかりながら
不安定な足取りで歩いている。
道ゆく人々は、
その姿を横目で見ながらも、
誰一人として声をかけようとはしない。
(……中学生だろ。危ねぇな、こいつ)
そのまま見送ろうと思った。
でも、こいつ――
……チッ。
こんな夜に出てくるやつが、
何もないわけねぇだろ。
ひとつ舌打ちをする。
シュッ――
大和は飲みかけのジュースの缶を、
無造作に彼女の足元へと手で放った。
カランカラン……
夜に響く、乾いた音。
少女はゆっくりと
振り返る。
細い体、腫れた頬。
長い前髪の隙間から覗く瞳は、
深いアンバー。
濁った水のように沈んでいる。
傷だらけのその瞳が、
大和をじっと見つめていた。
あの夜、
視線が交差した瞬間から。
大和の時間は、
ゆっくりと狂いはじめていた。
ほんの少しのずれが
音にならないまま、
心の奥で割れていく。
それが何になるかは
まだ、誰も知らない。
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