Distortion #15 無邪気
急ぎ足で近づいてくる足音が響く。
「おい!何やってんだ!!」
廉也の声が場を切り裂いた。
廉也は三人の間に割り入り
鋭い目で状況を一瞥する。
大雅は千紗の腕を掴んだまま
険しい表情を崩さず、
大和はその大雅の手首を掴み
睨み続けている。
千紗は間に挟まれ、
息を詰めたまま俯いていた。
「なんだこの状況……」
廉也は一瞬言葉を失い、
眉間に皺を寄せながら全員を見回す。
どう見ても穏やかではない空気。
「大雅、落ち着け。千紗も、大丈夫か?」
大雅の肩を掴み
千紗には柔らかく声をかける。
そして大和に視線を向け
長い息を吐いた。
「お前らここフロアだぞ。
騒ぎになるようなことすんじゃねぇバカ野郎」
廉也の声に怒りが滲む。
「うるせぇ、下がってろよゴリラ」
大雅が大和を睨んだまま、
廉也の手を跳ね除ける。
「あ?コラ?お前ふざけろよ?」
廉也の手が大雅の胸ぐらを掴み
状況が悪化した。
睨み合う二人、
胸ぐらを掴む廉也、
挟まれる千紗。
大雅が千紗の腕を握る力が
強まっていく。
(……痛い……)
千紗の足の震えが止まらない。
「おいおいおいおい!何してんだよ!!」
律人と奏多が走ってきて
絡まっている四人を引き剥がそうとする。
それでも誰も手を離さない。
「お前ら離れろって!!!!」
律人の叫び声がフロアに反響し
スタッフたちも集まってきた。
「おい喧嘩すんな!大雅落ち着けよ!」
「大和何やってんだよ!離せ!」
「廉也も何でキレてんだよ!」
一気にフロアが混沌となる。
「……おい、千紗から手ぇ離せ。痛がってんだろ」
声を抑えながら、大和は大雅を睨む。
大雅は自分の手が千紗の腕を
握り込んでいる事に気づき
慌てて手を離した。
「……悪りぃ……」
それを見て、大和も大雅の手首を
ゆっくりと解放する。
千紗はふら……と一歩、後ずさる。
「……大丈夫?」
奏多が心配そうに声をかける。
「……ごめん……今日は……帰るね……」
千紗の声はひどく震え、
大雅の目を一瞬だけ見て
すぐに視線を逸らす。
「………」
大雅の口が開きかけるが
千紗の腕を強く掴んでいた手の感触が
自分を咎め、声にできなかった。
「千紗……」
大和の目も千紗を追っていた。
千紗はおぼつかない足取りで
フロアを後にする。
千紗が扉を閉めたのを
その場にいる全員が見届けると
スタッフの声が飛び交う。
「ほら、客入れ始まるぞ!準備しろ!!」
大雅は大和に視線を投げながら
バックステージに向かう。
大和は千紗が去った扉を
見つめたままだった。
(ごめん、大雅……)
フロアの混乱と突き刺さる視線が
階段を登る千紗の足を早めた。
――どうして。
どうして私は、
今を生きられないの?
千紗は心の奥で問い続けながら、
孤独に夜を歩き続けた。
◇
何も頭の整理できないまま、
千紗は足取り重く家に帰った。
玄関の扉を開けると
まず確認するのは、三和土。
父の靴があるか、ないか――
靴は、なかった。
父は愛人の家に入り浸り
今では家にほとんど帰らない。
けれど、たまに帰ってくるときは、
決まって暴れた。
靴がない、それだけで
今だけは平穏が保証される。
「ただいま……」
小さく呟いて家に足を踏み入れる。
リビングには母の姿。
相変わらずの虚ろな目。
テレビがついているが、
きっと見えてないだろう。
千紗が作り置きしていたご飯の皿が、
テーブルに置かれている。
空になっているそれを見て、
母が食べたことを確認する。
キッチンに向かい、
母が使った食器を洗う。
水音だけが響く。
大和と再会した時に
胸に灯ったかすかな色が、
今ではすっかり霞む。
この家は、
何も変わっていない。
光の届かない、
無彩色の世界のままだった。
◇
片付けを終えた千紗は、
静かに自分の部屋へ向かった。
ため息をつきながら
ベッドに腰を下ろし、腕を見つめる。
大雅に掴まれていた、腕。
今日の出来事が
現実だったのかわからなくなる。
五年ぶりに再会した大和。
見れなかったResoのライブ。
考えたくなくても、
心が勝手に掘り起こす。
その時――
コッ。
コッ。
窓ガラスに小石が当たる音がした。
千紗はハッと顔を上げる。
この合図は。
――大和だ。
あの頃、お互いスマホなんて
持たせてもらえなかった。
遊びの誘いは、
こうして窓を小石で叩く音だった。
千紗は戸惑いながら、窓際に立つ。
やっぱり、いた。
街灯の下に、金髪が揺れる。
静かに心臓が高鳴る。
カラカラカラ……
千紗は躊躇いがちに、窓を開ける。
冷たい夜風が部屋に入り込み、
わずかに髪を揺らす。
大和は、昔と同じように、
ニッと無邪気に笑った。
「……何してるの?」
千紗がそう呟くと、
大和は笑顔を深めた。
「遊ぼうぜ、千紗!」
その声に、千紗は動けなくなる。
変わったものと変わらないもの――
その狭間に、心が揺れ動く。
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